第50話 オーガストとの再会。
「…なんでいるの…?どうして…」
しゃくりあげながら声をひねり出す。
ギュッと抱きしめながら、オーガストは私を見つめた。
「…ごめんね、…助けに来たよ。」
オーガストの声も小さく消えそうだった。
私はまだ後ろに手を縛られたままだったので、オーガストに抱きしめられたまま身動きも出来ずに、ただ泣いていた。
扉の向こうが慌ただしくなる。
バタバタと人がたくさん近づく音がすると、レオン様の騎士たちが集まって来た。
そこでやっとオーガストの腕から離れ、縛られた手のチェーンが外してもらえたのだった。
オーガストがそっとフードを脱ぎ、私にかけてくれる。
そしてそっと肩に手が回った。
そのまま颯爽と屋敷から出ると、玄関の出たところで、まんまるが前手に縛られて転がされていた。
転がされたまま私を見ると、舌打ちをして睨んできた。
「おい、私はこの女に騙されたんだ!
コイツに成りすましの提案を私に持ちかけられて…!
私は騙されただけなんだ…!!」
オーガストがまんまるを睨む。
一瞬躊躇したが、それでも懲りずに訴える。
「坊ちゃん!!
この女が…」
最後まで言い終わる前に、転がっているまんまるの鼻スレスレを、オーガストが踏み抜いた。
『ヒィ』と小さく呻き、仰け反るまんまる。
私を指さそうとしていた手を震わせた。
オーガストはすかさずその指を握った。
そしてゆっくりと顔をまんまるへ傾けた。
「…この女…?
お前は何様なの?」
「…へ?」
オーガストを間抜けな顔で見つめるまんまる。
それを見ながら口を歪ませ、怒りを押し殺すようにように微笑んだ。
「この『女性』は正真正銘のうちの姉、エイプリルだ。
お前は領主の娘を誘拐、監禁し、暴力を振るい怪我をさせた。
…これがどういうことか、わかるかな?」
『なッ…』と小さく言った後、口を開けて放心状態のまんまる。
まさかの本物。
その本物にずっと成りすましを強要していた事実。
まんまるは私とオーガストの顔を見ながら、何も言えずにガックリと項垂れたのだった。
玄関でそんなやり取りがあった中。
息を切らしたレオン様がガイとやってきた。
「…エイプリル…!よかった、見つかって!」
そういうとレオン様は私に触れようと手を伸ばす。
だが。
オーガストがそれを身を呈して拒んだ。
「…エイプリルに触らないでいただきたい。」
「…君は今の状況がわかってるのか?
彼女は君から逃げていたのではないのか…?
そのセリフは私のセリフだ。」
レオン様がそういうと、乱暴にオーガストから私を引き離そうとしたが、オーガストが頑なに私を背に隠し譲らなかった。
押し問答をする中で、折れたのはレオン様の護衛たち。
レオン様が怪我したら危ないしね?
さっさとレオン様は引き下がらせられた。
…納得できない顔。
レオン様という壁がなくなると、ガイと目が合う。
悲しそうな顔をして微笑んでいた。
「…ガイ?」
思わずガイを呼ぶ。
ガイの側へ行こうと、足を前に出す。
だが直ぐに私の声にオーガストが反応する。
「エイプリル!!」
叫ぶような声で私を呼び、再び腕の中へ。
「…ダメだ、もうどこにも行かないで。」
私の目線はガイから外れない。
ガイは泣きそうな顔でもう一度微笑んだ後、私に背を向け、お店の方へ歩いて行った。
オーガストに抱きしめられながら、ガイを目で追った。
姿が見えなくなるまで、ずっと。
「…帰ろう、リル。」
オーガストが呟く。
…それは、何処へ?
思わず聞き返そうとして辞める。
まんまるも護衛と自警団の人達に連れられて去っていった。
ついでに屋敷のメイドさん達も何人か事情聴取で一緒に連れて行かれる。
屋敷の前には誰もいなくなった。
朝早くに連れ去られたのに、もう太陽が高い位置にある。
いい加減抱きしめられているのも疲れ、抜け出そうと手でオーガストを押しのける。
オーガストが拒絶された子犬のような顔で私を見た。
「…離れないと話もできないでしょ…?」
思いついたばかりの言い訳を言うと、素直に信じたようで困ったように俯かれた。
とりあえずこのまま店に戻ろうと、オーガストを連れていく。
静かなところで話がしたい。
とりあえずオーガストと。
終わったらガイとも。
そしてレオン様に口止めを。
…まぁもう無理か。
隠したところでもう遅いだろう。
どうせあのまんまるは城にしょっ引かれるんだ。
そしたら否応無しにもラルフ様の耳にも入ることだろう。
明日の夕刻にはきっと馬を駆けてこの街へ飛んでくるはず。
それまでには…どうにかしなきゃ。
オーガストが私の袖をきゅっと握ってきた。
私はそれを懐かしくなり、思わず笑ってしまう。
小さい頃、よくオーガストが私の袖を持ってついて歩いてたのだ。
まだ私の方が身長も高くて、オーガストと手をつなぐと歩幅が合わなかったので、距離を少しとるのに、私の袖を掴むのだった。
「その癖、懐かしい。」
「…え?」
オーガストが私に首をかしげる。
無意識でやってる方はきっと、指摘されるまで気がつかないだろう。
そんな癖があることも、私だけの楽しみだったから…。
「…エイプリル?何が?」
私はもう一度1人で笑うと、『内緒!』と袖を握った手を取り、店まで走った。
訳分からず手を繋がれ走っているオーガストを見て、また笑った。
お店につくと、レオン様、ガイ、イオさんが並んで立っていたので、軽く驚き入る事を躊躇した。
