第37話 キーオ王子を尾行します。
レオン様の後をトボトボとついて歩いていると。
1年生の校舎の前にキーオ様がお友達と一緒にいる所を見かける。
思わず2人で木の陰に隠れました。
極力見つからない様にコソコソとキーオ様を見つめます。
何やら呼び止められて、数人の女生徒から贈り物などを押し付けられている様な状態。
「あれは、どういう状況?」
小声でレオン様がつぶやきます。
「多分ですけど、キーオ様に花嫁授業の実習で作ったお菓子を渡そうとしていますね。
あーいうのは気安く受け取らないほうがいいですよ。大概狙った男子に一服持ってます。」
「…一服!?」
「あ、殺害の方ではなく、催淫の方かいわゆる惚れ薬とかね?」
「…!」
レオン様はひどく怯えた顔で固まった。
構わず私は続ける。
「うちの商会では扱いはないんですけど、サミュエルんとこは扱ってたはずですしね。
女の子はみんなハンターなんですよ!」
「…」
固まったまま、顔がこわばり青ざめていく。
…なんか覚えがあるんでしょうか?
そのまま考え込んでしまいました。
…ご愁傷様。
思わず手を合わせる。
「ありがとう!後でゆっくりと頂くねぇ」
「あの、出来たら今、味を見てもらえませんか?」
食い下がりますね。
あの子も必死の様です。
キーオ様はただいま婚約者もいないフリーの状態。
そのポジションを取るのにマウント中です。
惚れ薬なり何なりが成功すれば、この可愛らしい赤毛の少年がもれなく自分のものに!
もしくは親にでもそそのかされたのでしょうか?
数人の少女たちは我先にと、可愛く包装された袋を渡します。
「うーん、僕お腹いっぱいなんだけど…」
キーオ様は困った顔でチラリと後ろに控えた男子生徒を見ました。
1人が差し出された袋を受け取ろうとすると。
「こ、これはキーオ様に直接渡したいんです!!」
さっと手を引かれる。
困ったキーオ様のお友達。
「あの、私が代わりに預かるだけですから…」
「そう言って食べてくれないのでしょ?」
女子生徒も負けていませんね。
後ろの子も『そーよそーよ』なんて言ってます。
アレにアレが入ってるとするならば。
何としても食べた後で、自分を見つめてくれないと効果がないだろうし。
それとも髪の毛とか溶かして入れるタイプなら、食べれば確実にいけるので何としても食べるのを確認したいのか。
逆にこの数名分の惚れ薬をもしキーオ様が食べたらどうなるのだろうか?
全員を好きになるのだろうか?
それとも一番初め?一番後?
薬が一番強いやつ?
どのみち私なら食べたくない。
絶対体にも脳にも悪そうだ…。
「…あれはいいのか?黙って見ているべきではない様な…?」
意識を取り戻したレオン様が口を開いた。
「ああ、見てて大丈夫です。キーオ様はそこまでおバカさんじゃなさそう。」
「え?」
私は静かに指をさした。
「…うーん、後で食べるがダメなら貰えないよ…。だって僕お腹いっぱいだし!」
そういうとニッコリと微笑んだ。
「お腹いっぱいだから食べられないんだ。わかってくれるかな?」
ゆっくりと微笑みながらお菓子を差し出す女の子たちを見渡した。
しばらくすると女子生徒は諦めた顔で、引く者と男子生徒に預ける者と別れ、去っていく。
それを見つめるキーオ様たち。
彼女たちの姿が見えなくなると、男子生徒がキーオ様に話しかけた。
「これ、どうしますか?」
おずおずとお菓子を差し出した。
「…君、食べてもいいよ。ただし99%の確率でいろんなもの入ってるけどね?」
そういうとクスクスと笑った。
「…キーオも分かってたのか…!」
「そうですね、知らなかったのはきっとレオン様だけですね!」
私がそういうと、見事に肩を落とした。
聞きたい。
食ったのか、聞きたい。
そしてその後に何があったのかを。
ああ、聞きたい。
この王子、どこぞの令嬢に頭からバリバリと食べられたんではないだろうかということを…。
私の視線に気がつき、ハッとした顔をして首を振った。
「…何もなかったからな…!そんな目で見るな…!」
「…何ならあったんです?」
「食した後息苦しくなって、生徒会室のソファーで横になっていたら…気がつくと目の前に知らない女性がいた…。」
「ブホォォお!!」
「なっ…!ブホとは何だ!!」
「…失礼。それからどうしたんです?」
「直ぐに兄が来てその女性を連れて行った。」
「…すげーな、タイラー様…。弟危険センサーついてるなきっと…。」
「センサー…」
思わずレオン様の喉がゴクリと喉がなる。
「そういえば、どうだった?キーオも兄と同じものが使えると思うか?」
「うーん、今のだけだと『魅了』はしてませんね。普通に説得して断ってましたし。」
「ならばキーオは無いと考える?」
「答えは急ぐべきではないですよ。しばらく追わないとわからないという事です!」
「そうか…。」
レオン様はそういうと黙ってしまった。
そのまま昼休みが終わり、教室に戻るのにそこで別れた。
そういや放課後どうするのか聞いてなかったなと思いながら、午後の授業を聞き流した。
放課後、メー様はアナ様と話すのに夢中だった。
よし!いまだ!
