第52話 失恋の痛みと、……キス。
「なんでいるんだよ。」
失恋から一夜明けて朝イチの私の言葉。
「何だよつれないなぁ。久々に会った幼馴染に冷たくないか?」
自分のオレンジの髪の毛をクルクルと指で遊びながら、ニッコリと微笑む久しぶりの顔。
「…なら聞くが、最後に会った時のサミュエルのセリフを私覚えている。」
「なになにー?」
「デートだからまたね。
…振られて暇になっただけだろう!!」
サミュエルは『あはは』と笑うと頭をかいた。
「痛いとこつくなぁ。…はいこれ、メイヤーさんからの言伝。」
サミュエルはそういうと私にたくさんのクッキーを差し出した。
側にいたガイの目が輝く。
ジト目で睨みつつ、クッキーを受け取った。
久々に下に降りて来たが、拠点をまんまる屋敷にしてからは、2人ともあまりこっちに来なくなった。
それでも気配を感じるので、まだこの街にとどまっているのはわかっている。
失恋自覚したので、オーガストには絶対会いたくない。
レオン様にも然り。
だって、やだもん。
レオン様見ても思い出して泣けてくる。
口を尖らせたまま、また泣きそうになるのを堪える。
いかんいかん。
泣いたらダメだ。
何これ辛い。
失恋って辛い。
体が2倍ぐらい重くなったような。
…くっ、これが心の重さだったのか…。
人っぽい感情が芽生えたかと思ったら、心がこんなに重いだなんて…知らなかった!!
悲しさを誤魔化すようにボリボリと無言でクッキーを食べ始めた。
クッキーが勢いよくなくなっていくのを、ガイが心配そうに見ている。
これはクッキーの心配をしているのだ。
何故ならばガイは甘党だから。
目線がハラハラ小刻みに震えて来たので、そっと半分渡す。
…失恋のせいで、食べ過ぎてまんまる2号になっても困るんで…。
「…ねえ、サム。
失恋したら何したらいいの?」
頬杖をつき、サミュエルを見つめた。
私の問いかけにひどく驚いた顔をして、目を見開いたまましばらく動かなかったが。
動きだしたら途端に、目尻を最大限に下げ、私を指差して笑い出した。
「あー!!いうんじゃなかった!!
サミュエルに言うんじゃなかった!!!」
「うひいい…!まぁ、そう言うなって。
なんだっけ?失恋だっけ?
…てか誰に失恋したんだよ!!エイプリルが…失恋…!うっははははh!!」
「あああ、もう帰れ!!2度とくんな!!!」
真っ赤な顔して立ち上がり、怒りを爆発させる。
猿のように唸り、足をバタバタとさせた。
「もういい!もういい!!バカあああ!」
半分泣きそうに叫ぶと、距離をとって見ていたガイが動くのが見えた。
それに合わせてかサミュエルが、笑い泣きした目尻を拭いながら『まぁまぁ』と私の肩をポンポンっとした。
「エイプリルは誰に失恋したんだ?事と次第によってはお兄さんが敵討ちをしてあげよう。」
「…そう言う冗談はもういらないんだけど?」
じっと涙目で睨む。
そうすると観念した様に肩をすくめた。
「リルはさ、失恋したから家出したの?」
「…違う。」
「なら失恋はいつ気がついたの?」
「…昨日。」
「ふうん、そうか。」
サミュエルはそう呟くと、じっと顎を持ち考え込んだ。
「…いいこと教えてあげようか。
リルがいなくなってからね?オーガストのバカが婚約したんだよ。」
ピクリと私の体が反応する。
何もしていないのに変なところに力が入る感じ。
小さくても震えてくる。
サミュエルは顎に手を当てたまま私の反応を見て微笑んだ。
「まぁ、その婚約はね。
スタインバークの指示で『ミティア・ハートテイル』が相手なんだよねぇ。
オーガストは勿論、断ったみたいだけど。
スタインバークはそれを認めず、ミティア・ハートテイルをディゴリーの屋敷に押しかけさせた。
…いいの?リル。
オーガスト、取られても。」
「…!?」
驚いてゆっくりと振り向いた。
「俺はね、ずっと小さい時から2人を見てたから。
2人が結ばれたらいいなって思ってたんだよ?」
そう言うと寂しそうに笑った。
「…でも、どうすることもできない。
私が帰ったところで、ラルフ様と結婚させられる。
ラルフ様が何故ハートテイル様をオーガストに押し付けるのかわからないけど、私が帰ってもできることはない…。」
「本当に!?」
不意にサミュエルが声を荒げる。
その声に体がまたビクリとした。
サミュエルは喉を押さえ、声を整えまた続ける。
「…本当にもうそれでいいの?
