拗れるって何だろね
私はミチル。
名家の分家。
ただの駒に過ぎない女。
私は先輩に会えて変わった。
灰色だった風景に色が付いた。
『にゃんこ……』
木の上に登って降りられなくなったにゃんこを助けたかった。
でも私は破壊する方法しか知らなかった。
……どうすればいいの?
困っている時に先輩が通りがかった。
『……ほら』
『……あ』
先輩は颯爽とにゃんこを救ってくれた。
『ほら、こいつもお礼言ってるぞ! なでてやれよ』
『にゃーん……』
にゃんこの頭を撫でた。
初めて触るにゃんこ。
柔らかかった。
温かかった。
可愛かった。
『……じゃあな』
『あ、ありがとう』
先輩は去っていった。
私は助けたにゃんこを飼うことにした。
その日から先輩の事が忘れられなくなった。
私は上位名家の会長に相談をした。
「恋愛ゲームをして感情を学べ」
そんなトンチンカンな答えが帰ってきた。
私はアドバイス通りゲームをやることにした。
……どうやらミチルが買ったのは恋愛ゲームでは無かったようです!
でもでも、ミチルは後悔してない!
だって、できる女と評判ですから!
先輩だって気合と根性でゲットしてみせます!
空回りの日々が続いたけど、先輩が初めて会話してくれた。
本当に嬉しかった。
その日以降、先輩はたまに会うとちゃんと喋ってくれた。
幸せな日々だった。
小さな小さな事だけど、私にとってとても大きい。
好きな人と喋れるだけで幸福だ。
――そんな時、名家から命令が来た。
先輩を捕まえろ。
私はどうしていいかわからなくなった。
今も悩んでいる。
だって、先輩は私の大切な人。
先輩が私のことを見てないのは知ってる。
そんなの関係ない。
私は先輩が好き。
でも、名家の命令は絶対。
――私は決断した。
「覚悟しろ!!」
会長が刀を持って襲いかかってきた。
僕と美心は身構える。
金髪ツインテールが揺れた。
「ぐふっ!? ミ、ミチル……何故だ……お前も……消されるぞ……」
ミチルが会長の頭を銃でぶっ叩いていた。
ミチルが感情をむき出しにする。
「うるさいです! 私はもう人形じゃないです! 好きに生きます! だって、私に感情を与えてくれた先輩を裏切る事なんて出来ないです!」
ミチルの薄い胸が膨らんでいた。
そこからにゃんこが顔を出した。
「にゃーん!」
僕はにゃんこの頭を撫でた。
「せ、先輩……間接パイタッチです! ミチル嬉しいです!」
……美心の視線が感じる!
「ミチル、敵じゃないんだね?」
「あ、初めてミチルって呼んでもらえました! ミチル感激です! ミチルは敵じゃないです! さっきのは会長を騙す演技です!」
「オッケ、じゃあミチルは三枝先生と合流して、みんなのフォローして。あの人達は僕の味方と思われているから、もしかしたら捕獲の対象になっちゃったかも知れないし」
「了解です! 腕がなります! ……え、三枝先生!? それって助けいります?」
「うん、一応行って欲しいな。数の暴力は残虐だよ……」
「にゃんこはここで隠れていてね……ミチル行きます!」
草むらににゃんこを隠して、ミチルは壁を伝って僕らの教室まで登っていった。
ミチルは不思議な子だった。
僕が初めて会ったときは空っぽの女の子だった。
次に会った時は妙にうざい女の子に変身していた。
心を被っているのを見抜いた。
でも今は違う。
ミチルはもう心を被っていない。
自分の感情を持っている。
僕はいつしかミチルにも甘くなっていった。
――会長は駄目だけどね!
