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第85話 私の名前は、エイプリルです。

「…背中に隠してあるもの、とは?」


私の言葉も口の中に溢れ出る唾液によって、詰まりがち。

心臓もばくばくと跳ね上がりで、口からでそう…。


「お前が何か切り札にしようとしているものだ。

そんなこともわからないと思っているのか?」


レイモンド様はニヤリと笑う。


だけど私もこんなところで負けてなるものか。

一か八かだが、とにかくこの切り札を無効にされてでも使える方法を…!


「…これが何かご存知ないのですか?」


ジリジリと相手の情報を引き出す。

向こうもバカじゃないだろうが、こっちだって…!


レイモンド様は私の顔色を読み、再びニヤリと口を歪ませた。


「それが何かは知らん。

どうせ大した切り札ではないだろうが、念のため潰しておかなければ。」


…念のため。


そうか執務室に忍び込んだことはまだバレていない。

ということは、これの存在は知らないという事…。

ならば、『無効』を『無効』にすればいい話!


私はレイモンド様にニヤリと微笑んだ。

そして、タイラー様に向かって頷く。


どうか事を起こすので護衛騎士の運用を…!

必死に縋るように何度も頷いた。


「無効かどうかは、レイモンド様ではなく後ろの貴族様方に決めていただきませんか?」


私はおもむろに隠し持っていた書類の束をみんなに見せた。


私は微笑みを崩さず話を続けた。

紙に書かれた貴族の名前を読み上げる。


その度ガヤの動揺が大きくなっていった。


「おいやめろ!!」


半分も読み上げないところでレイモンド様が私に向かって叫んだ。


「…それを、どこで?」


ひどく恐ろしい顔で私を見つめた。

一瞬ぞくりと背中が冷えたが、ここで一歩も下がるわけにはいかないんだ。


頑張って踏みとどまった。


「とまあ、読み上げられた方々はこの書類が何かわかりますよね?」


そう言いつつ書類を大事に胸に抱える。

レイモンド様は私との距離を図っているようだが、他の誰も私に『返せ!』と飛びかかったりしない。


だって取りにきたところで誰もさわれません。

当たり前っちゃ、当たり前。


指焦げちゃうもんね?


おかげで私は書類を死守でき、喋ることができるってもんだ。


一枚の紙を取り出す。

本物かどうか疑う貴族の代表として、一番偉そうなのを選ぶ。


そう、アルド様のパパ。

アルド様のでっかくなったバージョンで、単純な脳みそはきっとパパ譲り。


私は息を吸うと大きな声で言った。


「ローラント様、こちらの書類は何かご存知でしょうか?」


テーブル挟んでちょっと遠目ですが、アルドパパはフルフルと体を震わせた。


「…それは!…なぜお前は触れるのだ?」


「それはオイオイ説明を…。

ご存知ですよね?これ。」


大きな体を揺らしながら、仕切りに額の汗を拭く。

レイモンド様が動こうとすると、護衛騎士が『まあまあ』と宥めるふりして壁になってくれた。


「まさか、本物な訳が…」


「いえ本物です。」


「なぜ言い切れる!」


「それは私がスタインバークのお家から気がついたら持っていたので。」


『気がついたら持っていた』なんてあまりの無理矢理感に思わずスッと目をそらしたが。

直ぐに真っ直ぐにアルドパパを見つめた。


「では、これが何かを理解できますよね?

