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第78話 スタインバークの歴史。

頬に食い込んだ爪の痛みが和らいだと思ったら。

気がつくと手は離され、床に尻餅をついた。


「全くうちの兄弟は揃いも揃って甘い奴らばっかりだ。」


私の頬から離れた手をそっとハンカチで拭く。

まるで汚いものでも触った様に。


あの時のローウィン様は何かを選んで喋っていた感じがした。

所々、まるで良いところだけをすくい取った様な。


ローウィン様が言った言葉の違和感。


『兄弟の中で一番の野心家はパウエルだ』と。


でも目の前のこの男はなんだろう。

パウエル様が野心家ならこの男は…。


「もしかして、あなたがパウエル様を裏で操っているのですか?」


私の言葉に顔が一瞬凍りつく。

だか直ぐ、口元が歪んだ。


「…ほう、母親に似て賢いな。

勘のいい人間は嫌いではないぞ?」


そういうとニヤリと笑った。


「ならば全てを教えてやろう。」


そういうと、私を憎しみに満ちた瞳で睨みつける。

びくりと体が強張り、レイモンド様から目が離せなくなる。


「ローウィンとお前の母親は学園で知り合った。

聡明で誰にも思いつかない様なアイデアを持っているとローウィンがいつも言っていたよ。

その話をいつも聞かされて、パウエルも学園に行く前からお前の母親に夢中だった。」


イライラを隠す様に、コツンコツンと持っている杖を床に叩いている。

その音がだんだんと自分に迫る様な気がして、思わず尻餅の状態で後ずさった。


「…だが、何故たかが男爵の娘と元王族であるうちが、交流しているのか全く私には理解できない。

ローウィンにもパウエルにもきつく何度も言い聞かしたが、全く聞き耳持たなかった。」


ダムッとレイモンド様の足が、私のスカートの裾を踏んだ。

私の肩も跳ね上がる。


「そのうちパウエルも入学すると、家にまで遊びにくる様になった。

何ともうっとおしいハエの様に、お前の母は我が家にまとわりついた。

…なのでいい事を思いついたのだ…。

それだけ我が血を欲しているのならば、利用してやろうと。」


段々と。

この人が何を言ってるのか頭に入ってこなくなる。

肩がガタガタと恐怖を表していく。


「一番操りやすいパウエルを唆したのだ。

本当はローウィンといい仲だったのだろうが、パウエルはバカで単純だったからな。

『欲しい』と思ったら、簡単にローウィンからお前の母を連れ去った。

其処からは取られまいとするパウエルを、思いのまま言葉巧みに操ってお前が出来た。」


スカートを踏み抜く足にギリっと力がこもる。


「バカなやつだ…子が出来てもなお認めてもらえず焦ったあいつは、召喚の儀を成功できたらお前の母親との結婚を認めると言ったら子を犠牲にする事を選びおった!」


レイモンド様は楽しそうにクツクツと笑った。

相変わらず目が離せず震える私を見ながら、とても楽しそうに。


「…召喚の儀は、パウエル様が望んだことではなかったのですか…?」


やっとの事で喉から声をひねり出す。

引きつった音はやっと喉を通った。


「…そうだ。私がしても良かったが、あいつが自らやったほうが警戒心もなく済む。

だが誤算だったのはあいつが他でも子を作っていたことだ。

お前で試す前に、浮気して出来た子でも試していた様だ…全く!」


しかも同級生って…んん?

そうなんだよ。

ハートテイル様と私は同級生。


パウエル様がそうまでしてお母様にご執心だったのならば、浮気ってするのだろうか?

ローウィン様の話でも、母はパウエル様と『うまくいっている』様子だったと聞いたが…。


私はレイモンド様の言葉を聞いて再び黙った。


パウエル様はもしかして私でいきなり試す前に誰か別の子で試そうとした。

相手にとってはそれはとても迷惑で最低なことには変わりないのだけど…。


もしそうだとしたら、ハートテイル様は間違いなく子爵と奥様の子で、スタインバークとは何の血縁もないのではないか?


