第80話 合言葉は『選択肢は一つ』
「…敵です、あなたの。
なので今からラルフ様のところまであなたを連れて行きます。
どうか、暴れずついて来てくださいね。
…怪我、させたくないので。」
エドエドは辛そうに笑った。
私はその顔を見て、ギュッと手のひらに力を入れた。
「…わかった。」
「観念してくれたんですか?」
「観念しない。
あなたは絶対私を助けてくれる。」
「…ハァ、その自信はどこから来るのでしょうか?
全く、相変わらずおめでたい人だ…」
エドエドはそういうと、静かに手のひらを私に差し出した。
私はそれに身をまかせる様に手のひらを重ねる。
エドエドに案内されるまま、暗い部屋の奥に連れて行かれる。
彼が部屋の奥の本棚をいじると、小さく重い音が響くと小さな入り口ができた。
「…さ、ついてきてください。」
そういうと、その小さな入り口へと歩いて行った。
私は手を引かれるまま、そこに入った。
バタバタと足音が聞こえる中、真っ暗な道をすすむ。
明かりもないので、今どこを歩いているのかさっぱり。
時折足を止め、様子を伺うそぶりを見せるエドエド。
目が慣れてきた頃、彼の背中がとても悲しそうに見えた。
「私、あなたを助けるって言った。
あなたとオーガストを。」
小声でエドエドにむかって呟いた。
「…どうやってですか?
契約に縛られてここから離れられない僕らを、どうやって?」
「私に考えがあるんだけど、大事な書類とかってどこに集まる?
お金じゃない書類の金庫とか、どこの部屋?」
「…何をする気ですか?」
小声のエドエドの声が不安げに聞こえる。
「ともかくそこに案内して…。」
私の強い意志のこもった言葉にエドエドは躊躇したが、小さく溜息を吐くと、もときた道を戻り出した。
「…執務室へ行きます。そこはレイモンド様が仕事をするのに使う部屋で、大事な書類などを保管していると思いますが…。」
半信半疑。
まさにぴったりな言葉。
いったいこの人何をしでかす気だ。
絶対思ってる。
しばらく歩くと、うっすらと明かりが漏れているところを通り過ぎる。
誰かの話し声がしたので一旦止まって様子を見る。
明かりが薄らぐと、また歩き出した。
ふとエドエドが立ち止まった。
なにかの印が足元にうっすら見える。
だいぶ暗闇で目が慣れてきた。
「…ここの奥が執務室になります。
…ちょっと待っててくださいね…」
そういうとエドエドが印のついた壁を押す。
すると壁が少し動き、人が通れるスペースができる。
エドエドが私に頷くと、手招きをした。
隙間を抜けると、真っ暗な書斎が見える。
スッキリと片付いた机の上に、左右にある大きな金庫。
そして山積みの整えられた書類。
「…それでここで何をする気ですか?」
エドエドが小声で私に言った。
「君たちの契約の書類を探すんだよ。」
「は?…探してどうするんですか?」
「探して破く。」
「だから破けないんですよ!契約に縛られているんです。
僕がその紙を触ることも、破くこともできない契約に…」
エドエドはそこまで言ってハッとして私を見る。
「うん、だから私なら破けるでしょ?」
口元だけでニッと笑ってみせる。
眉が寄ってることはきっと暗いから見えないと信じて。
「…そうか…。エイプリルさんなら…」
さっきの動きとは打って変わり、書類を必死に探し始めるエドエド。
それを見て私も探し始める。
図書類の特徴を聞くと、エドエドが触ると呪いの効果で青白く光るそうだ。
ならどんどん触ってもらわなきゃ。
「…金庫は流石に開けれないよね?」
「…やってみます。」
「…え、できるの?」
「…昔、ちょっと。」
多くを語らないけど、イオさんかオーガストからなんか聞いた様な…。
そんな気がしながら私は金庫以外を探す。
書類の山からはそれっぽいのは見つからなかった。
次に魔法書類がありそうな棚だとか引き出しを漁る。
引き出しも一個鍵がかかっていたので、金庫開けた後にエドエドに開けてもらおう。
ガサガサと探し回ったが、めぼしい場所にはなさそうだった。
書類をバレないように整えていると、金庫が開いた知らせがくる。
中を開けると、青白く、そして緑色の靄に包まれている書類の束が出てくる。
「…これは?」
エドエドの方を見ると、真剣な顔で見つめていた。
「…ここには僕たちのはなさそうです。」
「…僕たち?」
「ああ…貴族の名前がいくつか…。
僕らみたいに何かレイモンド様に弱みでも握られているのかな?
