駆け抜ける日々
「美心、おはよ!」
「おはようなの!」
いつも通り朝起きると洗面所で出会う二人。
少しだけ意識してしまう……
僕たちは本気で生きると決めた。
リミットランク試験まで駆け抜けてやるか!
「ばうー! ばうばう!」
「わふんわふん!」
ドッグカフェでお茶している時に襲いかかってくる名家の刺客。
――ていうかランカー達は、僕たちの事無視すればいいのにね!
「うご……」
「ぶ、分家の意地をみせろ……」
半分無視しながら僕らは撃退する。
「これ新作のバーガーだよ!」
「うん、美味しいの!」
「そういえばラノベの新刊が発売されたよ。買いに行く?」
「うん! 行くの! ……そういえば慶太の小説読んだことないの。今度読ませるのね」
「恥ずかしいな……よし、リミット試験が終わったら読ませるよ!」
「へへ……」
僕らは書店へと向かう事にした。
僕らのテラス席のテーブルの周りには倒れた刺客たちが散乱していた。
「月中間試験を始めるよ! みんな頑張って!」
三枝先生の合図とともに答案用紙が配られる。
僕らはもう自重しない。
「先生! 終わったから提出します!」
「するの!」
緊張感が漂う教室に驚きの声が上がる。
三枝先生は言い放った。
「ははは! やっと本気出しやがって! 5分か……さすがにテスト中だ、おとなしくしてろ!」
僕らはおとなしくポメ子とパグ太の写真を見せ合いっ子していた。
「よし、今日の体育は次のランク試験の練習をするぞ!」
リミット試験の事ではない。通常のランク試験の事だ。
クラスメイトがグラウンドで固まっている。
僕と美心の周りには空間が出来ていた。
神崎さんは、もう空気を読まず僕らに話しかけて来た。
「ねえねえ、最近、京子ちゃんが落ち込んでるの……どうしたらいいかな?」
「え!? あいつが? 超珍しいね」
「……私は関わりたくないの」
体育の先生が僕らに注意した。
「はい、お前らうるさいよ! って、新堂か! ランカーに目をつけられた面倒な男じゃねーかよ。……まあいいお前ら好きに練習しろ!」
グループ同士で固まって練習を始めた。
僕らは日向ぼっこをしていた。
先生が僕らの方へ歩いてくる。
「おい、お前らも練習しろよ! 減点させるぞ!」
「あ、先生相手してください」
「ください!」
「し、仕方ねえ。お前らが出る競技は?」
「「騎馬戦です!」」
先生は男子全員を集めて騎馬チームを編成した。
「いいか、お前ら! こいつらのハチマキを奪えたら加点してやるぞ! 生意気なガキを叩きのめせー!」
先生も騎馬の上に乗る。
美心が僕の肩に座った。
――あれ、なにこれ? 柔らかい太ももの感触……。馬鹿! 美心をそんな目で見るんじゃねえ!
僕は動揺を隠せずにふらふらと同級生に立ち向かった。
「この前の恨みを晴らすぞ……」
「みんなで一斉にかかれば大丈夫だよ!」
「ぐふふ……われは相手したくないから逃げるでござる」
四方から一斉にとびかかるクラスメイト。
僕はジャンプした。
ぶつかって自滅しあう騎馬たち。
僕らはそのまま降下して、騎馬に乗っているハチマキを狩りつくす。
「マジで? 動きが視えねーよ!」
「おい、お前ハチマキないぞ!?」
「ぐふ……あ、あとは頼む」
「せ、先生に暴力を……ぶほっ!」
「……これで全部なの!」
美心は最後のハチマキを奪った。
練習にもならない練習だった……
先生を中心に生徒たちがグラウンドに倒れこんでいた。
神崎さんが無邪気に叫んで、僕らに手を振っていた。
「きゃーー! 新堂君も黒井ちゃんもかっこいい!!」
僕と美心は手を繋いで歩いている。
人が多すぎて迷子になりそうだからだ。
僕らは近所の神社の祭りに来ていた。
「慶太! 次はあれなの!」
リンゴ飴片手にたこ焼きの屋台に突撃する美心。
「おい、ちょっとまてって!?」
――思えば良く喋る様になったよな。初めの頃は会話もあまりなかったもんな……
僕はしみじみ思う。
いつも不愛想で感情を顔に出さない美心。
いつも一緒にいると、顔の動きでだんだん感情がわかってくる。
今は違う。
ラノベを僕に語る。
良く笑ってくれる。
一緒に散歩に行くときはとても嬉しそうだ。
浴衣を着た美心が不思議そうに僕を見た。
