第57話 エイプリル、3人目の婚約者。
私たちは途中で出会った行商の馬車に乗せてもらい、実は王都に戻って潜伏していた。
さすが元、影。
隠れる場所をたくさん知っているのか、10日間で3カ所を転々としたが誰にも見つかることもなく。
意外と潜伏生活は快適だった。
毎日寝る前にイオさんやコブさんのことを思い出した。
お店、1人で大丈夫かな?
もう歳だからって言いながら、無理ばっかりするイオさん。
コブさんご飯は忘れず食べてるかな?
持病の腰痛、出てないかな…。
涙がこぼれそうになる。
無事に10日経ってコッソリとレオンと待ち合わせの場所へ。
正直合流するまで気が気じゃなかった。
複雑な思いでレオンが待つ場所へ。
前の日にガイがお城へ忍び込んで手紙を直接届けてくれたお陰で、スムーズに事が運ぶ。
しかしこんな毎回忍び込んでバレない城のセキュリティは、一回見直したほうがいいと思うけど…。
「エイプリル、無事かい?」
「はい、なんとか。」
「…よかった。」
ハグしようと両手を広げるレオンに手をかざす。
「友情ハグはやめときましょう。」
「…あっちで護衛が見ているが…いいのか?」
「あああ、レオン会いたかったー!」
「…ものすごい棒読みだが…。」
レオンがフフっと笑った。
少しホッとした様にも見える。
私も顔を見て安堵した。
「とりあえず、これからあっちの通りに止めた馬車に乗って城へ入る。
そして謁見の予約を取っているので、そのまま王と王妃に会い、婚約する旨を伝える。
…それで、だ。」
レオンはゴソゴソと胸元から紙を出した。
「必要なのは、これ。」
手渡された紙を見ると、婚約破棄無効というスタンプに王家の印鑑が禍々しく押されていた。
…まぁこれを禍々しく見えるのは私だけだろうけど。
「…ありがとうございます。」
そう言って書類を肩から掛けていたバッグにしまった。
「これでスタインバークとの婚約も無効になったし、レオン様との婚約がうまくいけば…、」
「…エイプリル、また様がついてる。
暫くは城で王族の婚約者として色々レッスンや勉強を受けなければならなくなるだろうが、大丈夫か?」
「…ディゴリーに帰るよりは…。
今はまだ会いたくないから…。」
私の表情が少しだけ陰を落とす。
それをレオンは私の鼻を軽くつまみ、優しく微笑んだ。
「…大丈夫だ。
必ずオーガストは君を案じている。
早く元どおりになれる様に、共に頑張ろう。」
つままれた指からキュッポーンと抜け出して、鼻に手を当てた。
「共に頑張りますけど!!
そんな事より鼻が痛い!!」
レオンは加減を知らんのか。
摘むではなく、掴むだ、それは。
軽く睨み付けると微笑みで返された。
そしてエスコートのため、レオンは私に手を差し出した。
チッ、こういうときイケメンって得だよなぁ。
私は鼻から息をフンと吐き、その手に自分の手を添えた。
馬車で走ること数十分。
城に着いたが、人目を避ける様に裏口からそっとレオンと一緒に入った。
もちろんガイも一緒に。
ガイは薄いベールで口元を隠している。
そりゃまずいよな、元職場に堂々と顔を晒して入るのは。
しかし顔を隠すベールがなんとなく異国の雰囲気漂う感じに見えるのが物珍しい。
大体いつも黒い服を好み、少し褐色な肌も異国な雰囲気漂う妖艶な要素になっている。
…逆に目立つ。
ちょっと目立ちすぎて吹き出しちゃうぐらい。
一旦レオンに夜会でよく休憩室に使われる客間に通され、用意された純白のドレスに着替えた。
…やっぱ婚約といえば白なのね…。
ラルフ様の婚約式をふと思い出して頬が引きつった。
わーっと来た侍女さんに達にわーっと短い髪の毛をカバーしてくれる様な髪型に髪を結われ、お化粧をしてもらい、どっからどう見ても町娘が、お姫様になった。
すっごーい!
さすが城付き侍女さん。
腕が良すぎる。
縦鏡の自分の姿を見て、軽くビビった。
「エイプリル?」
笑うのを我慢して口元を押さえていたら、レオンに心配された。
「大丈夫、問題ない。」
いきなり真顔に戻り、スタスタと先を急いだ。
レオンもガイも私の後ろ姿を見て、キョトンとして顔を見合わせた。
暫く歩くと大きな扉を潜り抜け庭園に出た。
庭園をズンズンと連れられて歩く。
私はキョロキョロと辺りを見渡し、落ち着かない。
今からレオンとレオンの婚約者として会わなければならない王と王妃に緊張で足が覚束なくなる。
「…エイプリル、こっちだよ。」
庭園の真ん中でレオンは小さな水色の丸いテーブルが置いてあるとこに私を案内した。
私を座らせると微笑んで何処かへ行ってしまう。
私の挙動不審に拍車がかかる…!