これもこれも、貴族の名前が…」
「貸して!!」
エドエドが言い終わらないうちにそれを引き取った。
そこには王族の会議に出席するクラスの貴族の名前が書かれた書類だった。
もしや、これで脅されているのか…?
金庫の中を漁り、知ってる貴族の名前が書かれた書類数枚を、エドエドにバレないように、コルセットの中にギュウギュウと押し込んだ。
書類を揃え、金庫を何事もなかったように閉める。
ダイアルもグルグルっと回しておいて。
今度は机の引き出しの鍵が空いたようだ。
私が引き出しを漁る間に2つ目の金庫の鍵を探るエドエド。
無言でオーガストとエドエドの名前が書かれた書類を探す。
しかも丁寧に一枚づつ。
几帳面そうだから、折り目とかついてたらバレたらイヤだからね…。
さっき鍵を開けた時にエドエドが触れた紙が反応しているうちに。
見れば見るほど貴族の名前が出てくる。
適当に抜粋してまたコルセットに詰める。
今ここで破くのは簡単なんだ。
でも目の前で破らないと恩が着せられない。
これで言うこと聞かせられる程の書類だ。
きっとこれを破くと言うと、なんでも言うこと聞いてくれそうだし。
うひうひ笑いながら書類を服に詰める私に、エドエドの手が止まる。
「…なんかさっきからゲスい顔になってますけど…」
「…暗闇でそこまで見えるなんてあり得ない!」
反論しながらだったけど、心配で自分の頬をグニグニとマッサージ。
気を取り直して次の束の書類に手をかける。
3つ目の束に手をかけた時、ふと手が止まる。
「…あった。」
私の言葉に金庫を開ける手を止めこっちに歩いてきた。
「どれですか?」
エドエドが触った瞬間、書類が仄かに青白く炎が上がる。
その炎に手を焼かれ、痛みに眉を寄せ手を引っ込める。
「…間違いなさそうです…」
書類の光で指先が少し、焦げたように黒く見えた。
「…大丈夫なの?」
「痛みは慣れています。いつものことです…。」
「スタインバークは君に虐待をしているの…?」
私の言葉にエドエドは少しだけ笑った。
「いえ、親切にしてもらってますが…契約のせいでこうやって身動きができないんです。」
私は2枚の連なった書類をエドエドの前に見せた。
そして、無言で二つに割いた。
ゆっくりと紙が分かれていく様子を、エドエドは見つめ続けた。
完璧に二つに割れてしまうと、紙が光を放たなくなった。
それと同時にエドエドの瞳から涙が溢れた。
「…長かった。」
「これで自由になれたんだろうか?」
「はい多分。
そしてオーガストも。」
エドエドは涙をぬぐい、微笑んだ。
そして私に跪く。
「我が主人、助けてくださりありがとうございました。
この命尽きるまで、あなたに捧げます。」
胸に手を当て、跪いたまま私に頭を下げた。
「…えええ?やだよ、そんなつもりはないもの…」
私が小声で焦ると、エドエドがまた『フフ』っと笑う。
「どうかお気になさらず。
勝手に忠誠を誓います。
僕は決めていたんだ、自分を救う方に支えようと。
だからあなたの意思は関係ないのです。」
「…そんな自分勝手な!」
「もう諦めてくださいね。」
エドエドはそう言うと、ツカツカと窓に歩いて行き、執務室の窓を片手で開けた。
「さぁ、行こうか。
縛られるものがなくなったから、僕はここから出れる。」
さっきと違う笑顔で、私に手を差し伸べる。
…この流れ。
窓から飛び降りるつもりかな。
廃屋の地下で飛び降りた時にすごく後悔したことを思いだす。
この手を取ると、あの時と同じ後悔をしないでもない。
…いや絶対するだろう。
あああ、でも。
『選択肢は一つ。』
…はぁ…。
いつもありがとうございます。




