理不尽は嫌いだ
地味子は僕の前に出た。
「カモネギ。……これは高ランカー同士のランクをかけた戦いでいいのね?」
「カモネギ? よくわからんが……ふん、もちろんだ、美心っちゃん! ……俺が勝ったらこのガキは俺の奴隷にするぞ? それが対価だ」
「問題ないの。……今の発言は録音してあるの。後で学園に提出するの」
「はは! チャラくて有名な灰沼家だぞ? うちは六本木の帝王だ! 誰がそんな男に負けるか!」
地味子は僕とカモネギの間に立っている。
地味子は両手を上げて、戦いの合図を切った。
「ファイトなの!」
僕とカモネギの距離が一瞬で詰まる。
僕らは接近戦を繰り広げた。
――これがランク6位か……中々どうして強いじゃないか。
カモネギの一撃一撃は非常に重たい。それでいて高速回転で襲いかかる。
「ほらほらほらほら! 足元お留守だ!」
華奢な見た目からは想像できない運動神経をしていた。
――灰沼家……僕は名家じゃないけど、聞いたことある。師匠から教わった。……ヤバ、師匠の事を思い出したら寒気がしてきた。
僕は小ジャンプでキックをかわし、サマーソルトを繰り出す。
ギリギリのところでカモネギはかわした。
「うぉ!? ふん! 中々やるじゃねーか……。流石、美心っちゃんが認めた地味メンだな」
僕は華麗に着地した。
――師匠からきつく言われた。この街で、いや、この日本で絶対逆らっちゃ駄目な奴ら。……黒井家を筆頭とする7名家。そのうちの一つが灰沼家だ。
権力は個人の力では勝てない。
個人が強くても、もしその家族が襲われたら? 大事な人がさらわれたら? 無関係な人が被害にあったら?
……地味子はそれが分かっている。いくら強くても、知識があっても、どうしても勝てない……小さな抵抗をすることしかできない。
――嫌だな、そんなの。
僕は家族が大事だ。
父さんも母さんも、もちろん妹だって大事だ。
……でも僕は師匠と父さんから教わった。母さんの闇日記に助けられた。
あの人達ができて、僕ができない事は無い。
――今度師匠に会いに行くかな? 父さんの写真を持っていったら喜ぶだろうね。……学生の頃から18年間ずっと父さんが好きってすごいよね。
カモネギが叫んだ。
「おい! 俺の秘技を喰らえ! 【不動の邪眼】!」
カモネギの目が鈍く光輝く。
僕の身体が硬直してしまった。
――これが灰沼家の能力か……うん、完璧動けない。
カモネギは速攻で襲いかかってきた。
僕は無防備な状態で連打を食らう。
「ははははははっ! 死ね死ね死ね! 京子ちゃんの苦しみはこんなもんじゃないぞ! ラブ京子!」
カモネギは連打を止めない。
殺す勢いだ。
確かにこいつは強い。
動きを止められたらどんなやつでも負けるだろう。
そんな特殊な力を持っていても6位だ。
上はもっと強大だ。
……僕は中学まで京子の価値観が絶対だった。
京子の言うことが全てだった。
友達もできなかった。
京子の命令は絶対だった。
優しいと思っていた。
それは僕を使役するためだけの優しさだった。
僕はずっと一人ぼっちだった。
もちろん両親は僕を愛してくれてた。
師匠も僕を通して父さんを見ていたけど、弟子に対する愛情を感じられた。
妹は……知らない。
人生は地味に隠れて生きる方が楽だと思っていた。
理不尽なこの世界が嫌いだった。
師匠にも両親にもダメ出しされた。本当の仲間、本当の恋をしろって。
……地味子と暮らして分かった。
人といると人間力が弱くなると思っていた。
そんな事無かった。
地味子とポメ子とパグ太の共同生活は……楽しかった。
割とどうでもいい理由で一緒に住むことになったけど、まさかあそこまで快適だとは思わなかった。
僕は孤独じゃなくなった。
地味子という理解者ができた。
地味子は僕に取って大切な仲間だ。
僕は地味子と共に歩きたい。
いつまで?
