いいだろう……宣戦布告だ!
「おーい、朝ごはんできたぞ! ……洗濯終わったか?」
僕らは家事を分担して行っている。
そっちの方が効率が良い。
「……うん。終わったの。お腹ペコペコ」
「バウバウ!」
「わふん!」
僕らは和室のダイニングで朝食を食べながら今後の予定について話し合った。
「予定通りクラスランク1位になれたね。……全学年11位はやりすぎたけどさ……」
地味子は味噌汁を啜った。
「……美味しい。……ふぅ……そうね。生活費分は問題なさそうなの。……でも隠れることはできないの……新堂……ごめんなさい」
僕はいきなり謝る地味子に驚いた。
「え!? 黒井、どうした? 僕なんかした?」
「違うの……私と関わったせいで、新堂はトップランカーに目をつけられたの……」
「それが黒井のせいになるの?」
「なるの」
ご飯を食べ終えたパグ太が地味子にまとわりついて来た。
地味子は優しくなでてあげる。
「アイツら自分勝手なの……私と新堂が一緒に仲良くしてるのを見て、勘違いしてるの」
「兄貴みたいな奴ら……ん? ちょっとまて? 上位ランカー全員が黒井に惚れてるとか?」
地味子は少し恥ずかしそうにして、パグ太をなでる速度が上がった。
「ばうう!?」
「恥ずかしながらそうなの……しかも勝手に婚約者にされて……兄のせいなの……」
「そ、そうか……しかし、婚約者か……全員?」
「全員なの……私の父は学園の理事なの……学園トップになった強者が正式な婚約者になるって言ってるの……」
僕は押し黙ってしまった。
――婚約者か……自由に恋愛できないなんて……
「黒井が人を好きにならない理由って、この婚約者たちのせいか?」
地味子はパグ太のほっぺを弄ぶ。
「ば、ばうばう……」
「……アイツらは幼稚園の頃から私の邪魔ばっかりして……挙げ句、兄まであっち側に付いて……私はそのせいでクラスメイトから令嬢呼ばわりされて……誰も友だちができなくて……いつの日か、この家を抜け出せる力をつけるため、自分を磨いたの……」
地味子はパグ太を胸に抱き上げた。
「ばうーー」
「アイツらは私の見てくれしか見てなかったの。だからランク学園に入って、地味な格好をしている私の事を気づかないの。……流石に前回のランク試験でバレちゃったのね」
認識した時の地味子は恐ろしく美しかった。
でも、僕が知っている地味子は地味な格好をしているどこにでもいる女子生徒だ。
パグ太が大好きで、ポメ子の事も大好きになってくれて、本が好きで、ラノベが好きで、昼寝も大好き、料理はほどほどで、掃除洗濯が得意な普通の女の子だ。
こいつが婚約者の前でどんな姿を見せていたかわからない。
でも、キラキラした姿しかみていないんだろうな?
「うーん、確かに地味子は、あ、黒井はとても綺麗だけど……いつもの地味な格好をして隠れている姿の方が落ち着くし、僕はそっちの方が好きだよ?」
ポメ子が僕の顔めがけて飛んで来た!
「わふーん!」
「うわぁ! まて、ポメ子!」
「地味な方が、す、好き……初めて言われたのね……」
地味子はボンっと顔が赤くなっていた。
あれ、俺なんか言っちゃいました? 馬鹿、言ってるよ! 好きって言ってるよ!
「あ、あ、違うからね! 好きって言っても、友達っていうか、仲間っていうか、わんこっていうか……」
「わ、分かってるの! わ、私達は好きにならないの!」
「そ、そうだ! 僕たちは好きにならない!」
「わふん?」
「ばうばう?」
ポメ子達は不思議そうな鳴き声を出していた。
僕たちはポメ子達を見送って一緒に登校をする。
僕らは朝の出来事を記憶から消し去ろうとしていた。
「……大丈夫……女性に気をもたせたりしない」
「……思わせぶりな態度はしないの」
二人の心の声はだだ漏れであった。
僕たちは顔を見合わせた。
二人とも困った顔をしている。
二人で見つめ合っていると、我慢しきれなくなって、一斉に笑いだしてしまった。
「ぷはははっ!」
「ふふふふっ!」
僕らは気が済むまで笑うと落ち着きを取り戻していた。
「……似たもの同士だね。……やっぱ、黒井と一緒のグループで良かったよ」
「そうね。ここまで似ていると面白いの。……やっぱりまだこの生活は続けたいの……」
黒井は僕を先導するように前に出た。
歩調がいつもよりも乱れている。
でも、心なしか嬉しそうな歩き方だ。
僕もいつもよりも少し気分が良い。
軽快なステップで地味子の後を付いて行った。
……最高の気分が一瞬で最悪になってしまった。
「美心ーー!! お兄ちゃんだよ! はははっ! お兄ちゃん寂しいよ……美心はどこに住んでいるの? ていうか、この前の男……新堂だったな! 美心から離れろ!」
メガネの風紀委員長、黒井の兄が現れた。
メガネの後ろから可愛らしいショタ男子生徒が出てきた。
「……美心様? わーー! 本当に美心様だ! 全然気づかなかったよ……僕も修行が足りないな……ふふ、君が噂の新堂君? 僕は許嫁の……ぶほーー!!」
小柄な男が宙に舞った。
そこには地味子が存在感を出して立っていた。
いつもよりも大きく感じる。
うっすらオーラが見える。
いつもかけている伊達メガネを外す。
僕は好きだけど、評判が良くないみつあみのゴムが切れて髪がほどける。
地味子の豊満な肉体美を、制服がパツパツになりながら抑えてる!?