「さて、けが人が出る前にとっとと終わらそう」
「……うん」
美心が一番黒井レンジの恐ろしさを知っている。
必死に抵抗しているのがよくわかる。
身体にこびりついた恐怖は忘れない。
心に負った傷は消えない。
――大丈夫。僕が一生かけて癒やしてあげる。
僕は美心を抱き寄せた。
美心は僕に寄り添う。
そんな時、後ろから声をかけられた。
「よくも俺の美心に手を出しやがったな! お前のせいで黒井家が出てきたじゃねーか!」
金剛が恐ろしい早さでパンチを繰り出してきた。
僕は拳を顔面で受けた。
「……硬え」
金剛の拳が壊れた。
拳を抑えながらよろめく。
美心が手で僕を制する。
「おお、美心よ! やっと俺の気持ちを理解してくれたか! 俺はお前が一番大切だ!」
美心は大きな弧を描くハイキックを金剛に食らわした。
「うるさいの! 自分の考えも無くて、命令に従ってるだけの男! 興味もないのね! 私の一番は慶太なの!」
金剛が校舎のコンクリートにめり込んでしまった。
「――――――無念……」
金剛は気を失ってしまった。
僕らは街に出ても有象無象の輩に襲われる。
ある時は自分達で撃退をして。
ある時は父さんのヤンデレ仲間が手伝ってくれて。
ある時は師匠が出張ってくれて。
ある時は……妹が殲滅をしてくれて。
僕は美心と走りながら思った。
僕も、周りにいた女の子も、みんな拗らせていたんだ。
きっかけは京子のせいだけど、僕が自分を磨かなかったせいでもある。
せっかく僕を慕ってくれた女の子達に冷たくした。
だって、明らかにおかしかったんだもん。
長く付き合ってみると、その人達も心が拗れていた事がわかった。
みんな生きるのが下手くそだったんだ。だからうまく行かなかっただけなんだ。
僕は美心と出会えて、自分の拗れが少しずつなくなった。
美心のおかげで僕は素直になれた。
だから、僕は少しだけみんなに優しくすることにした。
そしたら……みんなの拗れも少しずつなくなっていって、素直になってきた。
僕とどう接していいかわからなくて、間違った距離感で近づいてきた神埼さん。
今はクラスから受ける印象を無視して、自然体で接して来る。
僕と一緒に居すぎて、距離感がわからなくなった京子。
今は女の嫌な部分が無くなって、強くて芯がある昔に戻った。
強気な言葉で、心とは反対の言葉を投げてしまう栞。
僕がはっきり言ったら、ちゃんと考えてくれた。素直じゃないと損をするって理解してくれた。
……僕が甘やかしすぎたかもしれないね。
仮面を被って偽りの感情でグイグイ来るミチル。
いつしか仮面が仮面では無くなっていった。
……色々苦労したんだね。冷たくしてごめんね。
そして、一番大切な美心。
僕らは人を好きにならないって言っていた。
あの頃は本当にそう思っていた。
美心は徐々に心を開いてくれた。
そのおかげで僕の心が段々満ち足りてくるのを感じた。
不思議だった。
無表情に見えるその顔は、驚くほど様々な表情をしてくれた。
僕は美心がいてくれれば良い。
それだけで幸せだ。
だから、このふざけたゲームは終了にしてやる。
僕らは大きな門に閉ざされた、お城のような黒井家の前に立った。
門は金属で出来ており、非常に頑丈そうだ。
内側からおびただしい数の敵の気配がする。
奥に一際大きい気配がする。
――黒井レンジか。
僕は気合を入れた。
「――――――――――――!!!!!!」
大気が揺れる。
木々がざわめく。
鳥が羽ばたく。
虫が逃げ惑う。
わんこが吠える。
僕の手のひらが大きな門に触れた。
冷たい金属の感触がする。
手のひらに力を集める。
僕は美心を見た。
――美心に出会えて僕は……素直になれたよ。
もう片方の手で美心の手を握る。
――この感情は止められない。
門に触っている手のひらをゆっくりと押して行った。
――僕は前言を撤回する。
手のひらから門に向けて力を開放する。
――僕は……素直になれたんだ!
門に亀裂が入る。
美心の手を強く握る。
僕は叫んだ。
「僕は、黒井美心が大好きな新堂慶太だーーーー!!」
門が大きな破壊音と共に開かれた。
美心が僕に抱きつき、僕の耳元でささやく。
「私は、新堂慶太が大好きな黒井美心なの……嬉しいの……」
僕らは抱き合いながら敵地のど真ん中に躍り出た。