第81話 再びやって来たピンチ☆
その手を取って、やっぱり後悔した。
鉱山での出来事の方が、まだ愛があった。
あった気がする。
一瞬投げられて文句を言ったけど。
あれは投げられて正解だったんだなと、今気がついた。
「…顎がー顎が痛いー」
「普通飛び降りる時って、歯をくいしばるものですよ?」
「…知るわけないじゃないか!普通は飛び降りないもん!!」
エドエドは私を抱えたまま2階から飛び降り、慣れ親しんだセキュリティを簡単に潜り、あっという間にスタインバークの屋敷を抜け、林道を走っている。
「とりあえず、おろして!抱えたままだとあなたが疲れてしまう…!」
「…スピードを考えると下ろすより、このまま第2の屋敷まで走った方が早いんです。
僕があとグロッキーで死のうが、この命あなたに捧げましたから」
「あーもう黙って。
その話認めてないから!死ぬ必要もないし!」
「…顎が痛いなら主人も黙った方がよろしいかと!」
「ああああ、頭までガコンガコンするー!!」
私を肩に担ぎ、走り続けるエドエド。
うっすらと汗も滲み、きっと無理をしているんだろうなと言うのはすぐにわかる。
外に逃げたのだってすぐバレる。
エドエドがいないことだって。
だが契約は破かれた。
私によって。
もうスタインバークが彼らを縛ることはできないはず。
「じゃなきゃ、あそこから出れないだろうし。」
「…何かおっしゃいましたか?」
「なんでもない!エドエドこっちの脇道に入って。
こっちを左に進んだ方が早い。」
「…わかりました。
ちゃんと捕まっててくださいね。」
私を抱える手に力がこもる。
体力、そろそろ限界そう…。
「ちょっと休憩しよう?」
「それはできません。
多分もうそこに追っ手がいます。」
「あひょぇ!?」
思わず顔を上げるが、暗い林は何も見えない。
木が揺れる音も私たちの音しか聞こえない。
本当に追っ手が迫っているのだろうか?
「何も聞こえないけ…」
『ど』を言う前に目の前を何かがすごい速さで通過する。
それが近くの木にぶっ刺さる。
「ちょっと凶器投げたら怪我するでしょおおお!!」
思わず叫んだが、返事は返ってくるはずもなく。
ヒョイとエドエドが避けてくれなかったら。
「…ねえ、私の鼻ってついてる?」
無言でニッコリ微笑むエドエドの額に汗がいっぱいなのを気がついた。
もう私に話す余裕もないのだ。
向こうも必死なのだろう。
私を連れて逃げるエドエドを容赦なく凶器が投げられた。
「…あなたも消す気なのかもしれませんね…」
足を取られ、ふらつくエドエド。
それでも私を降ろさず、凶器を避けつつ走り続ける。
速度は全く落ちないが、体力の減り方が異様にわかる。
体は汗で冷たくなり、かいた汗も冷たくなって来た。
「もうすぐうちの領地よ。
そこまで入れば、もうすぐうちに着く…頑張って、エドエド…」
私の言葉にエドエドは口元だけ笑ったように見せた。
もう限界なんだ…。
どうしよう…。
今おろせとも言えないし…。
せめて動かない様に、肩に負担がかからない様に。
自分の体がエドエドの負担にならない様に気を使うだけ。
お願いもう少し。
もう少しで家なんだ…。
ランダムに投げられていた凶器が私のスカートを掠った。
あっと思った瞬間、グラリとエドエドが私ごと重心が前にずれた。
そのまま前側に倒れる。
二人で木の隙間を転がっていく。
「エドエド…!!」
私はすぐに起き上がって、エドエドの方へ走り寄ろうとした。
だが。
エドエドは既に3人の黒装束に囲まれていた。
絶体絶命。
エドエドの足からかなりの出血が流れていることが、暗がりでもわかる。
それを黒装束の一人が踏みつけた。
「やめて!!」
私は叫んで走りよった。
私の体でエドエドをかばう様に手を広げて壁を作る。
「…レイモンド様がお待ちです。お嬢様、帰りましょう。」
黒装束の一人が言う。
「嘘だ!私まで殺す気だったでしょ!?」
「…そんなことはありません」
「そんなことなかった人が私ごと凶器投げるわけがない!」
「…私たちは狙いが定まれば、外しませんので…」
言葉に詰まった。
適切な言葉が見つからない。
しいて言うなら『あっそう』である…。
なんなのその自信。
どっからくるんだ!
