陰口は嫌だよね
「いやいや、ありえないでしょ!? あいつ、地味すぎじゃん!」
放課後のクラスから笑い声が聞こえてきた。
俺は忘れ物を取りに来ただけだったのに……
「えーー? だって京子って新堂君と仲いいじゃん? 幼馴染だし?」
京子さんは焦りながら友達に弁解していた。
「……それは〜、あいつって、いつも新しいゲーム買ってるし〜、私が欲しいって言えばすぐ貸してくれるからね〜」
「でも、あれっしょ? 新堂君から呼び出し食らったんでしょ? 今日これから告白じゃないの?」
「マジ面倒……勘違いしないで欲しいよね……なんで私があんな冴えない男と付き合わなきゃいけないのよ……はぁ……」
「マジで京子、悪女じゃん! ウケる〜」
「「きゃははは!!!」」
女子たちの笑い声が教室に響く。
僕は教室に入りそうな身体の向きを無理やり変えた。
扉にぶつかる。
「ん!? 誰かいるの?」
僕は声を無視して走り出していた。
僕の初恋が……終わった。
僕は目が覚めた。
寝汗がひどい……
どうやら中3のころの悪夢を思い出してしまったようだ。
ずっと仲良くしていた幼馴染と両思いだと思っていたのに、本当の気持ちを知ってしまった時……
僕は家で号泣した。
泣いて泣いて泣き腫らした。
その時僕は誓った。
二度と恋なんてするもんか。
思わせぶりな態度なんてまやかしだ。
僕は絶対人を好きになんてならない。
こうして今の僕が出来上がった。
勉強を必死でやった。
身体もひたすら鍛えた。
自分を磨く事を怠らなかった。
人生の極意を学んだ。目立たず生きようと決めた。
そうすれば自ずと平穏に生きられる。
ただの自己満足だってわかってる。
僕は誰も信用する事がなくなった。
部屋の扉がノックされる。
「……お兄ちゃん? 朝だよ! 起きて!」
僕は軽く答える。
「……起きてる」
一つ下の妹が部屋に入ってきた。
「もう、早くご飯食べてね! 一緒に学校行こ!」
「……一人で行きな」
僕は妹を無視して学校へ行く準備を始めた。
こいつも僕の事を馬鹿にしていた一人だ。
『お兄ちゃんはグズでのろまで、地味でブサイクだから彼女もできないし、ゲームばっかやってるオタクだから最悪……だから、私がいなきゃ駄目なんだよ! へへ、あっ!? お、お兄ちゃん……』
妹が家に遊びに来た同級生に放った言葉である。
……こいつだけは信じていた。……だけど、こいつも女子であった。
それ以来僕は妹と距離を取ることにした。
僕は妹をかわして階段を降りた。
「……あ」
妹の小さな声だけが耳に響いた。
学校に着くと同級生に挨拶をする。
僕は目立たなく生きている。
この学校は特殊だ。
すべての成績や部活の実績、学校への貢献度が可視化されている。
ランクが全てである。
ランクに応じて様々な特典や恩恵が学校から受けられる。
だから生徒たちはみんな必死だ。
僕は奇跡的にこの学校に入れた。
……奇跡じゃないか、僕は人知れず努力をした。
人生における師匠に出会わなければ、僕はここまで成長することができなかった。
教室に入ると、ポツポツとクラスメイトがすでに席に着いていた。
遠くの席でポツンと一人ボッチで座っている地味な女の子と目が合う。
何故か彼女だけは女子特有の嫌悪感がない。
でも、話すほどの間柄じゃない。
彼女は自分を隠している。
殻に閉じ籠って自分を守っている。
……自分と似ている。
少しだけ親近感が湧く。
そんな事を考えていると友達が話しかけてきた。
友達……というか知り合いに近い存在、もしくは学校のライバルに当たるのかな?
僕の成績は中の中。
人畜無害な存在と認識されている。
「おっす! 今日も地味な男だな!」
「おはよー」
「宿題やった? ていうか今日小テストあるよ?」
僕は当たり障り無い返答をする。
「おはよう。宿題はどうにか終わらせたよ。あ、今日小テストあったんだ! 今から勉強しようかな」
僕が適当にクラスメイトと喋っていると、クラスの女王様が登校してきた。
神埼直美だ。
くるくるに巻いてある髪が今日も威圧的だ。
その大人びた美貌からクラスの女王様的な存在として君臨している。
もちろん僕は関わらないようにしている。
クラスメイトのみんなと挨拶している神埼が僕の方へ歩いてきた。
「……新堂。おはよう」
僕は頭をフル回転させて挨拶をすることにした。
面倒な事態は起こすな。好感度を上げずに下げずにやり過ごすんだ。
必死に考えた末の僕の言葉は一言だけだった。
「おはよう」
神埼さんは不満げな顔をしている。
……何が駄目だったんだ?
