第8話 憧れの円陣の中心に。
今、私はとても高揚している。
そして感動で震えている…!
それは何故か。
教えて差し上げよう。
というか、是非とも聞いてほしい。
お昼休みに、アナスタシア様が私をランチに誘ってくれたのです!!
イヤッフゥぅぅ!
アナスタシア様の後ろに何時も控えてらっしゃるメーガン・ヒックス様から、『中庭に1人でいらして』と。
女子会に弟を連れていくわけにはいかないので。
あの手この手で必死に、オーガストを撒いて中庭にきました。
あ、お昼ご飯買い忘れましたが、とりあえず胸がいっぱいなのでどうせ食べられない。
後でこっそり反芻しながら食べましょう。
そして私は今、円陣の中心です…!
夢にまでみた、憧れの…!!
感動で目頭が熱くなってきました。
ああ、これで私もアナスタシア様のお友達にしてくれるのでしょうか…!
後ろにくっ付いて歩いていいのでしょうか!
ちょっと『オホホ』とか言う練習でもしようかな。
「ちょっとあなた、聞いてるの?」
「あへ?」
「変な声出してるんじゃないわよ。聞いてるの?ってアナスタシア様が仰ってるわよ!!」
「そうよ、ちゃんと答えなさいよ!!」
「あら、もう泣いてんの?私たちが泣かしてるみたいじゃないの!」
いえこれは感動でです!
聞いてなかったなぁ、しまった。
一語一句聞き逃さずメモを残したいのに、ボーっとしている場合ではありませんね。
「すいません、ワンモア。もっかいお願いします!!」
ニコニコというと、怪訝そうに眉を寄せて。
綺麗な顔で、アナスタシア様は仰った。
「…ですから。
ラルフ・スタインバーク様とどういったご関係なの?
朝とても親しくされてましたわよね?
彼の方は元王族という高貴な方ですの。
あなたの様な男爵家の者が簡単に発言を許される相手ではありませんのよ?」
「…成る程!では私はどの様に相手をしたらよろしいのですか?」
「…え!?そんなことも知らないの?」
「はい、知りませんでした。あまり他の貴族と関わったことがないので!」
「家庭教師とかマナー講師とかお雇いになられたら!?」
「そうよ!アナスタシア様に教えていただこうなんて!」
メーガン・ヒックス様と…こちら面識がなくて、名前がわかりませんねぇ…。
Bさんとでも呼びましょうか。
そしてCさんとDさんと…。
皆さんが私にどんどんと距離を詰めます。
ああ、ドキドキしますぅぅ!
親密度が増しているせいなのでしょうか?
ですが、アナスタシア様の手は煩わせません。
自分でなんとかします!
「あ、そうですよねぇ。今から図書館に行って調べてきます!」
『では!』っと去ろうとしましたら。
「ちょっと!!…いいですわ、教えて差し上げます…。」
な、なんて女神。
さすがアナスタシア様…!
私なんかにまで親切に教えてくださるとは。
あ、ヤバイ、嬉しくて泣きそう。
ああ、本当素敵。
引きつっている顔でさえ、綺麗。
「いいですか?ラルフ様がいらしたら、お声をかけられるまで頭を上げることもいけません。
声をかけられても、許されるまで発言は控えなさい。
これはレッドメイル様兄弟殿下にも、同じことです。」
「成る程…!!わかりました。実行します。
てか、レッドメイル様というのは、現王様のお子様方ですよねぇ?」
「…まさかそんな事も知らないの?」
「ああいえ、名前はわかりますよ!大丈夫です。
…顔は知りませんが。」
「…あなた…!!レッドメイル様のお顔を知らずに、どうやって生きているの!?」
Bさんが叫びます。
「タイラー様、レオン様、キーオ様の3兄弟ですのよ!?」
Cさんも叫びます。
Dさんに関しては、ワナワナと手を震わせてらっしゃいます。
「はへぇ。
3人もいるのですねぇ」
「何を呑気な…!!」
アナスタシア様、手を口元にあげた時に、思わず扇子が下に落ちてしまわれました。
それがコツンと私の肩に当たります。
その時後ろで声がしました。
…なんかよく後ろで声がしますねぇ…。
みんな背後に立ちすぎなんじゃないだろうか?
「ここで何をやっている?」
気がつくとAもBもMもCも…。
ともかく全員頭を下げてらっしゃいました。
「ここで何をやっていると聞いている。」
赤毛に黒い瞳。
目立ちますねぇ、この赤髪。
後ろに何人か取り巻きを連れていました。
お、1人後ろにもこの赤毛より少し小さめな赤毛がおりますね?
思わずキョロキョロと見つめていると、Cに頭を押さえられ、下にさげられました。
そうだった!頭、下にまいりまーす!
「発言を失礼します、私たちは…あの…」
アナスタシア様がモジモジと口ごもりました。
綺麗な横顔が、とても困ったように。
赤毛はジロリと睨みます。
「…アナスタシア…君は何をやってるんだ?」
「レオン様、私は…!」
「あのー…。」
「あなたは黙ってなさい!!」
Cに『シーっ』と何度も人差し指を向けられます。
だから私、先端恐怖症なんですってば!
思わず顔をしかめ、顔を手で覆います。
「おい、何をやっている!!」
そう言うと、Cの手を掴みました。
すごい力だったので、Cの顔が痛そうに歪みます。
「ちょっと、何するんですか!」
私は思わずその手を。
…チョップではたき落としました。
鼻息荒げに。
その場にいた全員がゾンビにでもあったときのような顔をしています。
恐怖に歪んだような。
そんな様な。
「力の強い男性が、か弱き女性に力を込めて手を捻りあげるとは。
それが紳士のやることですか!