あーいかんいかん。
そんなことしてる場合ではない。
私はエドエドの流れる血液を手で押さえる。
苦痛に顔を歪めたが、もうあまり反応がない。
まずい…!
このままでは体力の落ちたエドエドは…。
「お嬢様、レイモンド様が…」
「うるさい!あそこは私のうちではない!!」
ヒステリックに声を荒げた。
黒装束はまるでロボットの様にまた同じ言葉を繰り返す。
「お嬢様…」
「もう黙って!!!」
「…そう言うわけにはいきません。」
後ろに控えていた一人が声を発した。
「それを処分し、あなたを連れて帰ると言うのが我々の仕事。
どうか、わがままを言われない様に。」
そう言うと私の手を取ろうとした。
「離し…!」
手首を掴まれたその時。
見慣れたオレンジの髪を後ろに緩くまとめたサミュエルの姿があった。
「…手を離してもらっていいかな?」
しゃがんだ姿勢で両頬に手を置いて微笑んだ。
さすがの突然の部外者に戸惑った。
「俺ね、この領地の息子。
セヴァニー商会、知ってる?
あそこのね、息子。」
ニコニコと人懐っこい笑顔で黒装束に微笑みかけている。
戸惑うばかりの黒装束に、サミュエルはゆっくりと私の手首を掴んでいる手を外すと、立ち上がった。
「…覚悟はできてんだよなぁ?人の領地に無断で入り、幼馴染に手をかけようとしたんだから…。」
立ち上がり、ゆっくりと黒装束達を見つめた。
瞳から微笑みは消え、口元だけ残して。
「うちはさ、老舗だから。
それなりの情報網やセキュリティはこの世界一なんじゃないかなって、自負してるんだけど。
…それ知ってた?」
サミュエルが一歩前に出ると、黒装束たちは一歩下がる。
「この領地に入って5分。もうお前ら包囲されてんだけど、知ってた?」
サミュエルが指をパチンと鳴らすと。
どこからか一斉に人影が立ち上がる。
それも一人二人ではなく、ざっと見ても100人以上はいそうな密集度で立っていた。
「…指パッチン…ここでも使えるのか…」
止血しながらボソリと呟いたが、サミュエルに睨まれ黙った。
…あとで試せないな、これは…。
何人かが駆け寄って来て、エドエドの手当を代わってくれた。
ホッと息を吐くと、腰が抜けて立てないことに気がついた。
ああ、私は無事だ。
エドエドも、多分。
「サミュエルぅ…」
涙が溢れてくる。
「今泣いても鼻、拭いてあげられないからね。」
そう言うと少しだけ笑った。
サミュエルの気迫と、後ろの人数にビビった黒装束達は。
あっという間に居なくなった。
忍者みたいに、シュッって。
「おかえり、リル。」
そう言うと腰の抜けた私に手を差し伸べる。
「手、汚れてるから…」
差し伸べられた手を躊躇っていると。
『しょうがないなぁ…』と小さく呟いて、私を抱きかかえた。
もう抵抗も何もないので、ただサミュエルに身を任せた。
「…ありがとう、助けてくれて…。」
「ううん、遅くなっちゃってごめんね。
ほんとは怪我させる前に出ようと思ったんだけど、微妙に領地に入ってなくて手を出せなくて…」
『微妙に』に少し笑ってしまう。
「オーガストもおじさんも、もうすぐこっちに着くだろうって。
レオン様は無事に目を覚ましたらしい。
リルの手当が早かったからじゃないかって噂。
あとは…何知りたい?」
「…今んとこ十分だわ…」
サミュエルは『そう?』と言って笑った。
「ディゴリーの屋敷はテイルちゃんがいるから、リルはうちに隠れてようね?」
「…ありがとう、サム…」
「あーその呼び方久々!」
サミュエルは嬉しそうに、子供の様に喜んだ。
こんなに喜ぶなら、もっと早めに呼んであげればよかった。
かなりホッとしたのか、体が言うことを聞かない。
サミュエルに抱えられながら、私は静かに目を閉じた。
いつもありがとうございます。




