おや? 空気が違う
僕が教室へ入ると空気が変わった。
明らかに僕は異物として認識されている。
遠くの席の地味子は席で突っ伏している。
いつも軽く挨拶だけはする男子も僕から視線を外す。
この空気は昔感じたことがある。
僕をいないものとして扱う。
そしてそこからエスカレートして、いじめへと変わる……
懐かしいな……小学校の頃からこれは変わらないよね。
クラスを見渡す。
気まずそうにしている生徒。
ニヤニヤとイベント事を楽しんでいるような生徒。
他人事のように見て見ぬふりをする生徒。
見当違いの怒りを僕に放つ生徒。
……そして、それを悲しそうに見ている神埼さん。
……プライドを傷つけられてご立腹な京子。
30人の未成熟な人間が狭い空間に押し込められているんだ。生徒達は空気を読むのに敏感だ。些細な変化を見逃さない。
そして、自分が一番安全な場所を探して身を隠す。
誰だってとばっちりを食らいたくない。
空気を読んで、ここぞとばかりに攻撃する生徒もいる。
自分の中にあった嗜虐心を表に出してしまう。
僕が席に向かう途中で足を出して引っかけようとする男子がいた。
……僕は無視して軽くかわす。
「うわ、お前ださ!」
「新堂、空気読めよ……ははっ!」
何が面白いのか、周りの男子達は爆笑だ。
無視して自分の席を見ると、そこにはありったけのゴミが詰められた机があった。
――まだ初日だからこんなもんか。
いじめは些細な事で精神的なダメージを受ける。
無視される。親に買ってもらった教科書を破られる。靴を隠される。
お金がかかるいじめは駄目だよね?
僕はバックの中からゴム手袋と大きなゴミ袋を出した。
「え!?」
隣の生徒は驚いていたけど、僕は気にせず机を綺麗に掃除した。
ゴミはゴミ袋へ。
消毒クリーナーで机を綺麗に拭く。
――うん、こんなもんだろ!
無視されるだけだったら気楽でいいのにな……
僕はゴミ袋を手で圧縮して教室のゴミ箱へ投げつけた。
ゴミ袋は凄まじい音をたてながら見事にゴミ箱へ入っていった。
クラスに静寂が生まれた。
「おはよ! 今日も……うん? またなんか変な雰囲気だね? ……まいっか! HR始めるよ!」
三枝先生が元気良く教室へ入って来た。
クラスの空気を無視してHRを進める。
「それじゃあ、こんなところかな? みんな何かある?」
神埼さんが眉間にシワを寄せて、すごく考えているのが見えた。
何かを決意して立ち上がろうとしたけど、僕の声で遮った。
「先生! 僕いじめられているらしいです! あの〜、無視は全然OKなんですけど、もし僕の教科書や備品を壊したり、隠したら、窃盗や器物破損で弁護士と相談してもいいですか? 場合によっては警察も呼びます!」
三枝先生が笑い出した。
「……構わないよ! 好きにしちゃって! だってここは特殊な学園だよ? いじめ位で駄目になるような子はいらないよ! いじめるなら本気でいじめなきゃね! はははっ!」
先生は教室から去っていった。
相変わらず僕は無視されている。
でも、これっていつもと変わらない状況だよね?
というか、生徒達から話しかけられないから煩わしさがなくなって良くなったんじゃない?
