黙ってくれる?
今日の昼休みは特別だ。
ランク試験のクラス単位の結果が、各クラスの廊下の壁に貼られる予定である。
職員室前の廊下には全校生徒版のランク順位が貼られる。
生徒たちはドキドキだ。
僕たちも色んな意味でドキドキだ。
「あ〜、超不安だよ〜、私失敗しちゃったしな〜」
「ひ、姫! 姫は悪くないでござる!」
「そうですぞ! 悪いのは世間のせいだ!」
「姫はオタクの救世主……ポイントは全て姫のもの!」
――うぉ!? こいつらロリーズの奴ら……ていうかリア充女子が見事に姫化してるな……意外と楽しそうでよかった。
クラス委員長が教室へ飛び込んできた。
「試験結果、張り出されたよーー!」
生徒達は乱痴気騒ぎで教室を飛び出した。
教室には僕と地味子だけが取り残される。
あんな騒ぎに巻き込まれたくない。
僕と地味子はそっと、屋上へ向かった。
僕たちは昼休みギリギリまで日向ぼっこをして、教室へ戻ることにした。
戻る途中で生徒達のボヤキが聞こえる。
「今月バイトしなきゃ……」
「今回の試験って激ムズじゃなかった?」
「ていうか最上階まで行けたのって、トップランク御三家だけだよね? 4位以下の7英雄でも無理だったみたいよ」
「俺……一階で知らないうちに死んでたよ」
僕と地味子は人気が少なくなった職員室前の全校生徒ランクを確認することにした。
「……ドキドキするな」
「うん……最善は尽くしたの」
職員室前を歩きながら通り過ぎる。
まだチラホラ生徒達がいるが、歩きながらでも確認できる程度の人数だ。
僕たちは結果にほどほどに満足して教室へ向かった。
チャイムが鳴ると同時に教室へ戻った。
僕と地味子はクラスメイトに見つからないように席に着いた。
――あれ、雰囲気が違う?
僕は回りを見渡す。
視線が僕と地味子に集まっていた。
「おい……来たぞ……」
「不正……はできないよね?」
「地味すぎでしょ?」
「お前友達だろ? 聞いてこいよ」
「やだよ。微妙に知り合いって感じだから気まずいだろ?」
――おかしい? 全校生徒ランクは目標圏内よりもほんの少しだけ高い11位だったのに? 10位以内じゃないからそこまで目立たないはずだよね?
地味子は視線を嫌がって突っ伏して寝たフリをし始めた。
チャイムが鳴っているのに、数学の先生が来ない……三枝先生! 早く来て!
神埼さんがおもむろに立ち上がって僕の席まで来た。
京子は面白がってニヤニヤしている。
ムカつく笑い方だ……
神埼さんは柔らかい笑顔で僕の手を取ろうとした。
「あれ? おい、避けるな……」
ボディタッチはお断りだよ。神埼さんは僕の手を取るのを諦めた。
「まあいいわ。新堂……クラスランク1位おめでとう! 流石、私が見込んだだけのことはある!」
なぜか神埼さんは自分のことの様に誇らしげに胸を張っている。
――クラスランクは狙い通り1位だったんだ。良かった……これでポメ子達に良いご飯を買ってあげられる。
神埼さんは僕の肩を叩こうとしたけど、僕は巧みにかわす。
「や、や、やっ、くっ!? まさか私のグループが抜かされるとは思わなかったわよ! ダンジョンはどこまで行けたの? 私は3階の迷路でタイムアップしてしまったわ。もしかして最上階まで行けたとか? ふふ、次の試験では負けないわよ!」
「おい、神埼さんのライバル宣言出たぞ!」
「あいつ羨ましいな……」
「ていうかあいつ誰?」
「確か……新堂……」
僕は高速で思考を繰り広げた。
もしかして、クラスランク1位って結構すごいことなの?
だって、みんな遊んでいる感じで本気出してないんでしょ?
嘘でしょ?
嘘って言ってよ!
京子がボス女子の風格でゆっくりと立ち上がった。
取り巻き女子に道を開けさせる。
胸をそらして妙に偉そうだ。
「……おめでとう、慶太。流石、私が幼稚園の頃から目を付けていただけあるわ……ていうか私が育てたのも同然。ふふ、今夜は祝勝会ね……いつものホテルでいいかしら?」
クラスメイトが騒ぎ出す。
「お、大人な関係……」
「むふー! エロス漂う豊満な肉体……わ、すみません、姫!」
――もう面倒くさいよ! 早く先生来て!
