泣くのは反則だよね
僕がランク学園に通う理由は学費のためだ。
次に、日本最高峰の学園だったらくだらない人間は少ないだろうと思っていた。
実際は違った。
どんな世界も変わらない。
ここは今までと同じ世界だった。
僕と地味子は、職員室の隅っこのあるソファー席に座っている。
目の前には三枝先生が足を組んで、僕らが渡したプリントをヒラヒラさせていた。
三十路近くなのに肌がキレイな美人さんだ。
僕は先生の言葉を聞き流しながらくだらない事を考えていた。
「……それで、二人はわざわざ職員室まで来たの? ……いや、まあルールだから問題ないけどね……決断早すぎじゃない? もっと仲間を増やさなくていいの? 言ってなかったけど、仲間がいればいるほど有利な設定になってるのよ?」
……うるさい三十路だな。
「大丈夫です」
「……決定です」
先生は呆れた顔をした。
「しょうがないわね……ちなみにあなた達は学園の要注意人物リストに入っているわよ。新堂慶太と黒井美心は……」
なんだと?
「だって、二人とも入試は筆記、実技共にダブルトップだったのに、学園に入ったら全然やる気無いんだもん。先生困っちゃう」
先生は両手を頬に持っていって、小さく膨れるポーズを取る。
無性にイラッとする。
「……」
「……」
「あ、先生可愛いでしょ! 今度合コンで使う秘技なんだ! うふふ」
僕たちは席を立った。
「よろしくです」
「……です」
「ちょっと少しは先生の事、構いなさいよ! 寂しい三十路なんだから!」
僕らは職員室を出ていった。
これから二時間目が始まる。急いで戻ろう。
僕らは顔を一瞬だけ合わせた。
二人で頷き合う。
――うん、気楽だ。
僕らは一緒の廊下を歩き始めたけど、いつの間にか二人の距離は徐々に離れて、別々の個となっていった。
昼休みになる数十秒前、神埼がいきなり立ち上がって僕の方へ歩いてきた。
先生は神埼の事を放置して授業を終わりやがった。
「……じゃあ宿題しろよ!」
神埼は僕が逃げないように机と椅子の間に両手を置く。
教室がざわつく。
みんな興味津々で僕らを見ている。
「今度は逃がさないわよ……ちょっと話いいかしら?」
嫌だって言えないよね?
クラスの美少女リア充に逆らったら、僕の学校生活に支障をきたすよね?
「はい、何ですか?」
無難に行け。
キツイ表情だった神埼の顔が優しくなる。
そのギャップは天使の様に可愛らしいだろう。
柔らかい笑みはとても魅力的だろう。
神埼は成績もランクも優秀で、人望もある。
これで惚れない男はいないだろう。
――ポメ子の方が可愛いな……
僕は神埼の顔を見ながらそう思ってしまった。
神埼が少しだけ顔を赤らめながら、僕に言った。
「……グ、グループ……い、一緒になろ……私、新堂の実力を知ってる。入試の時、隣だったから……」
あの神崎がモジモジしながら顔を赤らめて、僕にお願いをしている。
僕はクラスをさっと見渡した。
男子の視線が痛い。
くそっ! 僕だって好き好んでこんな状況にしてない。
ああ、もう面倒臭いな……
「無理、もう決まった」
――あ、素が出ちゃった。
神埼がプルプル震えだした。
目には涙をためている。
「新堂のバカーー!! うわーん!!」
泣きながら廊下へ走り去っていった。
ざわつきヒートアップが止まらない。
「新堂何様だよ……」
「あいつ神埼さんに誘われたのに断りやがったよ」
「身の程を知ってるんだろ?」
「雑用係にしたかったんじゃない?」
「俺もワンチャンあるかも?」
「ていうかあいつ誰?」
「新……堂……そんなやついたっけ?」
――うん、意外と悪い評価じゃない。
ざわつきをよそに僕は教室からこっそりと出ていった。
――ふぅ、なんでみんな神埼さんの事が好きなんだろ? グループ断っただけで泣くなんて……
教室で時間を使ってしまったから、今日は空き教室でご飯を食べよう。
……確か、生徒会室の斜め前の教室がいつも空いてるな。
僕は生徒会室の前に通ると、いきなり扉が開いた。
キレイな女子生徒が出てきた……
