第56話 エイプリルが王都へ戻った後。
今回はややエドワード・エドワーズ(ス)視点です。
因みに、エドの名前はワザとどっちも書いてます(๑・̑◡・̑๑)
「…エイプリルが?」
「…すいません、目を離した隙に…。」
虚ろなオーガスト。
力なく椅子に座り、頭を抱えている。
目の前にはラルフ・スタインバークの姿。
怒りに親指の爪を痛みが残る程、噛んでいた。
「…なんでお前が付いていながら?」
黙ったままのオーガストを見て、苛立ちを抑えられず手に持っていた書類をまき散らした。
オーガストの動きがおかしい為ハートテイルを使ってエイプリルがここにいることがわかった。
直ぐにでもこの場所を再び訪れた時にはもう彼女の姿はなかった。
こいつがもしや逃したのか?
いや、エイプリルはどうやら協力者と動いているという情報もある。
そいつも一体誰なのか。
ばら撒かれた書類を拾い集めながら、エドがため息を吐いた。
「オーガストの魅了が強すぎるせいでは…?
これじゃマトモに考えることもできません。」
チラリと視線をオーガストに向ける。
虚ろに覇気のない瞳。
ただ椅子に座らされているだけの人形の様で。
エドの目に写る今の姿は、別人の様だった。
「俺に口答えできる立場になったか?エドワード。」
チラリとラルフの視線がエドへと向かう。
その視線を笑顔で躱す。
「滅相もありません。
…ただ、ハートテイル様は危険だなぁと。
暴走したらラルフ様自身も危ないのではありませんか?」
「…やだぁ、私暴走なんかしないわよ?
アンタ私に対して生意気ね?」
扉の前で笑顔で立っているミティアに気づくエド。
『お前がそこにいることぐらいわかってて言ってんだよ』とエドは心の中で思いながら、微笑んだ。
「ミティア様、申し訳ありません。
言葉が過ぎました。」
「まったく、ふざけんじゃないわよ。
私を誰だと思ってるの!?」
通りすがる時わざとエドにぶつかり、フンと鼻を鳴らす。
そして当たり前の様にラルフの肩に手を回した。
それを途中でラルフが止める。
「…ミティア、お前はオーガストの婚約者だろ?
俺に抱きつこうとするのは淑女のすることではないな。」
不満そうな顔を露わにしつつ、ラルフに笑いかけた。
「あら?いいじゃないの。
私たちいとこ同士になるんだから。」
「…だがその事実を公表しない今は、君はハートテイル子爵の一人娘だ。
お前の父親は妻が浮気をして産んだ子だと露ほども思っていないだろう?」
「…浮気じゃないわ。
母はきっとパウエル様…お父様に本気だったはずよ。
じゃなきゃこんな馬鹿みたいな事、受け入れるわけがない…。」
「…そう言いつつ、お前はその力を得た事を喜んでいる様に見えるがな?」
ミティアは笑った。
それはもう嬉しそうに。
「そうね、今となっては、そうかも。
欲しいものが手に入りそうだから。
…本当に約束してくれるわよね?
オーガストを魅了していい様に操れば、私はレオン様と結婚させてくれるのよね?」
「…ああ、勿論。
ただし俺がエイプリルと結婚して彼女の『救世主』としての能力を手に入れてからの話だ。」
「でもどうするの?
あの子逃げちゃったんでしょ?
婚約無効になるんだよね?」
ラルフ様の爪が小さく音を立てて割れる。
そして滲む赤いものが唇の端を染めた。
エドが慌ててハンカチを差し出す。
ラルフは親指で滲んだ汚れを拭き取り、ハンカチを親指に巻いた。
「…無効になったら再び申請するだけだ。
エイプリルはどんな事をしても逃す気はない。
あの力が我が一族には必要だからな…。」
近くに立っていたエドは、背筋に何か走ったかように、肩を強張らせる。
これ以上ない程、ラルフの気迫が真に迫っているのを肌がビリビリと感じているせい。
「ふーん、なんでもいいけど。
サッサとエイプリルと結婚しちゃって王位でもなんでもついじゃえばいいのよ。
レオン様はそしたら公爵となるのでしょ?