神埼さんは焦ったように京子に告げた。
「ちょ、ちょっと! 新堂君は私とお食事に行くのよ! ねぇ、新堂君……あなたが私を助けてくれたあの場所で……ね」
「うるさいわね! 泥棒猫はだまらっしゃい! 私は慶太に告白をされそうになったのよ!」
二人は僕を見た。
「新堂! 私と思い出の場所に来るんだ!」
「慶太! 一緒にゲームするわよ! ……朝まで……ね」
え、なにこの究極の選択肢……
僕は先生の気配を探る……くそ! まだ周辺にいない……
二人の顔を見た。
神埼さんは顔を赤くしながら、そっぽを向いて恥ずかしがっている。
正統派美少女の彼女の誘いを断るなんて、今後クラス活動に支障をきたす……
京子もエロティックな美少女だ。
むっちりとした肉体美は素晴らしい、とみんな思うだろう。
厚ぼったい唇がセクシーだろう。
こいつもクラスでカーストトップに属する……無下に扱ってもいいけど、後が面倒くさい。
どうしよう……と思ったときに、僕のスマホがブルブル振動した。
メッセージを見た。
『クラストップはどうやら失敗なの……もう隠れるのは無理……だから自重しないの。……新堂も自重しなくていいと思うの。……二人で乗り越えるの!』
俺は地味子を見た。
寝てる振りしながら状況を把握してるんだろう。
……そっか。そうだな、もう隠れるのはやめだ! 黙らせればいいか! 気が楽になったぜ!
僕は二人を無視してメッセージを返す。
『おう! 僕たちの目標はパグポメ家でのんびり暮らす事。我が道を行こう! ありがとな!』
僕は立ち上がった。
「し、新堂……決めてくれたか?」
僕は神埼さんに言った。
「……クラストップになれたけど、それは黒井と頑張ったからだ。お前たちは関係ない。少し黙れ……」
僕は少しだけ存在感をこの世界に出した。
クラスの空気が変わるのがわかる。
「え、何? いきなり背が高くなった!?」
「まって、まって、まって、あれ、トワイライトプリンスの主人公そっくりじゃん!?」
「尊い……ふぅ……」
神埼さんが嬉しそうに僕に抱きついて来ようとした。
「さ、流石、新堂! 私が見込んだ……」
ゆっくり諭すように告げた。
「黙れ」
神埼さんは怯んでしまった。
「いいか、僕は確かに君を助けた。でも一言も喋ったことが無いクラスメイトだ。それ以前もそれ以降も。むしろ、虫けらみたいな存在として認識されていたはずだ。それがいきなりなんだ? まるで昔から僕の事を知っている様に語って……馴れ馴れしく話しかけるな」
顔面蒼白の神埼さんを押しのけて、京子が前に出てきた。
僕に胸を押し付けようとする。
僕は目に力を入れる。
京子の歩みが止まった。
「ね、ねえ? 私は昔から知ってるよ? 私の事好きだったでしょ? 知ってるわよ?」
僕は目頭を押さえた。
頭が痛くなりそうだったからだ。
「京子……僕は陰口を聞いたよ。『あんな冴えない男と付き合うわけない』『あいつ地味すぎじゃん?』『ゲーム借りたいだけ』」
「!? そ、それは……あれよ! 照れ隠しよ! 素直になれなくて恥ずかしいから、友達に無理して強気で言っちゃったのよ!」
「……そう。その後のサッカー部のイケメンとか野球部のエースとか、テニス部のライジングとか……全部並行して付き合っていたよね? 3股? ありえないでしょ? 彼ら以外に思わせぶりな態度を取って虜にしたキープ君も一杯いたよね? なんでそんな京子の事を好きになれるの? 頭お花畑じゃん?」
京子が唇を噛み締めている。
「きぃーー!! だって、あんたが全然話して来ないんだもん! だんだん慶太がカッコよくなっていって悔しかったんだもん! 見せつけたかったんだもん!」
「……そう。それは僕に関係ないよ」
「な、なんでそんなに冷たいの? あんなに優しかったのに?」
「……優しさ? ……甘かっただけだよ。世界が見えてなかった」
僕は二人に告げた。
「僕は今まで通り普通に生きる。……今まで通り君らと関わる気は無い。そこんとこよろしく。あ、もう来るよ?」
「ごめんごめん! 合コンのセッティングに戸惑って……え、何これ? 修羅場?」
三枝先生が扉を開けて教室に入ってきた。
先生は僕を見て、鼻で笑って授業を始めた。
「ほら、さっさと席につけ! 今日は小テストがあるぞ!」
先生のおかげで教室の空気が弛緩した。
神埼さんも京子も自分の席にフラフラと向かった。
「ちょっと言い過ぎじゃない?」
「調子のってんのかな~?」
「神埼さん可哀想……」
「あそこまで言う必要ないよね。ヤバ、空気読めなくない?」
「ハブる? ていうかまた地味に見えてきたよ」
クラスメイトが小声でこそこそ話しているのが丸聞こえだ。
……まあ、そうなるよね。
スマホにまたメッセージが来ていた。
こっそりとそれを見る。
『二人で頑張るの』
パグ太とポメ子が一緒に寝ている愛らしい写真が送られてきた。
パグ太の腹の上でポメ子が寝ている。
僕の心が癒やされた。
僕は数学の時間まるまる使って、地味子に送るポメ子メッセージをずっと考えていた……