第6話 初めてのお友達。
「…強盗!!!」
思わずオーガストの口を塞いでいる方を、カバンでぶん殴ります。
「オーガストを離しなさい!!」
狭い馬車の中で、カバンをブンブンすると。
意外にも知らない方の人は『ガフッ』と狼さんの方へ飛んでいきました。
「いや殴ってから離せっておかしいよね!?
もう殴った時点で離れてるじゃん!?」
知らない方の人が痛そうに叫びますが、とりあえずは弟の無事が先です。
「オーガスト大丈夫!?
…あなた達は一体、何なんですか!
オーガストにひどいことを…!」
「エイプリル…僕は無事だから、落ち着こうか…。」
青い顔のオーガストが私を宥めるように私のカバンを取り上げました。
こんなに青ざめて!
うちの可愛い弟を人質にとって、何しやがるんだ。
「オーガスト、怖かったわね…もう大丈夫よ。姉さんが来たから!」
「…しかし強盗とは失礼な!!」
知らない方の人が頭を抑え、涙目で起き上がりました。
「馬車の中で弟の口を塞いでるなんて、どう見ても人質をとった強盗でしょう!」
「…確かに、強盗に見えるかもしれないな。エドワード。」
「王子!!やれって言ったのはそっちでしょ!」
「…王子と呼ぶな!」
「…あの。」
今はそんな言い合いをしている場合ではないだろうと。
私は割って入る。
「一体強盗じゃなかったら、何のご用ですか?」
何か文句があって、まだ言い足りなかったとか?
私は思わず立ち上がり、両手に拳を作り、構える。
それをスルリと私の腰に手を回すと、オーガストは私を膝の上に座らせる。
「落ち着こうね、リル。この方は強盗じゃない。
僕の口を塞いでたのは、ただ静かにさせるためだっただけだから。」
「…静かにさせるために口を塞ぐなんて、強盗でしかないのだが…」
「いやまあ、うん。語弊があるなあ…でもとりあえず、この人たちは大丈夫だから…」
私を膝に抱え、自分の方に私の顔を向かせた。
そして、ほっぺを人差し指でつついた。
「落ち着いた?」
私は頷く。
しょうがない。
オーガストがそう言うなら。
「なぁ。お前達って姉弟なんだよな?
…近すぎないか?」
狼さんが頭をかきながら私達を見比べる。
「他所の姉弟はこんなに近くありませんか?」
私は逆に聞き返す。
だって姉弟なんだから、これが当たり前って言ってましたよ?うちのオーガストさん。
何年もこうやってきてます。
だってこれが当たり前だって言うから。
「うちも妹がいるが、こんな事はしない。」
「マジで!?」
思わず立ち上がります。
「…え?」
狼さん、なんだか引き気味で私を見上げました。
「あーあーあー!エイプリル!!!お言葉がどうなのかな!?」
「オーガスト、いきなり大きな声出すと耳が…」
至近距離で名前を呼ばれ、耳がキーンとしているではないか。
ああ、何も聞こえんよぉ…。
耳を両手で塞ぎ、フルフルと頭を振る。
「…へんな姉弟だな…。まぁいい。
とりあえず、ついでだからこのままお前らの家へ行こう。」
「え!?…うちにですか?…スタインバーク様がお気に召すようなものはウチにはありませんが…」
オーガストがギョッとした顔で狼さんを見た。
「構わん。色々説明もしなきゃならないしな。」
「いや説明なら僕が…」
「いや、俺がする。いいから馬車を出せ。
こんな入り口にずっと止まってると迷惑だぞ?」
ニヤリと狼さんが笑います。
オーガストは嫌そうに大きくため息をつき、仕方ないと馬車を出しました。
耳がー耳ガァー!!
「結構いい家じゃないか。
そこらの伯爵と引けを取らない豪華さだな。」
うちの居間の置物を見ながら、狼さんがウロウロしています。
気がついたらウチにきてましたが、いったいこの人何の用なんでしょうか…?