「おお、新堂! ついに生徒会に入ってくれる決意をしてくれたか!」
――ランク学園生徒会長『二階堂文枝』。この学園の頂点に近い存在だ。文武両道、アイドルとしても大活躍している。
僕は昨年末に、生徒会主導のイベントを手伝うはめになった。
その時、妙にこの二階堂さんから気に入られてしまったみたいだ……
……何故だ。地味に仕事をしていただけなのに。
僕はひたすら事務作業をしていただけの人間だ。
それなのに二階堂さんは一緒に残ったり、ジュースをおごってくれたり、予行練習と称してデートに誘ってくれたり……デートは違う女子生徒を代役にたてたけどね。
僕はご飯が食べたい。
「無理です。忙しいです」
「おいおい、帰宅部だろ? 生徒会に入ったら、毎日私と一緒にいられるんだぞ? 嬉しいだろ!」
「はぁ、そうですね。じゃあまた」
「ちょ、ちょっと待て! 私の何が嫌なんだ!」
「え!? 嫌とかじゃなくて……他に適役がいると思うんで、僕は遠慮しておきます」
二階堂さんは少し考えていた。
「……三枝の言った通りだな。……達観しているというか、なんというか……」
「僕じゃなくてうちのクラスの神埼でも入れればいいんじゃないですか?」
「……いいか? 今までの流れは、私がお前に生徒会に入って欲しいと言っている。他の人はどうでもいい。そして、私はお前の事を気に入っている。私は優秀な人間は好きだ。私と一緒に働ける人間はそうそういない。だがお前は違った。私の隣に立つのにふさわしい人間だ。お前と私がいれば、この学園を牛耳れる……」
二階堂さんの身体から黒いオーラが出ていた。
薄ら笑いをしている。
不気味だけど、魅力的な女性だろう。
――ポメ子の方が可愛けどね!
「二階堂さん? 僕、行きますね?」
僕は了承を得ずに歩き出した。
まるで競歩のような速さ。
「ちょ、待って! 私の野望を聞くんだーー!! 一緒に天下取ろう!!」
僕は面倒だけど屋上に行くことにした。
屋上は普通空いていない。
施錠されている。
でも、こんな鍵くらい簡単に開けられる。
僕は針金を取り出した。
10秒で鍵を開けた。
屋上に出ると、気持ちの良い青空が広がっていた。
屋上は何もない。
貯水タンクとフェンスがあるくらいだ。
――誰かいる? 鍵を開けた?
僕は気配を感じた。
あたりを索敵する。
……あそこの物陰の奥だ。
目を凝らす。
この気配は……
どこからも死角になっている物陰には、地味子が座ってパンを食べていた。
地味子がしょうがない、という顔をする。
僕は済まない、という表情をした。
僕らは無言で一緒にパンを食べた。
そして、日向ぼっこをして、二人で過ごした。
何も話す必要が無い。
気を使う必要が無い。
ふと地味子を見ると、スマホに写っているパグ太の写真を見ていた。
――中々可愛いじゃないか。うちの子も負けてないがな!
僕もスマホを取り出す。
ポメ子の写真を見ながらほっこりする。
地味子はその写真を見て、眉毛が少し上がる。
違う写真を僕に見せてきた。
――こいつ対抗してきただと?
僕らは写真を見せ合っていると、昼休みが終わる時間になった。
気持ちを切り替えて立ち上がる。
「……僕は新堂慶太。絶対、女子を好きにならない。地味に隠れて生きたい」
「……私は黒井美心。絶対、男子を好きにならない。一人ぼっちを謳歌したい」
「「よろしく」」
黒井美心の顔を初めてちゃんとみた。
というか、やっと認識できた。
向こうも少し驚愕の表情をしている。
地味子は恐ろしく美少女であった。
何故いままで誰も騒がない?
神埼さんなんて目じゃない。
二階堂さんが霞んで見える。
――でも大丈夫。
僕らは絶対、恋をしない。
僕らは同じ匂いがする。安心する匂いだ。
僕らは自然と握手をしていた。
身体が勝手に動いていた。
手が触れあった瞬間、何かが通じあった気がする。
これは……共闘だ。
このクソッタレな青春を乗り越える為の……
握手は一瞬で終わった。
僕らは無駄な行動をせず、スタスタと教室へ戻った。