お昼休みいなかった事でどこに行ってたのかとしつこく聞かれたこともあり、早々に教室から出る。
アナ様の前でレオン王子のことあれこれ言いたくないしなぁ。
カバンを前に抱えたまま、左右確認しながらコソコソと階段を降りていく。
何とか下駄箱から靴を回収し、1年生の教室へ。
流石に2年が1年の教室にウロウロするのは変なので、隅っこから見守る。
遠くから赤い髪の毛が教室を出た所を待って、2年生の教室へ向かう方の階段の隅に隠れた。
3ー4人の男子生徒と一緒に、楽しそうに笑いながら下駄箱に向かう。
昼間一緒にいた顔ぶれだ。
きっといつも一緒なんだろうなと思いながら、様子を見る。
キーオ様は明日の授業の予習の質問を1人の男子生徒にした。
その男子生徒はその質問をパッパと計算し、答えを伝える。
キーオ様はそれを嬉しそうに微笑み、お礼を言った。
うーん。
一言でいうと、すごくいい子だと思う。
友達も王子だから慕っているという風でもない。
本当に仲の良い友達。
信頼関係も出来てそう。
これは『何日も追わなくていいかもしれないなぁ』なんて思っていたところで、レオン様に見つかった。
「エイプリル!教室に行ったらもう帰ったと聞いて、慌てて追いかけて来たんだぞ!」
私の姿を見つけるなり結構な声のトーンで話しかけたので、速攻でキーオ様に見つかった。
…私が上手に隠れた意味!!
「あれ?レオン兄さんとエイプリル嬢?
こんなとこで何やってるの?」
階段の隅で2人で話している状態。
全くもって怪しい。
思わず半笑いでレオン様を見る。
まさかキーオ様がいるとは思ってなかったレオン様は動揺したようだ。
「ぐ、偶然だ!偶然ここで会ったんだ!」
明らかに偶然じゃないことぐらいわかる光景。
だって追いかけてきたとか言ったし。
キーオ様がポカンとした顔で首を傾げた。
「…え?兄さん、何が、どうしたの?」
「え…だから、エイプリルとは偶然…」
レオン様もわけわからなくなったのか、首を傾げて言葉に詰まった。
「えっと、実はレオン様から私、逃げてまして。
捕まってしまったようですね!」
「エイプリル何を言いだすんだ!?」
レオン様がまた動揺しながら慌てて私を見る。
…とりあえず黙らせたいよ、この人を。
ジトッと睨みつけて凄んで言葉を失わせる。
「レオン様なんで私がラルフ様と婚約したのかとしつこく聞いてくるんですよ!
そんなに身分差がある婚約が珍しいですかね?まったくぅ!」
ワザとらしくプンと頬を膨らましそっぽを向く。
レオン様も何かを感じ取ったのか、ハッとした顔で目をパチパチとさせた。
「えー?でも僕も気になったよ。どうなの?エイプリル嬢。」
「そこはご想像にお任せします!」
キーオ様は可愛い顔を傾けながら『ええー?』と笑った。
一瞬目がクルリと輝いた。
そして私をもう一度見つめた。
「じゃ、僕だけに教えて?」
キーオ様の目が私を見つめた。
そして微笑み、私に近づく。
キーオ様の黒い瞳が深いグリーンに変わっていくのがわかる。
「…ダメです!」
「エイプリルのケチ!僕も兄さんみたいに呼び捨てするから!」
「…たまに呼んでませんでしたっけ?」
「そうだっけ?忘れちゃった☆」
そういうと私に舌を出して、いたずらっ子のような仕草をした。
そしてちいさく『あっ』というと、時計を見る。
「僕友達待たせてるからまたね!エイプリル、また話そうね!
兄さん、今日は早く帰って来いってタイラー兄さんが言ってたよ!」
そう言いながら、小さく手を振り走っていった。
私は手も振り返すのも忘れ、考え込む。
あれは間違いない。
だけど。
「…エイプリル?」
「はい。」
「どうした?考え込んで…」
「いや、考えをまとめようかと。」
「…纏める?」
私はスタスタと歩き始める。
気がつくと私のカバンはレオン様が持ってくれていた。
どうやら声をかけられた時に、驚いて落としてしまったらしい。
そのまま2人で生徒会室へ向かった。
「で、何が纏まったんだ?」
「いや、まだ纏まってないですけど…うーん。」
私は唸りながら背伸びをする。
ずっと前かがみに考えながら歩いてたので、背中を伸ばして気分転換に。
「キーオ様はたぶん無自覚ですね。」
「無自覚?」
「そうです」
私は大きく頷く。
「自分が『魅了』なんて力を使えると気がついていない。なのでお友達や女子生徒を意のままに操ることはしていないと思います。ですが、会話の中で何か執拗に知りたい事なんかあった時は、無意識に使ってしまっているようです。」
「という事は、キーオも使えるということか…。」
レオン様は落胆するように膝の前で手を重ねた。
俯いて、しばらくそのままで動かなかった。
「…約束通り、話してくださいね。」
私の声に、うっすらと顔を上げた。
その表情はまるで捨てられた小さな子供のような顔をしていた。
そして、小さく頷いた。




