第83話 ピンチが向こうからやって来た。
そこから人払いをしてもらい、大事な話は身内のみに。
お手々の焦げた騎士も他の護衛やメイドも、扉の外へと出て行った。
私は自分の出生の秘密から全て打ち明ける。
先ほどレイモンド様と交わした言葉も全て…。
みんなは黙って私の言葉に耳を傾ける。
気がつくとお父様とサミュエルの両親もいた。
それでも話を続け、全て話きった。
「…召喚の儀…」
タイラー様が『キュッ』と喉を鳴らし、目を見開いたまま言葉を失う。
「元々王族だったスタインバークのみに継承されるものと聞いてます。
それが本なのか口頭で伝えられるものなのかはよく分かりませんが…。」
「…それは、世界がピンチの時に…?」
私は頷く。
「ピンチの時に『救世主と呼ばれる勇者』を召喚するものらしいです」
「…そんな都合の良い…別世界に突然呼ばれた方はたまったもんじゃないな…」
思わずまともな反応のタイラー様に笑ってしまいそうになったが、堪えた。
中々いい奴じゃないの。
ちょっとだけ見直す。
「『異世界転生』なので、多分向こうの世界でなんらか形で亡くなったかそんな感じの…魂を召喚されるので…その辺は私も後々すんなり受け入れられました。」
「…ならば少しは救いか…」
タイラー様は難しそうな顔をして、顎に手を添えた。
「ハートテイルも転生人なのか?」
「あー…それは。あんまり仲良くしてもらえないので、一切彼女の情報は分からないのですが、パウエル様が浮気したと言うことはないと勝手に確信してます。」
「それは証拠があってではなく?」
「レイモンド様とローウェン様の話だけで推測ですが、パウエル様は多分どんな形であれ母を『愛して』いたんだと思います。それを考えると、ハートテイル夫人と浮気して子供ができたとは、考えにくいかなと…。」
「…そう思いたいだけとかではなく、か?」
あまりのしつこさに、思わず『フフ』っと笑ってしまったが、静かに頷いた。
レイモンド様が常に唆していたのであれば、パウエル様は一心に母に執着していたはず。
たまたま同じ時期に妊娠をしていたハートテイル夫人に、目をつけただけだったのかもしれない。
なのでミティア様もある意味私と同じ被害者なのだ。
彼女は私と違い何故あそこまでの野心があるのかは分からないが、彼女もスタインバークに振り回されたせいなのかもしれない。
私の言葉を考え込んでいたタイラー様が納得した様に頷いた。
「…ピンチでもない世界に呼び出しても能力が付与しないのか…?」
ブツブツと独り言をつぶやくタイラー様。
思い切って私も質問をぶつける。
「あの、それについて私も聞きたいことがあるのですが…」
「…なんだ、言ってみろ」
タイラー様は私の話を何かに書き留め始めた。
きっと王様に報告するためなのかもしれない。
「あの、唐突なんですが…。
タイラー様、魅了が使えましたよね?」
「…ん、まぁ…そうだな。
それがどうした?」
「多分その事を家族の誰かに相談しましたか?
あと、家族の誰が使えるとか…」
「…うっすらとレオンが気づいているぐらいだ。
うちの母上の遺伝だと、お前は言ったな?」
「…はい。
それを踏まえて、王妃はもしかして転生者なのでは?」
タイラー様のペンを持つ手が止まる。
そして私の方を見る。
緊張感のある空気の中、タイラー様はため息をついた。
「…ないな。」
「…え!?」
「レオンから何を聞いているか知らんが、うちの母親はすごくボケた人だ。
そもそも自分が魅了を使っていると言う自覚もないかもしれん。」
思わず肩からズルリと落ちる。
「…いやいやいやいや!!
レオンの話を聞いてたら、子供頃レオンが拒否する時魅了を使って言う事を聞かせたり、『母親の様になりたくなければ』なんて脅したりとか言う記憶があるそうですが…!?」
無自覚でそんなことやる悪魔はいないだろうよ!っていうツッコミが。
しばらく腕組みをして考え込むタイラー様。
「…それレオンが言ってたのか?」
「そうです、少し怯えた様に…ていうかトラウマっぽく?」
『うーん』と考え込んだ。
そして。
「…レオンは何か思い違いをしていないか?」
「…へ?そんな、トラウマになるほどの思い違いをしますかね?」
「だが何度思い返しても、あのポヤンとした母上がレオンを魅了したり、そんな脅しめいた事を言うとは思えない…。」
おやぁ…?
これは本人がいない所で話すべき内容ではなかった様だ。
もしかすると王妃はそんな事をレオンに言っていない?
だとしたらレオンはずっと勘違いをして蟠りを持ち続けていたと言う事?