あ、地味子が起きた。
地味子がいじめられている雰囲気は無いようだ。
――良かった……もし地味子までいじめられていたら我慢できなかったかもね。
地味子は小休憩の間に早弁をしている。
それに気づく生徒はいない。いつも通りだ。
僕は地味子とアイコンタクトを取った。
――僕だけで良かった。
――うん、私はいつもどおり……申し訳ないの。
僕も早弁をして次の授業に備えた。
僕はいつもどおり地味子と屋上でご飯を食べている。
「……新堂。いじめ大丈夫なの?」
「ああ、自分の物が壊されない限り大丈夫だよ」
「……そう。クラスメイトはもう何が発端か気にしてないの。ただ、新堂をいじめてもいいっていう免罪符を得たと思っているの」
「若いから仕方ないよね」
「……いじめは見てる方も嫌な気持ちになるの。もし明日まで続いたら……」
「ああ、大丈夫だよ。僕の机の中にゴミを入れたやつは分かっているし」
「そう」
珍しく心配そうな顔で僕を見つめる地味子。
「だ、大丈夫だよ! それに……僕たちはわんこ仲間じゃん!」
地味子は前よりも口元をゆるく微笑んでくれた。
教室に近づくとなにやら騒ぎ声が聞こえてくる。
「ちょっと、止めなさいよ!」
「神埼さんは見てるだけでいいです! 僕たちがやりますから! 命令して下さい!」
「あ!?」
「うおぉ!?」
扉を開けると、そこには破れた僕の教科書を持っている神埼さんが立っていた。
神埼さんは焦った顔で僕を見ていた。
「こ、こ、これは……うん……新堂……ご、ごめんなさい……」
神埼さんは僕に深々を頭を下げた。
遠くで京子がニヤリと笑っていた。
誰もが僕が神埼さんの事を怒ると思っていただろう。
僕は教室の隅に設置して置いたカメラを見る。
自分のスマホを再生した。
男子生徒達が僕の机の周りを囲っている。
『おい、新堂の教科書やぶこうぜ!』
『どうせ弁護士なんてハッタリだ』
『お、いいね! 俺もやるよ! ははっ!』
神埼さんが恐る恐る男子生徒に声をかけた。
『……ね、ねえ、そんな事やめなよ』
『え? 俺たち神埼さんと京子さんのためにやってるんだぜ?』
『そうだよ! あいつのせいで神埼さん達が傷ついたんだから!』
悪びれもしない生徒たち。
僕の教科書を引っ張り出して破こうとした。
『ちょっと、止めなさいよ!』
……
……
僕は動画を切った。
「……君と君と君と君と君だね? うん、神埼さんは全く悪くないよ。むしろ止めようとしてありがとう」
僕は神埼さんに頭を下げた。
「え、あ、うん……」
神埼さんはどうしていいかわからない顔をしている。
「神埼さんはとりあえず席に戻りな……」
「うん……」
おとなしく席に着く神埼さん。
男子たちも自分の席に着こうとしていた。
思わず主犯格の襟首を掴む。
「うん? 君たちは駄目だ。有罪だ。僕の大切な教科書を傷つけた。許さない」
男子生徒は焦った声で弁解した。
「ま、まて! 新堂、じょ、冗談だよ! はは……」
「そ、そうだよ〜、冗談だよ〜」
ヘラヘラと笑いながらやり過ごそうとする馬鹿な奴ら。
「はぁ……僕は冗談が通じないよ? 親から買ってもらった大切な教科書だよ? それを破くなんて……はい、全員こっち来てね……」
僕は……威圧した。
教室に暴風が荒れ狂い、机が全てなぎ倒されるイメージ。
全員が溺れてしまいそうな程の圧力を感じさせる。
クラスメイト達は身動きが取れなくなった。
僕は主犯格を引きずりながらトイレへ向かう。
今後二度とこのような事が起きないよう、僕は彼らにトラウマを与えてあげた。
「ふう、お待たせ! あ、授業に間に合って良かった!」
僕の後ろを連なって歩く男子生徒達は生気を無くしていた。
ふらふらと自分の席へと着いた。
その後、僕をいじめようとする生徒は出てこなかった。
放課後になると、僕は地味子と一緒に帰ろうとした。
クラスの生徒達は僕に怯えている。
京子だけが悔しそうな顔をしていた。
何事も無く帰ろうとしたら、神埼さんが近づいてきた。
この前よりも大分遠慮をしながらだ。
「……新堂……君。少し話しがある……歩きながらでもいいから聞いてくれないか?」
僕は地味子を見た。
「……私、先帰る?」
神埼さんは慌てて手を振った。
「い、いや、黒井さんもいてくれ。た、頼む」
僕は地味子に頷いた。
僕たちは3人で歩き出した。