ガイをジッと見つめるが、視線が合わない。
余所余所しくイオさんと何かを話していた。
なんだかムッとする。
ムッとすると言うか、イラっとした。
…同じか。
同じだけど。
…ガイは1人で何処かに行くつもりなのかもしれない。
そんな考えがよぎる態度だ。
なんともわかりやすい。
だが、私は逃さない。
1人で何処かへ行かせるなんて、させない。
ガイを睨みつける。
私の殺気に思わず顔を上げた。
睨む私に困惑するガイ。
まるで小動物のようにオロオロし始める。
「…ガイ、座って。早く。
そこで話を聞いていて。
…逃さないからね。」
ヒョコンとガイの頭に、私にしか見えない垂れ耳が見えた気がする。
クーンと鼻を鳴らす、茶色の大型犬に。
言われた通り、素直にガイは端っこの椅子に座った。
それを確認して、レオン様の前にオーガストを座らせ、円を描くように私も向かいに座った。
「レオン様、オーガスト。
黙って出てごめん。
まず、謝ります。
ごめんなさい、そして、助けてくれてありがとう。」
椅子に座ったままでお行儀は悪いが、私はそのまま2人に頭を下げた。
2人は私の突然の謝罪に困ったのか、お互いの顔を見合わせる。
そして視線が私に戻った。
「…いや、無事でよかった。」
レオン様はそう言うと困ったように頭をかいた。
オーガストは黙ったまま、私を見つめている。
「…どうしてここがわかったの?オーガスト。」
視線をオーガストに合わせる。
間近で久々に見るオーガストの顔。
少し痩せた頬に手を伸ばしたい衝動をギュッと抑えた。
オーガストは私の顔を見ながら眉を寄せる。
「…ごめん、本当は最初から知ってた。
この街にきた時から…。」
オーガストがチラリとイオさんを見た。
オーガストの視線を受けて、イオさんが観念したようにため息をつく。
「…メイ、アンタを拾ったのはそこの坊ちゃんに頼まれたからだ。
アンタがこの街に流れ着いてすぐ、コブがアンタを拾っただろ?
この街は新参者をおいそれと信用しない。
だがそこの坊ちゃんが…」
「イオさん、坊ちゃんはやめてよ。
昔みたいに呼んでいいから…」
オーガストが寂しそうに微笑んだ。
その顔を見て、イオさんがまた、ため息をつく。
「…ショート、が。
アンタを助けてやってくれってうちに頼みにきたんだよ…。」
聞き慣れない呼び方に、オーガストを見つめた。
オーガストは薄く微笑むと、肩をすくめる。
「…名前がなかったからね、チビって事だよ。
エドはグランピー。ずっと怒ってたから…。」
嘘くさい笑顔で微笑んでいるオーガストを軽く睨むと、また何も言わずに肩をすくめた。
「それで、オーガストがイオさんに頼んでくれてここでお世話になったのはわかりましたが、イオさんとオーガストってどんな関係ですか?」
オーガストからイオさんへ視線が移動する。
イオさんは答えない。
なのでもう一度オーガストを見る。
オーガストが視線を外し、俯いたまま頭を抑える。
「この街には昔教会があって、そこに孤児院があったんだよ。
その時この街は表立ってはいい街だが、裏でとても荒れててね。
領主…父さんが良心的に寄付してくれてたんだけど、僕らのお世話にまでお金が行き届くことはなかったんだ。
僕らは食べるために悪いことなんでもやった。
イオさんの食堂からこっそり忍び込んでパンを盗んだり、ね」
オーガストは俯いたままだった。
俯いたまま両手を組み、頭を支えながら話を続ける。
「物心ついたらもうそんな生活だった。
生きるために盗んだし、エドと胸張れない事もやった。
みんな必死だった。
そんな時、レイモンド様とローウィン様がラルフ様を連れ、孤児院にやってきたんだ。
ラルフ様のお世話をさせる子供を探しに。
孤児院が領主の思いと違う事に金が流れていることを見破り、教会の神父や金の管理していたおっさん達を捕まえてくれたんだ。
そこで俺たちは自由になった。
悪いことをする必要もなくなった。
…スタインバーク家に、俺たち全員助けられたんだよ…。」
「なんでスタインバークがうちの領地に…?」
よその領地にくる元王族の気持ちがわからない。
なぜピンポイントにここだったのか。
私の疑問にオーガストがゆっくりと続ける。
「もともとここはザラ様とローウィン様、パウエル様の思い出の地だったからね。
ここの山を抜けると隣の国になる。隣の国に留学していたお二人とザラ様がお会いになる時にこの街が待ち合わせの場所だったとかで、ここはよく来られてたらしい。
ザラ様がここの治安をとにかく気にかけていたのもローウィン様を動かしたのかもしれない。
…まぁ僕が思いつく理由がこんな感じしかないけど…。」
母親はなぜここに通っていたんだろうか。
治安が悪いなら男爵とはいえ令嬢がホイホイ来れる場所でもなかっただろうに。
パウエル様が好きだったのか、それとも。
今となっては誰にもわからないこと。
私はジッとオーガストを見つめた。
オーガストも顔を上げて私を見る。
「…エイプリル、帰ろう。
…ウチに、帰ろう。」
そう言って、オーガストが私に向かって手を差し伸べた。
みんなが私に注目する中で、私はそっと口を開いた。
いつもありがとうございます。
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