オドオドキョロキョロと落ち着かない状態の私に、スーパーエキスパートな侍女さん達がパタパタと準備を始める。
目の前にあっという間にティーセットや、タワーになっているお菓子達を積み上げられていった。
ただ、それを呆然と見つめる私。
その間にどんどんとセッティングは進んでいく。
気がつくとレオンがエスコートして王妃と王様がゆっくりと近づいてきていた。
私は立ち上がり、お辞儀をする。
少し前までお辞儀の仕方も知らなかったななんて思い出して、1人でちょっと笑った。
このお辞儀を教えてくれたのは、アナ様。
アナ様は私を裏切り者だと嫌うだろうか…。
頭を下げながら、笑顔の頬が引きつった。
「久しいな、ディゴリー嬢。
お父上は元気か?」
レオンの合図で頭をゆっくりとあげた。
笑顔の王様の横に、これまた笑顔の王妃。
そうだった、魅了が使えるか見なきゃ。
やる事リストを頭で再確認。
だがこの笑顔からそれは測ることができなかった。
…要観察。
「はい、私が病に臥せってしまい心配をかけてしまいましたが、元気です。」
うまい受け答えができただろうか、何をいうのも緊張してドキドキが止まらない。
レオンが私の手をぎゅっと握った。
私の緊張感が伝わったのかな?
少しだけ頼もしく感じた。
「父上、お話しした通りエイプリルとの婚約を認めていただきたい。」
王様は王妃と顔を見合わした。
「うむ、話は事前に聞いていたが…。
ディゴリー嬢は確かスタインバークの子息と婚約をするはずだったのではないのか?」
「その件に関しては無効になっています。」
レオンが間を入れずサッと書類を差し出した。
「これは、見たが…。
だがな、すぐまた婚約を受理してほしいとディゴリー嬢との婚約を申し出てきていいる。」
…え?
なんだって…?
聞き間違いじゃなかったらラルフ様は私との婚約が無効になってすぐ、もう一度婚約の書類を『無断』出だしたということか?
ひどく驚いてしまってその顔のまま固まった。
せっかく笑顔をキープしていたのだが、あまりに衝撃的な事実。
どうなるの!?
こういう場合。
固まった顔でレオンの顔を見上げた。
「それに関しても受理しないでいただきたい。
彼女はその書類にサインをした覚えはない。
私が持っている彼女のサインと比べてみてください。」
レオンは私の署名入りの婚約証明書を王様に渡した。
王様は王妃と2人で書類を確認する。
側で見ていた宰相までも一緒に。
みんなで困った様に顔を見合わせて、書類をレオンに返した。
「確かに、サインは違う様だ。
だがしかしなぁ、レオンとディゴリー嬢はどういう経緯で婚約を決めたのだ?
レオンも長いことビアス嬢と婚約していたのを破棄しておる。
レオンは王子といっても次男と成るため、政略的婚約も今のところ必要ない様に思っているのも事実。
2人の愛が本物ならば、婚姻は認めても構わないんだが…。」
「…信じられないということでしょうか?」
レオンは少しムッとした様に声が少しうわずった。
「そうまでは言っておらん。
王妃もディゴリー嬢の鉱山の新しい運営方法などを変えた勤勉さをかっているし、ワシだってそうだ。
そしてこの婚約が成立したら、スタインバークにも受理されなかったことを伝えなければならん。
もちろんその理由もだ。
だからこそ、認められる理由を明確にしてほしい。」
王様は私たち2人を見てニコニコと微笑んだ。
…う、ごめんなさい。
今すごく私の良心が痛い。
だけどこの恩は必ず王家に返しますから…!
私はぎゅっとレオンの手を握り返した。
「おっしゃる通りです。
私たちが愛を育んでまだ半年も経っておりません。
ですがこの若く芽生えた愛に偽りはありません。
私が病に臥せった時に、レオン様は献身的に私を支え、看病してくださいました。
その思いにとても感謝し、今度は私が支えていきたいと考えたのです。」
「…ああ、その通りだ。
父さん、認めてほしいんだ。
スタインバークにはエイプリルを渡したくない…。」
よくもまあここまでベラベラと、とお思いだろうが、私は必死だった。
必死だったのだ。
持てる記憶と知識をフル回転で叩き出した言い訳に、王様は『ホホウ』と満面の笑みで喜んだ。
「勿論だ、レオン。
お前の思いを認めよう。
さぁ、ディゴリー嬢、いやエイプリルと呼んでも構わないかな?
男爵にも婚約の通知を送ることにしよう。
おめでとう、2人とも。」
王様はそう言うと私たちを抱きしめてくれた。
息子の幸せの門出を祝う様に、ゆっくりと優しく。
次に王妃様からもハグの祝福。
王妃様も嬉しそうだった。
私にはそう見えた。
本当に嬉しそうに見えるんだけどなぁ…。
もしかして遺伝説は間違ってるかな?
でもキーオ様とタイラー様が偶然2人とも転生者なんて考えにくいけど…。
抱きしめられながら別のことを考えてしまう。
いけないいけない。
王妃に笑顔で応える。
とりあえず、第1段階終了かしら…。
この婚約に異議を唱えそうな人が2名ほど思い浮ぶ。
次の段階で戦わなきゃいけない相手。
タイラー様とラルフ様だ。
暫くはオーガストも、敵認定。
…気を抜かず、頑張らなきゃ。
その間私はずっと王妃にハグされて喜びを分かち合っていたのだった。
…いい人そうだよね!?
…いい人じゃない?これ。
いつもありがとうございます。