神埼さんが続けて口を開いた。
「新堂、先週末どこにいた? ていうか私の事を助けてくれたのは新堂?」
……先週末、ナンパ男に絡まれていた神埼を助けたのは僕だ。
でも帽子を深くかぶって、バンダナで顔を隠していた。
ばれるはずが無い。
「うん? 先週末? 知らないよ?」
「…………」
僕はとぼけた。
神埼さんは僕を食い入るように見つめたけど、やがて諦めて自分の席へ帰っていった。
……ふぅ。心の中でため息を吐く。
僕は絶対フラグなんて立てないからね。
そのまま朝のHRが始まった。
昼の時間になるとみんな友達と一緒にお弁当を食べたり、学食へ向かう。
僕はいつも通り学校を抜け出して、近所の駐車場で時間を潰しながらパンをかじる。
ここが一番落ち着く。
僕がパンを食べていると後ろから声をかけられた。
「おい、新堂! またお前はこんなところでパンを食べて! 校則違反だぞ!」
後ろを振り向くと、そこには三枝先生が立っていた。
クラスの担任の三枝先生は適当な女性であった。
生徒が昼休み学校を抜け出しても大目に見てくれる。
「あ、すみません。すぐ戻ります……」
僕は食べ終わったパンの袋を丸めてポケットに突っ込んで、歩き出そうとした。
「おい、ちょっとまて。……新堂、お前はなんで本気を出さない?」
「……いえいえ、僕は自分なりに精一杯学校生活を送ってますよ?」
三枝先生が白い目で僕を見る。
「……はぁ、どうしてそうやって自分を下に置く? お前はやればできる子だろ?」
「先生。やればできる子っていうのは、今現在はできない子っていうことですよ」
「……可愛げがない生徒め。学生なら学生らしく部活したり、恋をしたりするもんだろ」
「うーん、僕には難しいですね。あ、家に帰って本を読むのが一番楽しいですね」
「お前は……お前の事を慕っているやつは多いんだぞ? 何故それを無碍にする? 可哀想と思わないのか?」
「え? 僕を慕っている人なんていませんよ。僕は中くらいの人生を楽しんでいるただの地味男ですから」
「大体、お前は……」
先生の説教が長くなりそうだから僕は適当な言い訳を言ってその場を去ることにした。
「あ、僕、日直なんで教室に戻りますね」
「こら、待て……」
僕は三枝先生の言葉を無視して教室へ戻ることにした。
先生は優しい人だろう。
でもその優しさはいらない。
だって、優しさは人を弱くしてしまう。
人間的な強度が下がってしまう。
僕は強く生きるんだ。一人でも大丈夫なんだ。
その後も僕は淡々と学校生活を過ごした。
「あっ! せんぱーい! 無視しないで下さいよ! ミチルですよ! 可愛いミチルがやってまいりました!」
下校中によくわからない後輩に絡まれる。
なんでこの子と話す様になったか覚えていない。
なんだっけ?
僕は思考の波に襲われた。
「せんぱーい! 目が遠いですよ!? 木に登って降りれなくなったにゃんこを一緒に助けたミチルですよ!」
ああ、そんな事もあったね。にゃんこが無事で良かった。
あのにゃんこは可愛かったな……
「そう、じゃあね」
「ちょっと冷たい! 待って下さい! 今日という今日はお礼をさせてもらいますよ!」
「あ、そう。ありがと。言葉のお礼受け取ったよ? じゃあね」
「せんぱーい! 早! あ、みんなちょっと待っててね!」
名も知らぬ後輩が友達と会話を交わす。
「ミチル頑張って!」
「今日こそお話するんだよ!」
「ミチル……あんな地味な人がいいんだ」
……女子の集団は苦手だ。
僕はミチルって言う子に告げた。
「……友達を待たせたら悪いよ。そこから亀裂が入り、修復不可能な関係に陥るかも知れない。だから僕は先に行くよ」
僕はダッシュした。
「せんぱーーーーい!!!」
後ろを振り向くとミチルは諦めて友達とワイワイ話しているのが見えた。
うん、これでいい。
僕は面倒な人間関係はいらない。
貸し借りのある関係はいらない。
後ろをチラチラ確認しながら帰っていたら、僕は誰かとぶつかってしまった。
「きゃ!」
僕の不注意で女の子とぶつかる。
……怪我をさせたら絶対面倒な事になる!!
僕は素早く女の子を支えて、地面とぶつからないように支えてあげた。
幸い女の子は僕の腕の中で怪我もなく無事のようだ。
……良かった。でも、この状況もまずい。
僕はすぐさま女の子を安全に立たせて、会釈して通り過ぎようとした。
「失礼しました」
女の子は僕の腕をガシっと掴んだ。
「……新堂? わ、私だよ! 京子よ、京子!」
「あ、京子……さん」
「ねえ、さん付けなんて他人行儀はやめてよ! 幼馴染でしょ? ねえねえ新堂ってランク学園に通ってるのよね! あの日本最高峰のランク学園! すごいね! あ、かっこよくなったね!」
「……失礼します」
僕は無視して通り過ぎようとした。
「ねえ、なんで中3の時から私に話しかけなくなっちゃたの? 呼び出しも全然思っていたのと違う用件だったし……わたしドキドキして待っていたのに……」
あの時は、流石に呼び出してキャンセルするのは失礼だと思って、一応会うことにした。
そして、僕の鞄に入っていたゲーム機をあげた。
僕の中のけじめだった。
もうゲームは二度とやらないと決めた。
二度と京子と仲良くしないと決めた。
「はぁ……僕、帰って大事な犬の散歩するから時間無いんだ。じゃあね」
「ちょっと待ってよ! なんで? 私何かしたの!? 私すごく寂しかったんだから! 新堂と喋れなくなって……近くに住んでるのに遠い存在だよ……」
「そう」
「え!?」
僕は無言で歩き始めた。
こんな言葉はまやかしだ。
陰で何を言われているかわからない。
僕が信じられるのは……うちのわんこだけだ。
さあ、帰って大事なわんこの世話をしよう!
僕は騒音を無視して歩き始めた。
肩の力抜いて書きました。
ゆるく読んでください。