第4話 ヒロイン登場。
清々しい朝。
いつもの時間に起き出して、お支度中です。
「お嬢様の髪の毛は本当に綺麗な色ですねぇ」
私の髪の毛を整えてくれながら、メイヤーさんが言いました。
「でもくすんでないかしら?こないだアルド様に『お前のは金色ではない、砂の色だ』と言われたんですけど」
メイヤーさんの笑顔がピクリと固まる。
途端に目から笑みが消える。
顔はさっきと変わらない笑顔なのに。
「あのおツムの足りない『元』婚約者の事は早くお忘れになってね。
お嬢様にはもっといい人がおりますとも。
この際サミュエル坊っちゃまでも、もしくはオーガスト坊っちゃまでも宜しいかと。」
「オーガストは弟だから結婚できないですよ」
「まぁまぁ、なにをおっしゃっているの。血は繋がっておりませんから、旦那様がよそに嫁に出すぐらいなら、オーガストに!なんておっしゃっていましたよ」
『ホホホ』と上品に小さくメイヤーさんが笑う。
サミュエルもオーガストも、こんなとこで話題に出されて可哀想に。
こんな地味な私の婚約者なんて死んでもごめんだろうに。
私はなにも言わず、ただ微笑んでいた。
言い返すと、メイヤーさんは話が長くなる。
遅刻してしまうからだ。
急いで着替えをして、馬車に乗り込む。
「おはよう、エイプリル。」
朝一発目にオーガストのキラキラスマイルは目が開かなくなる。
眩しくて。
まだ15歳。
小さい頃から女顔だったことを気にしていたが。
思春期を迎え、声も変わると。
ドンドンと色気ある男子へと変わっていく途中。
「長い睫毛に色白だし、前髪長すぎるかな?」
「睫毛の長さも肌の色も、リルと一緒でしょ…?」
あら、声に出してましたかね?
しまった。
オーガストはにっこりと微笑み、私の向かいに座りました。
「昨日は僕が用事で先に出ちゃったからあんな事になったんだから。
絶対一緒に行こうね、これからずっと。」
「昨日?何かありましたっけ?」
なんだっけ?と首をかしげると。
オーガストは『うはっ』と、吹き出しました。
「忘れてるんならいいよ、その方が。
てか、前髪長いの嫌い?」
私の手を取り、自分の頬に当てる。
そして上目遣いである。
あーざーとーいー!!
これはわざとか!?
いや、姉の私にこんなことしても得にもならないはず。
という事は、天然か。
「ううん、長めでもいいけど。
オーガストは私が守るから、安心してね。」
姉の私がオーガストを守ってやらねば。
この色気に男子までも魅了されたら。
オーガストの貞操が危ないのではないか。
姉の私に任せて。
きっとあなたの貞操は私が守ってみせる。
「うん、またどっかに意識がいってしまったね?」
「うん、任せて。」
「あはは、ほんと退屈しないな、エイプリルは。」
ニッコリと微笑むオーガスト。
私はブツブツと、如何に彼の防衛を強化出来るかを必死でひねり出し始めた。
ライオンを飼おう。
そしてそれをリードつけて連れて歩けばいいんじゃないか?
馬車が着く頃それを提案したら、速攻で却下されたけど。
ライオンって飼い主も食べちゃうって本当!?
今日は2時間目と3時間目は授業を聞けた。
あとは何故だか覚えていません。
おかしいな。
私の中にもしかして2人いて、入れ替わっているのだろうか?
それはなんて…美味しいのだろう!!
私の中に2人いて、入れ替わって授業を受けているなら。
あっちに全部の授業を受けてもらって、テストが終わってから自分に戻ればいいのでは?!
私はその間色々考えることができるではないか。
なんて美味しいのだろう。
というか、もうひとりの私と、どうやってコンタクトを取ろうか?
そんなことを考えてたら、気がつくと中庭を歩いておりました。
「あれ!?」
「エイプリル、やっと気がついた?今日はサンドイッチだったけど、上手に運べてたかな?
