第35話 私の知らない内緒の相談
夜会で色々ありすぎて、なんか色々話が流れた気がするので、整理すると。
今日は学校はお休み。
なので疲れすぎてお昼まで寝ていた様だ。
私は昼食兼朝食をモソモソ口に運ぶ中、目の前にいるオーガストが本を読んでいる姿をガン見している。
昨日サミュエルの商会で買ってきた新刊だ。
この本はずっと出るたび買っている様だ。
そういえば最近サミュエルを見ない。
私がスタインバーク家と婚約したって聞いたらきっとびっくりするだろうな。
そう思いながら、モゴモゴと咀嚼する。
サミュエルは時々こうやってしばらく姿を見ない時がある。
そういう時は大体、本気の女性を追いかけている時か、商会で何かすごく忙しい事が起こっている時。
しばらくすると振られたかなんなのか、よくわからないが『スン』とした顔で、気がつくと戻ってくる。
それがサミュエル。
オーガストはとても真剣だ。
ページの度合いから、物語は佳境を迎え、そろそろ犯人がわかるぐらいかもしれない。
きっとドキドキと読み進めているだろう。
「もー、さっきから何なの!早くご飯食べちゃってよ!」
じっと見過ぎて怒られてしまった。
仕方ないのでモソモソ続きを口に運ぶ。
昨日タイラー様の事、ちゃんと伝えられなかったなぁと。
今はそこばっかりが気になっている。
正直ハートテイル様が異世界人であろうが、私と一緒の前世の記憶があろうがどっちでもいいのである。
望むなら望んだ方がラルフ様に協力すればいいのだ。
昨日だって私は何もしていない。
その場にいただけだ。
こんなの協力でも何でもない。
ラルフ様が一人でやってる事を見守っているだけ。
昨日のことだって事前に何も聞いてなかった。
プリンの謝罪だって聞いていない。
あ、思い出すとまた腹が立ってくる。
スプーンの音が荒々しくなる。
その音にオーガストが本から目を離した。
「リル?どうした?」
「なんでもないよ」
そういうとお皿に残った食べ物を、口の中に一気に流し込んだ。
オーガストは小さく息を吐き、私の頭をポンポンとした。
「…大丈夫?」
ポンポンする手を見つめ、頷いた。
「今んとこ、大丈夫。」
「そっか。」
オーガストは申し訳なさそうに微笑んだ。
「ハートテイル嬢の言ったこと、本当だと思う?」
オーガストの視線が斜めに落ちる。
「本当かどうかはどうでも良くて、もっと別のことで頭がいっぱいかな」
「どうでもいいって…!リルと同じ様にパウエル様がもし行ったことならば、禁じ手が世間にバレてしまうことになるんだよ?」
「逆にさ、そうなったらどうなる?
多分私は何も変わらないよ?」
「『異世界の知識』はこの世界にないものだから、とても貴重な存在になる。
だから誰もが欲しいからこそ、守られなきゃならない。
でも守る力がない場所だと、簡単に奪われてしまう。そうなったら、死ぬまで誰かのために自由がなくなる。」
ふむうと私はスプーンを片手に考える。
「私は私を、自力で守る。」
「そんな簡単じゃないよ…」
「言いたいことはわかる。でも、ハートテイル様が本物かわかるまでは放置していいと思う。
もし本物だとしても、向こうの方が価値ある存在だった場合、私は逆に自由になれる。
そうしたら私はいなくなればいい。」
「いなくなる…!?」
オーガストがびっくりした顔で私を見た。
「ごめん、言い方が悪かった。
人目につかないところでひっそりと生きればいいってことね。
うちの領地の隅で、鉱山の儲けだけを考えて生きればいいわけだから、私はそっちがいいなぁ。
ラルフ様がハートテイル様の方に価値があると思えば、私はまた破棄されるだろうし。」
オーガストは複雑な顔で考え込んだ。
まぁそうだよね。
自分の姉が2回も婚約破棄されたらなんて考えたら複雑か。
ましては2回もされたら、もう嫁の行き手は絶望だろう。
それは別に私は構わないんだけど、お父様が世間から何言われるか…。
だからこそこの婚約制度を廃止して欲しかったんだけどなぁ…。
もう入ってない皿をスプーンでカチャカチャとしていると、メイヤーさんが飛んできて怒られたのだった。
なのでサッサとと自室に戻った。
ヴィヴィアン様のあの反応がとにかく気になった。
あのうっとりとした目。
レイモンド様の横に並んで歩いているときは、あんな目をしてなかったはず。
ハートテイル様がレオン様を追っかけてはいたが、タイラー様を追っかけてはいなかったということは、もしやあの目を気がついていたのか?
もしくはハートテイル様もあんだけパレードしてたぐらいだから、魅了が使えるとか?