「…パウエル様は母を最後まで愛していたのではないでしょうか?

それは歪んでしまった愛情でも…。」


ぼそりと呟く様にレイモンド様を見る。


レイモンド様の表情は変わらない。


「…だからなんだ。

それでお前の気持ちは救われるとでも?

そんなものあったとしても今の現状は何も変わらない。」


そりゃアナタは何も変わらないだろうけど。


これはきっと私にとっても大事なことなはず。

メモは頭の中に書き連ねた。


「まぁ実験は結局実子で成功したのだから、良かったのだろうが。

だがお前の母親はそれに気づき、我らの手から逃げた。

お前を守るためだと逃げたはずなのに、結局あれは狂ってお前を傷つける物になってしまった様だがな!」


さも楽しそうにまた笑った。

それが段々私のしゃくに触り出す。


ムッとした表情を浮かべると、また嬉しそうに微笑んだ。


「結局のところ、パウエル様を利用したアナタが一番の野心家で、王位を奪還しようとしているのはスタインバークではなく、あなた一人なのではないですか?」


それでもレイモンド様の表情は変わらない。


「貴族の大半があの薄っすらとした王はいらないと動いているのだよ。

あとはお前が大々的に『救世主』として、スタインバーク家の娘として、世間に発表すれば良い。

我がスタインバークから救世主が現れたと知れば、民衆もこちらを注目する。

そしたら我が息子がお前の夫として王になる…!!」


何だそのお飾りな設定は…。


「そ、そもそも救世主とはどんな力を持つのでしょうか…?」


勇者とか救世主とかいってもよくわからない。

私が持っている力なんて魅了と異世界の漫画や映画の知識だ。

生活の上で勉強したことなんて少しだけしか覚えてないし、生活の知恵なんてそんなにあるはずもない。


「何をばかな事を言っているんだ?」


レイモンド様は杖で目線を落としたままの私の顎を持ち上げた。


そして、私の目を見つめ言った。


「…そんなものあるはずないだろう?」


あるはずが、ない。


なら何故私は『救世主』としてこの世に呼ばれたのだ。


頭が混乱する。


この人は一体何を言っていたのだろう?


私の頭の中の混乱が顔に出た。

それを見てまた、微笑んだ。


「何故、ないのかわからないのか?」


レイモンド様は腹の底からクツクツと笑った。

この世の全てをバカにする様に。


「この世界は平和だ。何か『危機』があると、『召喚の儀』を使って『異世界』から『勇者』を『救世主』として呼ぶのだ。

…まだ、わからないか?」


顔を楽しそうに歪め、目を大きく見開き私を見つめた。


「…なるほど。」


私はそれだけ静かに呟く。


「やっと、理解したのか?」


あまりに歪みきった顔を確かめる様に、自分の頬を手で撫でた。


「…平和なこの世界に呼んだところで『勇者』はその役割を持たない。」


私の答えにレイモンド様は満足そうに頷いた。


「…その通りだ。

ピンチな状況に必要な能力が付加された『勇者』が『救世主』としてこの世界にやってくるのだ。」


ということは。


…ということは、ですよ?


「…私の転生した意味は?」


「スタインバークが返り咲くための『お飾り』だ。」


レイモンド様の言葉に私は軽くめまいに襲われた。

座ったまま、身動き取れない姿勢で、ぐらりと揺れた視界を何とか保とうと眉をよせた。


正直、悔しさで体を支える手が震えた。


こんなのってない…

こんなのって…!


この身勝手な人のせいで、一体何人の不幸が発生したのだろうか。


この人のせいで…。


私の目から大量の涙が溢れた。


その流れる涙を見ながら、勝ち誇る様にレイモンド様はまた笑うのだった。

いつもありがとうございます。

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