Cさん大丈夫ですか?折れたりしてませんか?」
「「「…は?」」」
「は?じゃないですよ、まったく。
後ろのあなた達も止めなさいよ。
名前をお聞きしてないので『Cさん』で、すいません。
Cさん保健室に行きますか?」
「…大丈夫だから、もう、黙って…お願い…」
Cさんが小声で私に呟きます。
「え?なんですか?聞こえませんよ。
はっきり言っていただいても?」
私はCさんに耳をぐいぐいを寄せます。
「だから大丈夫だって言ってるじゃない!!」
Cさんが顔を真っ赤にして泣きそうな顔で言いました。
私は安全確認が終わると、くるりと踵を返しました。
「おおお、それは良かった。
あなた、次からは女性には気をつけてくださいね?
優しくですよ!」
「え?…あ、はい…」
赤毛が私に気圧されたのか、素直に返事をした。
それを見て私はウンウンと頷く。
「いや、王子は君を助けに行ったんじゃないのかよ!!」
取り巻きの1人が壮大にツッコんだ。
「あ?…ああ、そうだよ、な?」
あれぇ?と言わんばかりに首をかしげる赤毛。
「へ?助けに?誰を?」
私も首をかしげる。
「ディゴリー様、そろそろお口をお閉じになって…不敬罪になってしまいますから…。」
「へ?」
取り巻きの1人、ローブを着た背の低い方が前に出てくる。
「この方はこの国の第2王子、レオン・レッドメイル様だ。
まさか本当に知らなかったのかよ!」
「へー、知りませんでした。」
「「「は!?」」」
この揃った声は取り巻きと王子と言われた赤毛の声。
だってアナスタシア様軍団は私が王子を知らなかったことを知っているので、ひたすら下を向いて黙り、目を泳がせた。
そんなに驚くことなんだろうか?
後ろの取り巻き達は、目を見開いたまま石化してしまった。
もちろん赤毛も。
「それは失礼しました、えーっと、レ、レ…王子様。
突然現れて彼女の腕を掴まれたので、暴漢か何かと勘違いしてしましました。
大丈夫です、もう覚えました。
知らなかったとはいえ、大変御無礼を致しまして申し訳ありません。」
「「「はぁ!?」」」
取り巻きうるせーな、いちいち。
なんか言うたび驚くんじゃないですよ。
一回にまとめて驚きなさいよ!
思わず舌打ちをしてしまいましたが、気づかれていませんように。
コホン。
「とりあえず、世間知らずの私を、アナスタシア様がそれはもう親切に、仲良く、ご指導して頂いていただけなのでお気になさらず。」
ウットリとした顔で私は続ける。
「アナスタシア様は本当に聡明な方です。
憧れます、私。
なので、王子様。アナスタシア様を誤解されなきよう、よろしくお願いします。」
「「え??」」
今度は赤毛とアナスタシア様の声が揃う。
「…君は泣いていたのではないのか?」
「は?なぜ私が泣くのですか?
…あ、まさか。
涙は私が感動して目頭を熱くさせていただけですねぇ。」
「感動…?」
「はい!感動です。
こんな美人で素敵な方に、憧れの円陣をして頂いたので!」
「…円、陣…。」
「あああ、そういえばお昼ご飯食べ損ねた!
無駄な時間を私のせいで取らせてしまったせいですね…。オーガストが探しに来る前に戻らないと…!
それでは皆様、御機嫌よう。
アナスタシア様、色々教えてくださって、ありがとうございました。
残りは図書館で調べてきます!」
私はスカートの裾を持ち、お辞儀をする。
えーっと、頭は低くだっけ?
…発言を許されたらだっけ?
あれれ、…もう遅いんだっけ?
「…え?…いや、はぁ。…いいのよ、気にしないで…。」
呆気にとられた顔でアナスタシア様は私に微笑んだ。
急いでその場を手を振りながら走り去る私。
残された方々は呆然と立ち尽くしておられました。
私がいなくなった後。
呆然と立ちすくんでいた王子が口を開いた。
「…あれは、なんだ?」
アナスタシアが困ったように、メーガンの顔をちらりと見た。
そしておずおずと発言をする。
「あの方は2組におられます、エイプリル・ディゴリー男爵令嬢ですわ…。」
「お前は本当に彼女を虐めていたわけではないのか?
この間は、ハートテイル嬢を虐めていたと報告が上がっている。
お前は私の婚約者として、私に恥をかかせる事ばかりしているそうだな?」
赤毛の言葉にアナスタシアは気まずそうに黙って俯く。
「まぁまぁ、違うって本人が言ってたんだし、違うんじゃない?兄さん」
小さめの赤毛が頭をかきながら、レオンの肩に肘を乗せた。
「キーオ…!」
「面白い仔ネズミだね。僕らを知らない人がこの学校にいるなんてビックリだよ。」
「…ああ、そうだな…。」
「こんな赤毛で目立つのに、ね?」
「キーオ。」
キーオがレオンに肩をすくめる。
「あの、どうか彼女の失礼をお許しくださいませ…!」
アナスタシアが頭を下げながら、レオンに寄った。
「…なぜお前が謝るんだ?」
「申し訳ありません、私がちゃんとお伝えできなかったせいですので…」
「アナスタシア、大丈夫だよ。兄さんは心が広いから!
あんな小さなネズミのいうことなんて気にしないよねー?」
「…本当ですか?」
「うん、僕がいいよって言ってるんだから、大丈夫だよ。
さ、教室に戻ろう、兄さんたち!」
「ああ…。」
レオンは小さく返事をして、空を見上げる。
アナスタシア達は会釈をしてバタバタと中庭から引き上げる。
それを見つめながら、レオンは呟いた。
「ディゴリー…。エイプリル・ディゴリー…。」