どこか詰まってない?」
「…詰まってない。え?いつ私サンドイッチ食べたのです?」
「…詰まってなかったらいいんだ。お茶も飲まそうとしたら、口の横からダラダラ漏れてたから断念したんだよね。流石に外で口移しで飲ませるのは出来なかったから…」
少し頬を染め、ハニカミながらオーガストが俯いた。
…外では?
……家ならやってんのか?
待って、そんな記憶はないですよ!?
ハッ!!!
もしかしてもうひとりの私にはあるのかも!
「オーガスト、聞きたいのですが。」
「ん?どうした?」
首を傾げ、私を覗き込む。
「私の意識がないときに、もうひとりの私と会話したことないですか?」
「えーっと…。…ん?もう一度言って?」
私はさっき思いついた説をオーガストに意気揚々と伝える。
まるで素晴らしい発明をしたかのように。
オーガストはしばらく目を丸くして私の話を聞いていたのですが、壮大に吹き出したのだった。
「え?それで、リルはずっとボーッとして意識をなくしているんじゃなくて、意識がない間はもうひとり自分がキビキビ活動していると思ってたの??」
あんまり笑うので、私の頬はフグのように膨らんだ。
「ごめん、でも、発想が…ななめ上、すぎて、僕ちょっともう、ダメ…!」
ちょっともうダメとはなんだ。
なんだと言うんだ!
そんなに笑うことだったのか!?
顔がみるみる赤くなる。
フグと言うより、今度はトマトだ。
赤く熟れすぎた、トマトのように膨らんでいる。
中庭のベンチで転がるように笑うオーガストを、黙って怒りながら見つめていた。
「オーガスト様…!」
後ろから鈴を転がすような声がします。
関係ないのだけど、私。
実は鈴はあまり好きではないのです。
何故なら昔、イノシシを避けるのに張り巡らされた鈴に、私が引っかかったことがあるから。
あれは足に絡まり、コケたところを身体中に巻きついてきて、大変な思いをしまして。
その間ずっとリンリンと。
あちらこちらで鈴が鳴っていた。
そんな悲しい思い出を記憶から呼び出すからですね。
おおっと、私がボーッとしている間に、私を無視して鈴を転がすようなハートテイル様がやってきました。
「昨日はサミュエル様と一緒に助けていただいて、ありがとうございました。」
そう言うと、私のハンカチを差し出す。
「この刺繍、ディゴリー家の刺繍でしたのね。昨日はサミュエル様にお礼を言った後に気がついて…。
こちらありがとうございました。」
オーガストは怪訝そうにハンカチを見つめ、ハートテイル様を見つめました。
「そのハンカチは姉のものです。お礼なら、姉に。」
いつもは笑顔を振りまくのに、どうした事でしょう?
一切1ミリも頬が緩みませんね。
ハートテイル様は『まぁ』と小さく呟かれ、私の方を見ました。
そしてハンカチを差し出すと。
「そうでしたのね、はいコチラ返しますね。」
私のハンカチからはとてもいい匂いがします。
なんでしょうねぇ?この匂い。
とても女の子ー!!な匂いです。
私も見習わなくてはいけませんね。
じっとハンカチを観察していると。
ハートテイル様は眉を寄せ、ヒクヒクと頬を引きつらせておりました。
ハッ!!
いかん。
受け取らねば。
私はそっとハンカチを受け取りました。
お礼を言おうとすると、直ぐにオーガストの方へと向かれました。
ソッと匂いの根源を探ろうと、受け取ったハンカチに鼻を近づけましたら。
あっという間にオーガストに取られてしまいました。
「リル、これは僕が処分…預かっておくね。
ハートテイル嬢もわざわざ有難う。…もう宜しいですか?」
「え?ええ、でも。助けていただいたお礼に、サミュエル様と一緒に我が家に招待をと…」
ハートテイル様はそう言うと、同じくいい匂いのする封筒をオーガストに差し出しました。
「…これは?」
「我が家のお茶会の招待状ですわ。良かったら是非。」
「ごめんなさい。
僕、姉の世話で手一杯なんです。
なので僕個人のお誘いは、なんであろうと全部お断りしていますから。
…サミュエルは知りませんけど。」
「え?あの…では…」
「あ、だからといって姉を誘うとかやめてくださいね?