そんなのわからないよ! だって僕らは好きにならないはずだからね!
でも、一緒にいちゃいけない理由にならない。
だから僕は地味子とこれからも一緒にいるよ。
ずっとね!
僕は気合を入れた。世界と深度を合わせる。
身体と精神を一致させる。
カモネギが異変を感じ取り、距離を取った。
「……な、なんだと?」
空間にガラスが割れたような音がする。
僕はカモネギに向かって歩き出した。
「な、何故歩ける……術にかかったはずだ! く、来るな……」
僕は一年間……いや、何年間も師匠と修行した。
この理不尽な世界を生き抜くために。
いつかできる大切な人を守るために。
やっと、師匠と両親が言ってた意味がわかったよ。
僕はカモネギの胸に神速のデコピンを放った。
「くっ!?」
とっさに両手でガードするカモネギ。
激しい打撃音が響く。
デコピンの衝撃は両手を破壊して、カモネギの身体全体に伝わる。
身体が宙に浮く。
苦悶の表情のカモネギに向かってジャンプをする。
回転しながら、踵で浴びせ蹴りを食らわせた。
カモネギは屋上のフェンスを超え、流星の様にグラウンドの地面へと突き刺さった。
学校中が軽いパニックになる。
「うひゃ!? ひ、人が降って来た!」
「は、灰沼先輩!?」
「地面にクレーターが……」
「おい、救急車呼べ!」
「生きてるよ! すげっ! 上位ランカーって不死身なの?」
「あ、大丈夫だよ〜。毎年この時期はこんなもんだよ〜」
「ランク6位が倒されたか……」
地味子が小さく声を上げた。
「……勝者、新堂なの」
京子の捨て台詞が聞こえた。
「くそ、あの童貞野郎……」
……教室へ帰ったらしいね。
地味子は僕の方へ近寄ってきた。
「……ランク6位をあそこまで圧倒するとは思わなかったの。……だから、この前のランク試験で三枝先生から逃げようとしなかったのね……」
僕は地味子を見つめた。
確かに可愛い。ポメ子の次くらいに。
「……ちょ、ちょっと……」
珍しく地味子が困惑している。
「……いやね。僕がランクゼロになったら地味子が僕の婚約者になるのか、って思ってね」
「……いやなの?」
地味子は少しだけ不安そうな顔をしている。
「ううん、だって今の暮らしをずっと続けられるよ? それって最高じゃない?」
地味子の顔がパァっと笑顔になった。
「そうなの! 最高なのね! ……でも黒井家は甘くないのね」
地味子は現実を思い出してしまう。
「大丈夫。僕の母さんは六角家の跡取り娘だったよ?」
地味子は驚いて僕を見た。
「……家ごと滅んだ腐れ外道の六角家?」
「そう。……だから僕を信じて。地味子を絶対自由にしてやる」
地味子は小さく頷いた。
「……信じるの」
地味子は顔を上げて僕の手を引いて歩き出した。
「……職員室に行くの! 早速、三枝先生に報告なの!」
地味子は嬉しそうに歩き始めた。
そして何かに気づいた様に、一旦止まった。
「あ、新堂。私は地味子じゃないの! ……でも黒井って呼ばれるのは嫌なの。……だから美心って呼ぶの!」
地味子は僕の方を見ずに顔を真っ赤にしている。
「オッケー! ……美心」
美心は嬉しそうに返事をした。
「うん! ……慶太、職員室へ行くの!」
いきなり名前で呼ばれてびっくりしてしまった。
胸が跳ねる。
もちろん名前で呼ばれたことなんて沢山ある。
でも、こんな感じになったことは無かった。
僕の身体が熱くなるのがわかる。
僕は動揺したまま、美心に手を引かれて歩き出していた。
……まさか心も惹かれているのか?
いやそんな事無い。
だって僕たちは好きにならない……はずだ……