「…そもそも王妃は魅了を使えるんですよね?」
二人でウンウン唸りながら、レオンがいない所でレオンの話。
今頃くしゃみ連発で、折れた骨折に響いてないか心配だけど…。
「…使えるのかなぁ…?意識して考えた事ないんだよな…。
というかキーオも使えるということか?」
「いや知らなかったんかーい!!」
思わずタメ口で突っ込んでしまう。
それも構わずタイラー様が考え込んで唸っていた。
この際こそっと呼び捨てしてやろうかとも思ったが、バレて死にたくないのでやめました。
「キーオ様も無自覚で微々たる感じでしたが、使用可能です。」
「…そうだったのか。」
「というか、タイラー様はレオンしか見てなかったのでは…っていう気もしてきました!」
「…キーオはどうも俺と強い血縁だと思うとどうもなぁ。
しかもあざとい。
あれは自分が可愛いと知っててやってる。
それに比べてレオンは素直。
家族に遠慮がちにしてる態度とかを見ると、可哀想がりたくなる。
そんなのどっちを可愛がるかなんて決まっている。」
ものすごいドヤ顔で続けた。
鼻でも伸びるんじゃないかと思うほどのドヤ顔。
すばらしいぐらいのドヤ顔。
『ああ、そうですか…』
ひきつる笑顔で適当に返事をした。
しかも可哀想がりたくなるとか…ぞくぞくしちゃってたらもう変態の域である。
「うーん、その辺りはレオンがいるときに照らし合わせたほうがいいかと思いますねえ…。」
「まー、そうだな。」
タイラー様が再びペンを取り出し書き始めたが、ふと頬杖をついてまた止まる。
「…なぁ。転生者の特徴は魅了なのか?」
「…何もピンチじゃない世界に呼ばれた救世主なので…。
色々考えましたけどね、なんで魅了なのかって。
多分ですけど、『人に愛される事で、何も力を持たない事を隠せ』って事なのかなって。」
私の勝手な解釈です。
持論を展開中です。
「昨日エドエドに抱えられ逃げてるときにふと、レオモンド様が言ってた事を復唱してたんですよ。」
「…人が必死なときに一体何をしてたんですか…」
思わずエドエドのツッコミが入り、『えへへ』と笑ってごまかしましたが。
「その時思ったんですよね、なんで魅了しか使えないのかなって。
どう考えても魅了なんていらないんですけど、これがデフォルトでつく理由ってなんだろうって。」
私は考え込む様にコメカミに手を当てる。
「ピンチに呼ばれた勇者は救世主として必要な力がつく。これを軸とすると。
ピンチじゃないときに呼ばれた救世主は力を持って生まれないはず。
でも魅了だけが使えるということは…。」
みんなが注目する中、人差し指をピンと立たせ、私は言った。
「魅了してでも自分の役立たずを隠せ!」
みんなは目を見開いた。
そして。
まあ、わかってたけどさ…。
シーンと静まり返った部屋で、一斉に大爆笑です。
ええ…覚悟はしてました。
でも…。
「そんなに笑うことはないでしょ!!」
「お前なぁ…!」
タイラー様が目尻にたまった涙を指で拭う。
「リルそれは流石に、自虐しすぎだろ!」
サミュエルも横っ腹を抑えて泣いている。
「リル、だいじょうぶだよ!僕はいいとこいっぱい知ってる!」
オーガストの優しさを身に染み込ませながら。
「さすが、といっていいのやら…」
いい加減笑い疲れて苦笑いのエドエドに。
「お、お父さんはエイプリルが大好きだからな!」
お父様の愛情も。
「エイプリルちゃんは、相変わらずねぇ!」
「そうだなー母さん。」
サミュエルの優しい両親。
…無言で笑い、笑い死にしそうな私の護衛。
一斉に笑い出したことによって驚いて駆け込んできた護衛たちのポカーンとした顔をも。
全部全部まとめて、肩をすくめた。
ここ最近の激しさに疲労感半端ないけど、みんなの笑い声に元気がでる。
私は自分の発言にみんなが笑ってくれることが好きなんだ。
これが私の平和。
大事な友達に、家族。
ホッコリとする。
しかし持論を展開したとこで、まだまだ謎が解決されていない…。
王妃、王妃なぁ…。
みんなが笑い転げてそろそろ動けなくなるぐらいに、廊下から慌ただしく足音が聞こえる。
みんなが注目する中、扉がバンと開いた。
「…タイラー様、すぐお戻りください!!
反乱が起きています。
レッドメイル派の貴族も寝返って…」
「…来たか。
意外に早かったな…。」
タイラー様は冷静だった。
そして私を見る。
「おい、バカ女。
お前の勇者としての仕事をやろう。
一緒について来い…この書類を持って。」
「…ってこれ誰も持てないからじゃ…!!」
「…てなんでお前これ持てるんだろうなぁ?」
「…多分私はこの世界のものじゃないからです…。
古い契約とかなら尚のこと、この世界の人にしか効かないんだと思いますよ…。」
私のため息交じりの言葉に、タイラー様がまた笑う。
「…便利な救世主だなぁ?」
「…あーうるさい!早く行きますよ!
ピンチがきてますよ!!」
そして笑い転げるタイラー様を引きずって、みんなでまた笑ったのだった。
いつもありがとうございます。




