第39話 タイラーとレオン。
タイラー様は無言で見つめるレオン様の頬を撫でた。
「あんまり遅いから探し回ったぞ、レオン。
こんな時間まで生徒会の仕事か?」
レオン様が静かに首を振ります。
「キーオから早く帰れと言われなかったか?
伝言を頼んでいたんだが。」
「…そういえば、言っていたような…。」
「今日は久しぶりに俺が早く帰るから、一緒に夕食を食べれる機会なんて少ないだろう?
だから早く帰れと言ったんだぞ。」
「…そうでしたか。」
「どうした?なんだか頬が赤いぞ?
熱でもあるんじゃないか?」
そういうとレオン様の額に手を置こうとして私にゴツンと腕が当たりました。
…いやこの状況で、弟だけしか見えてないのかまさか…!
私がじたばたと暴れる中、いまだ離されないレオン様の腕をつねった。
「ん?レオン。その抱いてるものはなんだ?」
腕が当たってやっと気がついた。
なんだって、知ってるだろう…!
こないだめっちゃ睨んでたし!!
レオン様の視線が私に向き、唇が揺れる。
「大事な…、」
「友人です!!!」
レオン様の言葉を遮る。
レオン様は今とても冷静に考える余裕がないと思う。
絶対ないと思う。
だって目つきおかしいし!!
だから、私、答える!
カタコトになる言葉を必死につなげる。
ともかく早く離してー!!
じたばたしていると、いとも簡単にレオン様から私を引き剥がした。
タイラー様!!!ナイス!!
私の好感度がちょっとだけ上がる。
べちんと床に投げられましたが、今は感謝しかない。
意外にいいやつか!
お尻は痛いが、助かったー!
そう思って慌ててワタワタとレオン様から遠ざかろうとする。
レオン様はまるで刷り込みされた雛鳥のように、剥がされた私を求め、捕まえようと両手を出した。
私は慌てて後ずさる。
伸ばされた手はタイラー様に掴まれた。
「帰るんだ、レオン。俺と一緒に。」
「そうです、もう帰りましょう!暗くなってきたし!!」
「…エイプリルを連れて帰るなら。」
「ダメ!絶対!!」
私が叫びました。
タイラー様が私をすごい目で睨みます。
「おい、お前。なんで邪魔をする?」
「してません!一切してません!!
むしろ私はあなたの味方です!」
「エイプリル、一緒に帰ろう。」
「お前、まさかレオンを…?」
グリンとすごい目で振り向き、私を見る。
刺すように見る。
目で殺される。
「私は無実だあああ!」
「…お前とは一回ゆっくりと話すべきだとは思っていたが…まさかレオンに手を出すとは…!
目的はなんだ…。さあ言え!」
床を後ずさる私に、タイラー様が詰め寄ってくる。
背中が壁に付く。
タイラー様の靴が、私のスカートの端を踏みつけた。
ハイ。
私、終了のお知らせ。
思わず自分を庇うように頭を抱え丸くなった。
「やめてくれ。」
「あ?」
「エイプリルには手を出させない。」
「…レ、レオン?」
レオン様は私の前に立っていた。
タイラー様が振り上げた手を掴みながら、タイラー様を見ていた。
「レオンお前はこの女に騙されている。
すぐ俺が魅了を解いてやる。
…だからこの手を」
「…離しません。」
レオン様は静かに強い目でタイラー様を見つめました。
その目を見て一瞬苦しそうな表情を浮かべましたが、すぐ笑顔になりました。
「そっか、友人だからね。ごめんごめん!
兄ちゃんちょっとお前が心配で勘違いしちゃった。
君も、ごめんね?怖がらせちゃって。」
タイラー様はそういうと、私に手を差し伸べる。
その手を見つめはしたが、取ることの恐怖。
流石に躊躇して固まっていたら、レオン様が代わりに私の手を引く。
立ち上がる私を、差し出した手を握りしめ見つめていたタイラー様。
「レオン。…その子を馬車まで送ったら、一緒に帰ろう?」
ゆっくり握りしめた手が下げられ、後ろに隠される。
あまりに強く握りすぎて、赤いものが滲んでいる。
「送ったら、帰ります。」
「ああ、一緒にな。」
「兄さん、ごめんなさい。ちょっと1人で色々考えたいので、1人で帰ります。」
「…レオン!!!」
レオン様の言葉に、タイラー様は感情をぶつけるように声を出した。
呼び止められ立ち止まったレオン様だが、視線をタイラー様に向けると、頭を下げる。
「すみません、兄さん…」
「俺の目を見て言え。」
「俺を大人しくさせるからですか?」
「レオン!!」
思わずびくりと私の体まで強張った。
蛇に睨まれたカエルのように、動けない。
恐怖で足も震える。
それを気がついてか、レオン様が私の肩を抱き寄せた。
「…ごめん、大丈夫だから。」
小さな声でそういった。
「レオン、俺はこの力を一度もお前に使ったことなどない。」
「…知っています。
俺は兄さんに助けられたんですよね?」
「だったら何故!?」
「王妃からの呪縛から、俺を正気にさせたのは兄さんだったんですよね?」
レオン様の問いにタイラー様は黙ってしまった。
先ほどまでのビリビリした空気が、少し弱まるのがわかる。
「兄さんが俺を守ってくれていた…。」
レオン様の声が詰まった。
「…だったら何故俺を拒絶するようなことをいうんだ…!」
「拒絶ではなく、独り立ちです…!
兄さんが守ってくれてたことを気づけたのも、エイプリルが教えてくれたからなんです。
だからこそ、彼女が俺にとって大事な人になった。
兄さんに守られてばかりでは、いつまでたっても俺は負けてばかりだ…。
そろそろ自分で立ち上がらなければ、俺は自分で立ち上がれる人になりたいんです!」
レオン様は静かに私を連れて生徒会室を出た。
後ろを振り向くと、タイラー様がただそこに立ち尽くしていた。
ずっと、ただそこに。
レオン様に背中を押されるように歩く私は、その姿をいつまでも見つめていた。
タイラー様もずっと私を見ていた。
お互いの姿が見えなくなるまで、ずっと。