強盗ではないと言ってたのですが、とりあえずは用心ですね。
私はそこにあったお父様の趣味の、鎧の置物の頭をとってかぶりました。
これで頭の防衛は万全です。
狼さん、私をすごい顔で見てますねぇ。
欲しいとか言ってもあげませんけどね?
「姉のことはお気になさらず…。多分、脳細胞の防衛を始めたのだと思います。」
オーガストが若干恥ずかしそうに俯きました。
「脳細胞の防衛…?」
「…お気にならず。いちいち引っかかっていたら先に進みませんし。
姉のことは珍獣だと思っておいてください…。」
「「ち、珍獣…」」
なんでしょう?
鎧の頭は思った以上に頑丈で、何を話しているのか聞こえません。
失敗しました。
ブハッと鎧の頭を取ります。
そして元あったところへ戻しました。
それをジッと知らない人と、狼さんが目で追ってます。
「…多分被ってみたものの、苦しかったかなんかだと思います…。」
大きくため息を吐きながら、オーガストがメイヤーさんが入れてくれたお茶を差し出しました。
狼さんと知らない人は我慢しきれなかったように大爆笑した。
は!?何??
何がおかしいの!?
何に笑っているのか全く理解できず、私は困惑した。
…おかしな人たち。
「私、こちらのラルフ・スタインバーク様の世話をしてます、1組のエドワード・エドワーズと申します。」
「エドワードエドワーズ…」
「あ、本名です。ギャグじゃないです。」
エドワード・エドワーズさんはそう言うと、にっこりと微笑みました。
「はぁ…」
「気軽にエドとお呼びください。エイプリル様は特別に許可いたしますよ!」
「はぁ。」
エドさんはニコニコしながら私の手を取って、グイグイしてきます。
「おい、エド、離れろ。」
不機嫌そうに狼さんが言いました。
「こちらが、我が主。ラルフ・スタインバーク様です。
はい、ご挨拶してくださいね、自分で。」
「あ、おい…!」
エドさんはそう言うと、狼さんの背中をグイグイと押しました。
気まずそうに狼さんは私を見ます。
「ラルフ・スタインバークだ。さっきこのペンを返し忘れて渡そうと2組の教室を訪ねたんだが、居留守を使ってコソコソ逃げたので、先回りして待ってたんだ。」
「バレてた!!」
「…いや、バレるだろ、普通に。」
「いや、気配殺して動きましたし!まさに空気だったはずなのに…やりますね…。
アルド様だったらきっと気がつかないのに…!」
私はブツブツとなぜバレたかを考察しだした。
その様子をスタインバーク様はジッと眺めて、オーガストに耳打ちしました。
「…なぁ、アルドって何?」
オーガストは苦笑いをしながら、お茶を飲む。
「ああ、姉の元婚約者の名前です。」
「婚約者!?」
「元、です。今はもう破棄申請中なので、他人ですが…姉は元婚約者から嫌がらせをされていたので、トラウマなのでしょう。ああやって時々思い出すようです。」
「嫌がらせ…。」
「ええ、まぁスタインバーク様には関係ないお話ですね。」
オーガストはにっこりと笑いかける。
その顔を見て、スタインバーク様もにっこりと微笑まれ、カップを口につけた。
「…エイプリル、お客さんの前だよ?そろそろ意識を戻して、ね?」
ハッ!!!
オーガストの声かけに、ハッとする。
そうだ、スタインバーク様がなぜかうちに来ていて…。
あれ?
スタイン…?
「…スタイン、バーク…どっかで。」
スタインバーク様は私を横目で見て、小さく息を吐きながら、なんとも言えない顔で微笑む。
「スタイン、ゴールドスタイン…あれ?ゴールドスタインってこの国の名前ですよねぇ?