「……どうしたの? 慶太もたべるの!」
いつも下ろしている髪をアップにして、浴衣特有の妙な色気がある。
「うん、端的に言うと可愛い」
「え!? け、慶太?」
「あ、心の声が出ちゃったよ!! 僕の馬鹿!! ……うん、まだ言ってなかったね……浴衣を着た美心はとても可愛らしいよ……」
美心は僕の言葉にはにかみながら反応してくれた。
「へへ、嬉しいの……本当に嬉しいの……今まで祭りなんて出た事がなかったし、可愛いって言われたこともなかったの……」
美心は僕の腕に飛びついてきた。
「わわわ! み、美心!?」
「ふふ、迷子になっちゃうから仕方ないの! ……慶太の浴衣もかっこいいの」
「え!?」
そんなやり取りをしていると、前から友達と一緒にいる妹が現れた。
「お、お兄ちゃん! その女だれ!? 私に内緒で……」
「よう。……変な奴らに襲われたりしなかったか?」
もしかしたら妹の所まで刺客が行っているかも知れない。一応確認だ。
「へ!? なにわけの分からない事言ってるのよ! ……あ、そういえば父さんが最近送り迎えしてくれている……」
よし、父さんが守ってくれているな。
なら安心だ。
僕らは立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ……お兄ちゃん……ねえ……もう私嫌だよ……お兄ちゃんなんで私に冷たいの?」
……初めてだな。こんな風に言われたの。
「お前は俺の事嫌いだろ?」
「き、嫌いに決まってるでしょ! あ、いや、違うの……こんな事を言いたいわけじゃないの……」
僕は妹に近づいた。
「はぁ……いいか、現実のツンデレは最悪だぞ? お前はもう少し素直になって周りの状況を把握しろ。……お前も僕の大切な家族だ」
僕は妹の頭を優しく撫でて笑いかけた。
妹の顔が真っ赤になる。
「ふぇ!? ……素直になる。……私は素直じゃなかった? 私はお兄ちゃんが……」
小声でブツブツ言っている。
うつろだった目が、少しだけ光を取り戻していた。
――大丈夫そうだね。……なんだろう、美心と一緒に居たからかな? 甘くなったのかな?
僕は妹の友達に声をかけた。
「みんな、妹をよろしくね!」
妹の友達たちは騒ぎ出した。
「超カッコよくね?」
「やば、乙女ゲーにでてたよね?」
「違うだろ、ジャニース事務所所属だろ?」
うん、みんな元気でいい事だ。
僕は美心と手を繋ぎなおして、一緒に夏祭りを思う存分堪能した。
通常ランク試験『大運動会』が終わった。
僕らは騎馬戦に出場した。
上位ランカーが数名出ていたけど、みんな灰沼レベルにも満たなかった。
開始早々、僕は大声を出した。
全騎馬の動きが止まる。
「美心ーー!」
「はいなの!」
僕らは一瞬で騎馬を全滅させた。
学園のアナウンスが困惑していた。
『ふえ!? き、騎馬戦は……新堂グループを残して全滅です!? ていうか一位以外順位がわからなくなっちゃったよ! 新堂グループ以外でやり直し! 2位決定戦をします!』
僕らはそのまま学園の図書館で時間を潰して待っていた。
「美心。これ面白いぞ?」
紺色の体操着姿の美心が図書室にミスマッチしている……
――なんだろう、この背徳感。
僕は平静を装いながら美心と本のチョイスを続けた。
美心は僕の渡した本を読み始めた。
僕はスマホで小説を書く事にした。
僕が小説を書くのに夢中になっていたら、左肩に重さが加わった。
――あれ、美心?
美心が僕の肩を枕にして寝てしまった……
不味い、落ち着け、起こしちゃ駄目だ。こんなに気持ちよさそうに寝ているんだ。
美心は僕に心を許しているのだろうか。
凄く穏やかな寝顔だ。
……疲れたんだね。ゆっくり寝てな。
僕は良い匂いに包まれながら美心が起きるまで動かないようにした。
美心が寝言を言っている。
「……慶太……パグ太……ポメ子……大切……大好き……」
思わず僕は飛び跳ねそうになった。
胸がどきどき高鳴る。
――クソ、これは違う! だってパグ太やポメ子の名前も一緒に言ってる!
落ち着け。
落ち着くんだ……
もう、大丈夫だ……
僕も落ち着いてきたから眠くなる……
目を閉じて一緒にお昼寝をする事にした……