私は公爵夫人…。うふふ。」
ミティアは幼さが残る顔で、無邪気に恋を楽しむ乙女の様に微笑んだ。
それをラルフも微笑みながら見ている。
だがラルフの微笑みには無邪気さは感じられない。
そこに見えるは、『嘘』しかなかった。
エドは小さく息を飲んだ。
自分もオーガストも、この『嘘』に騙されて縛られている。
『契約』によって、逆らえないのだ。
「こんなの自由じゃない…。」
誰にも聞こえない声で呟いた。
だけど。
ラルフはエドを見た。
そして綺麗な顔を歪ませて『嘘』の含まれた微笑みをエドに向けたのだった。
『はいはい、わかってますって。』
エドはその微笑みに肩をすくめた。
とりあえずオーガストを休ませるという名目で、その場から連れ出す。
この嘘だらけの会話をもう聞きたくなかったから。
まともに歩くことも出来ないオーガストの肩を抱支え、引きずる様に部屋へと連れてった。
「…喋れる?」
「…今は、なんとか…。」
ミティアのそばから離れると、少しは意識が戻る事を確認する様に、エドはほっと胸をなでおろした。
「エド…エイプリルが、行ってしまった…」
「ああ、聞いた。」
「…俺は、情けない…一体何故こんな…」
エドは冷たい水の入った桶をオーガストの枕元に置いた。
タオルをそこへ浸し、絞る。
それを寝ているオーガストの額に置いた。
「しょうがないさ。ミティアはパウエル様に力を増強してもらっているからな。
処罰する為監禁なんて嘘だしな。
ずっと閉じ込められて、研究を続けさせられてるんだから。
今じゃ魔女級にいくらでも男を魅了できる。
耐性があったお前でさえ、簡単に。」
「…エイプリルは俺に一度も魅了なんてしてないよ。
だから耐性があるんじゃなくて、僕が特訓しただけなんだ。」
オーガストは額のタオルの冷たさに、心地好さそうにそっと目を閉じた。
「特訓って。」
エドが苦笑いをした。
「でも無意識に他で発動しちゃうときがあったから、そんな時はエイプリルの意識を僕が誘導して避けさせたり…。」
「…とりあえず、どうやって増強してるか秘密を探ってる。
それさえ分かればあの気持ち悪い粘着からは拒否することができるのに。
サミュエルから何かきたか?」
「…エイプリルの方に接触はした様だけど、こっちには何も。」
「そろそろいいい情報を持ってきてくれてもいい頃なのに…。」
「中々手こずってる様だね…。」
「手こずるのはお前もだろう」
エドはそういうと少しだけ笑った。
「…エイプリルはどこへ行ったんだ…。」
オーガストがぼそりと呟く。
エドはそれを苦しそうに見つめていた。
「…っていうかあの寄り添ってる男は誰なんだ?」
「…どうやら王都で雇った護衛らしいが、全く情報がわからないんだ。」
「俺も調べさせられたけど、情報は全く出なかったな。
だから目的もわからない。」
「エイプリルにとって、悪い人ではなさそうだったけど…隙はなかったね…。
…まぁ、とりあえずは彼と一緒なら無事でいてくれそう。」
「…いいのかよ、それで。」
「…いいわけねーだろ。
本当だったら僕が側にいるはずだったんだから。
あの男をコッソリ殺してでも奪い返したい思いはあるよ。」
エドが『フハッ』と吹き出した。
「だがこんなに雁字搦めで動けねーってか!
スタインバークの契約という呪いに、増強剤で強化されたあの女の魅了にってすごいな。」
「…やめて、思い出すと吐き気がする」
ウエッと青い顔で口を抑えるオーガストに、エドは再び吹き出した。
「イケメンは災難だな。
だがこのまま行くとお前は捨て駒の様に壊れたら、終わるぞ?」
エドの顔が不意に真面目になった。
その顔をチラリと横目で見つめ、オーガストは精一杯笑った。
「…こんな事で壊れたら、エイプリルのナイトにはなれないでしょ?
僕は約束したから、彼女を守る存在でいたいんだ…。」
身長や年齢の割には、オーガストは時々あどけない表情をする。
この顔を見ると、一緒に施設で育った頃を思い出す。
小さかったショート。
誰もが敵だと思う世界で、自分の側にいてくれた存在。
弟の様に思う時がある。
…家族なんて知らないのに。
エドは気合を入れさせる為にも鼻で笑った。
「ま、現状はこのザマだけどな。」
オーガストが悔しそうに唸った。
それを見てまたエドが大笑いをした。
いつもありがとうございます。
そろそろエイプリルが重い腰を上げて動く事と思います。
もう暫く見守ってやってくださいね。