スタインバークって、もしや…」
「うちはもう王族ではない。
うちは祖父の代でレッドメイル家に王位を譲って隠居した元、王族だ。」
「ほぉお…。」
「ほぉおって…。」
「本当すいません…姉はちょっと世間とは別の次元に生きている生き物で…」
「お前の姉の評価が段々と下がってくるのは何故だ…?」
「もう本当に失礼な事ばっかりするんで、僕のフォローで罰を軽くして貰おうかと思いまして…。」
オーガストは私の頭を手で押さえ、ペコリと頭を下げさせる。
へ?なんで?
何か知らないうちに、失礼なことをしてしまったのだろうか?
あれぇ?私何やったっけ?
もう1人の私が何かしたのでは!?
「もう王族じゃないんだ、不敬などない。むしろ周りにいないタイプで面白い。
見てみろ、エドなんかもう笑い過ぎてそこで転がっているぞ…。
あっちの方が失礼だな、すまん。
だから気にせず、普通にしてくれ。」
「有難うございます。では、姉を放ちますね…」
そう言うと、オーガストは私のボサボサの髪の毛をぱっぱと直す。
そしてまた自分の席に戻り、お茶を飲んだ。
「ところでスタインバーク様、今日は姉にペンを届けに来られただけですか?」
オーガストがニッコリと微笑みながらスタインバーク様を見つめました。
「いや、生態観察に来た。」
「…姉のですか?」
「そうだ。なかなか面白い奴だな。
なぁ、俺もエイプリルと呼んでも構わないか?」
オーガストが何故か目を見開きました。
「そんなこと滅相もありません。
公爵様が男爵のうちの姉をファーストネームで呼ぶとかあり得ないですよ!」
「お前に聞いてないぞ、オーガスト。」
「えぇぇ…僕もファーストネームで呼ぶ気ぃ…?」
「なんだ?嫌なのか?」
「メッソーモアリマセン…」
「どうだ?呼んでも構わぬか?」
気がつくとスタインバーク様が背後に立っていました。
何故か、私の肩に手を添えています。
「へ?」
「なんだ聞いてなかったのか。
しょうがない、もう一度言うぞ。
エイプリルと呼んでも構わないか?」
「ああ、別に構いませんけど…なんで」
「俺の事も『ラルフ』と呼べ。」
「…ラルフ!」
「ねぇ、お願いだから様をつけて!!」
「…ラルフ様!」
オーガストがハラハラした顔で私を見てます。
しかし何故私はこの人に抱きしめられているのでしょう?
そしてオーガストがすごい顔で固まっています。
イケメンが台無しだから、顔を戻せ!!
「あの、名前で呼び合うと言うことは、お友達ということですか?」
とりあえず私が聞いてみると。
ラルフ様はにんまり笑ってこういった。
「なんだ?友達から始めたいのか?」
「友達になってくれるんですか?」
「ああ良いぞ。」
「本当に!?」
「え?…ああ、うん?」
「オーガスト!!私友達ができた!!!」
「…うん。見てたよ。
でもその人きっと友達の皮被ってるだけだから友達とは言わな…フグッ」
オーガストはまたエドエドさんに口を塞がれています。
仲良しですね?
そっちもお友達になったのですかねぇ。
「ラルフ様!」
「なんだ?」
「ありがとうございます。」
「ああ、友達ぐらい構わない」
「ペンを届けてくれて。これ書きやすくて気に入ってるんですよ、助かりました。」
「は、え?…ペン?」
「え?ペンを届けてくれたんですよね?」
「あ、ああ…。え、今頃?」
「…え?」
「え?」
ラルフ様と私は顔を見合わせて固まった。
キョトーンとした顔で首をかしげる私。
そして、ラルフ様は私の顔を見つめたまま。
また吹き出し、大笑いをしたのだった。
この人私の顔見るたび笑うんだが、どんだけ私の顔がツボなんだ…。
それとも笑い上戸か?
笑いを私に求められても困るけど…。
何か笑いについて調べるべきかしら…?
初めてできたお友達なので、顔を見て笑うぐらい許してあげようと思う。