…多分他の皆様も。」


頷きはないが、明らかに流れが変わった。

貴族たちは顔を見合わせ、『契約』の事にあなたもですか?みたいな顔をし出した。


集団心理。

自分だけが抱えた秘密だと思っている分には守秘性高くなるが、みんなも一緒ならば多少の悪いことも怖くないのだ。

人間なんていつでもそういうものなんだ。


だからこそ名前を読み上げる。


「キアラ、貴様ーーー!!!」


レイモンド様の顔がひどく怒りで歪んだ。


私に飛びかかろうとした時、ふとラルフ様とヴィヴィアン様がレイモンド様の腕を二人で引いた。

それから護衛騎士が羽交い締めする形で動きを封じたが、私は二人に微笑み、大きく頷いた。


それに答えるように二人も頷き返してくれる。

味方が増えた。

そんな気持ちに胸が熱くなる。


「ローラント様、こちらをご覧ください!!」


私の声に一枚の紙に注目が集まった。

そして、私はそれを…縦に引きちぎった。


青白く光っていた紙は、破かれ光を失った。


私はその紙をアルドパパの前のテーブルに置いて、微笑んだ。


「もう大丈夫です、『契約』は『無効』となりました。

さぁ、仰って?今と変わらずレッドメイル王に忠誠を誓いますと。」


私の微笑みにビビり倒すアルドパパ。

怖々破かれた書類に指先を『チョン』と触れる。


何もないことを確認し、書類を慌てて取り、端から端まで確認した。

ついでに後ろのおじさんたちも覗き込む。


いいのか!トップバッターだったから契約内容見られているがいいのか。


紙切れを読み終えてホッと息を吐き私を見た。


「…これは、本物だ…」


アルドパパが私を見つめ、頷いた。


ローラントはレッドメイルと仲がいい。

だからこそ廃爵しないよう、ディゴリーの財力が必要だった。

古き友人を助けるため、うちに打診したのはレッドメイル王。


横の繋がりある貴族ならそれがわかるはず。


一番効き目がある言葉はこの人の言葉。


「ローラント家は、今と昔と変わらず…友人だ…レッドメイル王よ…!!

変わらぬ忠誠をここに誓う…!!」


力強く、そして意思を込めてアルドパパは王様を見た。


「…さあどうしましょう。

多数決の前にコレを無効になさいますか?」


私は護衛騎士の腕を今にも引きちぎりそうなレイモンド様と向かい合った。


「無効に決まってる!

お前はそれを私から盗んだのだからな!!!」


「盗んでません!!つい、持ってきてしまったんです!」


「それを盗むというんだ!!!」


レイモンド様が叫んだ。

一瞬『シーン』となったがすぐに他の貴族が騒ぎ出す。


「頼むそれを破いてくれ!無効なんてとんでもない!」


「ワシのも頼む!」


「いやワシのも!」


テーブルを押す勢いでおじさん達が詰め寄ってきた。

怖いので名前を読み上げ、破く作業に早々に入った。


適当に持ってきたので、名前がない人はとてもがっかりと肩を落としたが、『後でまたとってきます』という私の言葉に目を輝かせ感謝するのだった。


一通り『契約』を破かれると、元どおりレッドメイルの存続を願う人が大半を占める。

まだ『契約』で縛られた貴族も反する言葉を言えない為、レッドメイル派の肩を掴み意思表示をした。


「…おのれ…キアラ…!」


髪を振り乱し、私を睨みつけたままのレイモンド様。

両側にラルフ様とヴィヴィアン様に腕を引かれ、後ろから護衛騎士に抑えられ、動けないが…。


必死で私に手を伸ばそうとした。


私はそっとその手を取った。

そして。


「レイモンド様、私はエイプリルです。」


「…は?」


「私の名前はエイプリルです。私の母と、父がつけてくださいました。

私は4月生まれなので、エイプリルとつけてくれたんだそうです。

…すごく簡単につけられたと思っておりましたが、父はこの名前をつけるのに母と14日も悩んだそうです。」


そして、微笑む。


「私はコレでも愛されていたのだと思います。

大事にされて生きてきました。

私をここに呼び寄せてくださって、ありがとうございます!」


今思う事をレイモンド様に伝える。


やな事は楽しい事で補えばいい。

生きていたって辛いばかりじゃないから。


私は今が幸せなんだと気がついた。


私の言葉と満面の微笑みに呆気にとられたのか、勝ち誇っていたレイモンド様から言葉が消えた。


書類で縛っていただけの関係。

その切り札がなくなれば、もうレイモンド様を王へと押し上げる人もいない。


しかもこの件を目の当たりにしたスタインバーク派も、レッドメイルに従うしか道はなく。


それを悟ってか疲れたように俯き、静かに護衛騎士と部屋を出て行った。

ラルフ様とヴィヴィアン様に目も合わせずに。


二人はその様子を、寄り添い見つめていたのだった。

とても悲しそうに。


エドエドとオーガストが二人にそっと寄り添うように側に立った。

そして二人に微笑んだ。

ヴィヴィアンの横にはレオンが立った。


私はそれを遠くからホッとしながら見つめていた。

…コレで、終わったんだよね…。


きっとコレで。


小さく呟いて息を吐いた。






いつもありがとうございます!


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