一生後悔しない?」
「…後悔なんてわからない。
でもただいまはどうしたらいいかなんてわからない…!」
両手で顔を覆って頭を振った。
私の態度に明らかにサミュエルから苛立ちを感じる。
分かっているが、でも。
…失恋の重さに何も考えられなかった。
「…もう俺が知ってる空気が読めない『エイプリル』はいないのかな…?」
サミュエルがボソッと呟く。
その言葉にまた胸が締め付けられたが、ギュッと自分の胸元を掴んだまま動けなかった。
その私の背中に小さく息を吐く。
「…エイプリル、邪魔したね。
それじゃあ元気で。」
『…待って』
声が出なかった。
私にはサミュエルを追いかける資格なんてない。
ただ、どうする事も出来ずに、扉から出て行く彼の背中を目で追った。
「…どうすればいいんだよ…。」
私が呟いた。
ガイがそっと側にきた。
そして私の背中に手を当てる。
背中に置かれた手の暖かさに泣けてきた。
「ガイ、私に優しくしないで。」
私が呟くと、ガイが私の顔を覗き込んで首を振った。
この仕草はオーガストがよくやっていたやつ。
身長もだいぶ私より高くなったのに、下を向くことの多かった私をしたから覗き込んでくる。
首を傾げた様な感じで、私だけが知ってるオーガストのあどけない仕草。
目が合うと嬉しそうに微笑んで、また大きな目で私を見つめる。
そんなオーガストが、私は好きだ。
ジッとガイを見つめる。
私が見つめすぎてガイがだんだん困ってしまうほど見つめた。
「さっきの話、私はどうしたらいいの?」
ガイに助けを求める。
ガイは小さく『うーん』と考えたフリをした。
なぜフリかと言うのは、隠れてあくびを我慢していたから。
ガイがきっとなんて答えるのか分かった。
「「メイはどうしたいの?」」
私とガイの声が揃った。
そして、ガイが私を見て笑った。
「…俺はいつでもメイの味方だよ。
…メイがもういいよって言うまで、ずっと側にいる。」
真っ直ぐに私を見つめた。
私は。
上を見上げ、大きく鼻で息を吐く。
「私は多分まだ足掻こうとしているのかも。」
小さな声で呟いた。
ガイがちょっとだけ悲しそうに笑った。
でもすぐいつもの笑顔を私に向けて、手を出した。
「メイ、弟くんのとこに行こう。
そして気持ちを伝えたらいいよ。」
「…一回失恋したんだから、2回目は慣れる?」
「そんなの慣れちゃダメだって。」
ここまで来てグズグズ言う私の手を引いた。
「フラれるとは限らないよ?」
「…わからないじゃん。」
ガイは私を引いたまま大通りを突き進み、まんまる屋敷へ突き進んだ。
いまだモゴモゴと言い訳する私をよそに、屋敷の呼び鈴を鳴らす。
中からメイドとレオン様の護衛が顔を出し、私の顔を見るなりオーガストを呼んだ。
護衛、なぜレオン様に用事があるとは思わないのだ。
なぜすぐオーガストを呼ぶ…。
空気よめた護衛を恨みがましく睨んでみたが、きっと気づかれていない様子。
オーガストが急いで出てくる。
私を見て微笑んだが、まるで笑い方を忘れた人の様な、ぎこちない笑顔だった。
「オーガスト、あのさ。」
周りが気を利かせてくれたらしく、あっという間に玄関ホールに2人きりになった。
ガイまでどこへ…!!
「エイプリル…、ごめん。
僕はでも、でもね…。」
「…その事は、なんとなくサミュエルが言ってたのを聞いた…」
「…サミュエルが?」
「メイヤーさんのクッキー、届けに、来た。」
何故か言葉が片言に。
いつも喋ってたのに、何故かぎこちない思い。
「そっか。」
オーガストは一言そう言うと、黙ってしまった。
「あの、さ。オーガスト…。
私、気づいたんだ。
それで、伝えたくて…」
「…何を?」
「私、気付いたの。オーガスト、あのね。」
ふと言葉が止まる。
オーガストの後ろに人の気配がしたから。
さっきまでいなかったガイが、気がついたら私の後ろに立っていた。
「…私の婚約者に何か御用?」
鈴のなる様な声が聞こえる。
リンリンとやかましいほど、耳に残るその聞き覚えのある声。
「…ハートテイル嬢…!」
オーガストが低い声で呟いた。
「あら、御機嫌よう。エイプリル様。
私のお姉さんになる方ですもの、心配で様子を見に来ましたのよ。」
コロコロリンリンと笑う。
「ハートテイル嬢…。」
オーガストが唸った。
その声にチラリとオーガストを睨む。
「…あら?何かしら。
あなたが私に意見できる立場なの?」
「…!」
ハートテイル様の威圧的な態度にオーガストが口籠る。
その様子を見て、ハートテイル様は微笑んだ。
「私たちの婚約は逃れられないものだと分かっているでしょう?」
そう言うと、彼女はオーガストの頬を指でなぞった。
ゆっくりと顔を背けられない様に、ゆっくりと。
私の背筋に悪寒が走る。
気持ち悪いものを見る目。
…嫌悪感だ。
この人にオーガストを触られたくない。
怒りも一緒に込み上げてくる。
「…スタインバークのご指名なら、その婚約はお断りですよ。
うちにはそんなリンリンとうるさい嫁はいりません。」
思わず口から出た。
『あっ』と思ったところで遅い。
遅いのだが、ちょっとスッとする。
ふひひひ。
私の小さな嫌味にハートテイル様は顎を突き出し私に持っていた扇子を向けた。
「あら?お姉さまに認めてもらわなくてもいいんですよ。
だってもう私たち、深い仲なんだから。」
私にニヤリと微笑んだ。
一瞬何が起こったかわからなくて、よろめいた。
だって。
だってね。
ハートテイル様、突然にオーガストの首に腕を回したかと思ったら。
そのままオーガストにキスをしたんだ…。