伯爵様のお茶会など、出席できる身分ではありませんしね。」
「そんな…。身分なんてそんな事…!」
「いえ、僕が気にするのです。なので、絶対に、姉を、誘うなよ?」
私の位置から見えませんが、オーガストが『壁ドン』でもしているように見えますね!
とうとう鈴の令嬢の美貌にやられてしまいましたか!?
ワクワクしながら見つめていると、チラリと振り向いたハートテイル様がすごい顔してこっちを睨んでいました。
思わず恐ろしかったので目をそらします。
逸らした方向少し後ろに、アナスタシア様が見えました。
とても遠くに。
ああ、成る程。
あんな怖い顔していたのは、アナスタシア様を見ていたのですね!!
…すっごい視力がいいのですねぇ?
結構遠いのに。
私は何度もハートテイル様と遠くに見えるアナスタシア様を見比べました。
するとドンドンとハートテイル様のお顔が険しくなり、段々と殺気を帯びてきましたよ!
これが女の揉め事の上位。
『修羅場』と言うやつですか!
修羅場も目撃できるなんてー!!
私はなんてラッキーなんでしょう?
私はニッコニコと、睨むハートテイル様を見つめます。
そんな私にハートテイル様は溜息をつき、別人のような顔でオーガストに微笑みました。
「そうですか。
でもまた懲りずにお誘いします!
私、オーガスト様の事、よく知りたいんです。」
私の時とは違う、何かを醸し出したような上目遣い。
顎に軽く握った拳を置いて、ウルウルと瞳をハートに表して。
くぅぅ!勉強になりますね!
これが本当の上目遣いです!
おもむろに私はメモを取ります。
そんな私をよそにハートテイル様は、豊満なお胸をグリグリとオーガストに擦り付け、マーキングし始めました。
すーばーらーしーい!!!
これが女子です。
私、感動しています!!
こんな間近で可愛い女子のテクニックを見れるなんて!
あれ?オーガストはコチラに背を向けているので、よく表情が見えませんね?
どんな顔をしているのでしょうか?
これは男性にとってはドキドキする仕草なのでは!?
ヒョコヒョコと左右に揺れて、オーガストを覗こうとしましたが。
この位置からだと全然よく見えないのでした。
ヒョコヒョコ、ぴょんぴょんと。
懲りずにオーガストを覗き込もうとして。
「おい、落ちたぞ。」
私の後ろに影がかかります。
ゆっくりと声の方へ振り向くと。
私の大事な手帳とペンを持ち、こちらを見ている方がいました。
「ああ、それ私のです。」
返して欲しくて両手を出します。
『チョウダイ』のポーズですね。
『落ちたぞ』といった割には拾ってくれた方は手帳を返してくれません。
首を傾げ、逆光でよく見えなかった方を、近くで見つめます。
クセのある緩やかなウェーブのかかった銀の髪に、金の瞳。
うーん、どこかで見たことありますねぇ?
どこだったのでしょう?
「ラルフ・スタインバーグ様!!」
鈴がリンリンと叫びました。
オーガストの胸に擦り付けていた体を、ピョンと跳ねて私の横にやってきました。
オーガストも振り向きます。
おや、なんだか表情が恐ろしい顔で固まってますね?
何があったのでしょうか。
「このノートは誰のだ?」
「ですから、私のです。」
金の瞳が静かに私を捉える。
とても綺麗ですね。
うちで取れるタイガーアイのような。
でもこの目は虎ではありません。
オオカミ…。
私はその目に釘付けとなったのでした。