魅惑的な瞳で兄メガネをひと睨みした。
「……お兄ちゃん……二度と目の前に現れないで……」
メガネは震えている。
「くっ! ま、まさかこの俺がふ、震えているだと!? み、美心……成長したな……」
後退るメガネ。
あ、地味子に投げつけられたショタが綺麗に着地した。
「……ちょっと乱暴だよ! そいつの影響? 美心様はもっとおしとやかで優しくてお洒落さんで、大天使様だったんだよ!」
地味子は告げた。
「うるさいの! 私に関わらないで! 婚約者なんていらない! 守ってくれなかったお兄ちゃんもいらない! 私は自由になりたいの!」
ショタは地味子の悲痛な叫びを聞かない。
「いやいや、美心様の意思は関係ないよ? 自由になる? 美心様のお父様の意思が一番でしょ? どうせ僕がランクゼロになって美心様の正式な婚約者になるからさ!」
地味子が諦めたような悲しそうな顔をする。
地味子のそんな顔は見たくない……
僕はムカムカしてきた。
コイツラはなんだ?
地味子が悲しんでいるのがわからないのか?
人として欠落しているのか?
こんな奴らに……地味子を渡せるか……
パグ太と一緒に遊んでいるときの笑顔を見たことがあるのか?
……見かけなんか関係ない。
あいつはわんこが好きな普通の女の子なんだよ!
僕は一瞬でショタ男との間合いをゼロにして胸ぐらを掴んだ。
「!?」
「新堂! わ、私は大丈夫なの……」
――僕が大丈夫じゃないよ。諦めちゃ駄目だ!
僕はショタ男を持ち上げた。
横から襲いかかってきたメガネを蹴りで迎撃する。
「へぼら!?」
コンクリートの壁にめり込んでしまった。
ショタ男が余裕の表情をする。
「……へ、こ、この程度じゃ……期待はずれだな……」
「ああ、そうかい。……てめえらは僕の嫌いな人種みたいだね。……地味子は物じゃねんだよ! あいつの気持ちを踏み潰すんじゃねよ!」
「黒井家とその分家を知らないから言えるんだよ! ひひひひ! あそこに逆らえる奴はいないよ? もちろん美心もね」
僕はショタ男を地面におろした。
「ふう……制服伸びちゃったよ……死んでお詫びしてね!」
制服の裏に隠し持っていたスタンガンを僕に押し付けた。
僕のお腹から高圧電流が流れる。
「ははは! ざまぁ! 僕がランクゼロになって美心様をいただくよ! 君は苦しみながら死ねば……あれ……」
僕の身体がビリビリしている。
「……その程度? 肩こっていたから丁度良かったよ、ありがとう。そしてさよなら!」
僕はショタに気絶しない程度の腹パンを食らわした。
「おえっふ!?」
ショタはその場で崩れ落ちた。地面に吐瀉物を撒き散らす。
僕はコイツらと……隠れてこの状況を観察しているランカー達に大声で叫んだ!
「……僕がランクゼロになってやるよ!! てめえらみたいなクズは叩きのめしてやる!」
「……地味子は僕が絶対自由にするぞ! これは宣戦布告だ!」
僕の声が周囲一帯に響き渡る。
空気が揺れて、大量の鳥が空を羽ばたく。
野良にゃんこ達が逃げ惑う。
行き交う生徒達は立ちすくんでいた。
地味子が僕の側に立つ。
ひっそりと僕の手を握る……
「……新堂、ありがとうなの。……私もあきらめないの」
僕らは二人ボッチで手を繋いで、前だけを見つめた。