1人で悩んだって仕方ないのだが、ヴィヴィアン様が気になって仕方なかった。
ラルフ様に聞こうにも、ハートテイル様の言葉の信憑性をとらなければならないだろうし。
忙しくてきっと連絡はしばらくできないだろう。
となると、だ。
「善は急げというし、明日直で乗り込むか。」
どっちに乗り込むかは、明日のお楽しみ。
『フヒヒ』と君の悪い笑いを浮かべ、私は手帳に計画を記すのだった。
「…エイプリルは相変わらずだなぁ。」
オレンジの伸び切った髪の毛をワシワシと掻きむしりながら、庭から長身の男が現れた。
その姿を見て、オーガストが本を開いたまま、テーブルに逆さに置いた。
「…帰ったの?」
「おいおい、面倒なこと押し付けといて、軽い言葉だなぁ。
もっと労ってもいいと思うが?」
「両手広げて、とっておきの笑顔で迎えたらいいわけ?」
「…胸板柔らかくないやつにされたくないです。」
「サミュエルはワガママだなぁ。」
オーガストはそういうと、微笑みながら頬杖をついた。
サミュエルはオーガストの横にドカリと座り、袋に包まれた物を渡した。
「アルドの浮気調査に、次はハートテイル嬢の男関係。そして次は…」
オーガストがそっとサミュエルの口に手を添えて、見つめた。
「そういう事は大きな声で言ってはダメだって。
誰が聞いてるかわからないよ?」
「そうそう、僕とかね?」
「…エドワース!」
気がつくとオーガストの反対側にはエドエドさんが座っている。
「エドワーズだっけ?」
エドワードはニッコリと微笑んで、サミュエルを見た。
「どうせ適当につけられた名前だし、どっちでもいいんだけどね。
好きな方で呼んでいいですよ。」
エドワードは微笑みを崩さず、弄ぶようにティースプーンでカップをかき混ぜながら続けた。
「しかし凄いよね、老舗の商会の情報網。
まさかあんな使い方するとはなぁ。」
微笑むエドワードとは反対に、表情が曇るオーガスト。
「…僕はあれで良かったとは思えないけど。」
そういうと、深い息を吐いた。
「いや、あの混乱は流れを変えたと思うな。レイモンド様の支持者が現に増えている。」
サミュエルが唇に手を添え、考えるように言った。
「スタインバークが王に咲くときは、レイモンド様が?」
エドワードが嬉しそうにオーガストを見た。
「いや、ラルフ様だ。
あれはほぼ、ラルフ様の案だ。」
「妹を売ってまでやるべきだったことか?」
「それは、…今後の流れ次第じゃないかな?」
淡々としたオーガストに、サミュエルの顔も曇る。
「ともかく、エイプリルに余計なことをさせないことだ。
絶対引っ掻き回そうとするはずだ。」
サミュエルはそう言うと、また頭をかいた。
オーガストが大きく息を吐く。
「それは…僕にも限度がある。」
「だがお前しか止められないだろ?」
口の端を『キュッ』と結ぶオーガストに、サミュエルが真面目な顔で見つめた。
その様子をまた楽しそうに微笑むエドワード。
「…ラルフ様は好きに泳がせて良いとのことだったよ?」
「はぁ!?マジで言ってんの?」
エドワードの言葉に、サミュエルが眉を寄せ立ち上がる。
「マジで言ってるよ。今はみんな自分の家の事ばかりで、大混乱中だ。
人ん家構っている暇もないだろうし、外野も注目しているのはハートテイル嬢だ。
事実確認なんてすぐにできるわけじゃない。
その間エイプリル様が動くことが、きっとのちに自分のためになると、仰っていたからね。」
「あーあ、知らねーぞ。絶対その勘は外れると思う、俺。
だってエイプリルだしな。
突拍子がない、斜め上を行くからな。
俺は自分の仕事だけするだけ。
そしてゴチャゴチャ揉めるなら…俺がどっかに拐っていけばいいし?」
「…サミュエル?」
「そんな怖い顔をすんなって。だったら俺に拐われる事がないように、エイプリルを見張っとけよ。」
「サミュエル!」
サミュエルはオーガストに微笑む。
オーガストは眉を寄せ、睨むことしかできなかった。
何か口を開けばまた呪いが自分を戒めることもわかっていた。
近くにエイプリルがいるときは、言葉を選ぶしかない。
呪いが体を蝕むときは、彼女からしばらく離れられる時でしか受け入れられないからだ。
小さい時から一緒にいるサミュエルにはそれがわかっていた。
「お前の痛みはわからないけど、いつまで支配され続けるんだ?」
だからこそワザと煽る口調で攻める。
オーガストを奮い立たせるために。
本気にさせるために。
「…言われなくても、わかってるよ。」
オーガストは、そっと左の腕を右手で力強く掴んだ。
まるでギリギリと骨が軋む音が聞こえるかのように。
「…エイプリルは僕が守る。」
オーガストがサミュエルを見上げる。
その顔を見て満足そうにサミュエルは笑った。
「残ってる仕事、片してくるわ。
また報告する。」
そう言うと、サミュエルは自分の自宅のある方へ歩いて行った。
エドワードとオーガストはサミュエルの姿が見えなくなるまで見つめる。
見えなくなった頃、息を深く吐いた。
「ミティアは本物かもしれないぞ。
だったら、お前どうする?」
ボソリと、エドワードが口を開いた。
「…エイプリルはそれを望んでそうだ。」
苦しそうなオーガストの顔を見つめながら、エドワードは少し笑った。
「うは、ちょっと心配だったけど、全然平気かよ!
さすがエイプリル様だ、安心した。」
オーガストは喋る余裕がなくなってくる。
「…それ、エイプリル様にバレたらどーすんだよ。
こんな馬鹿正直に真っ向から煽られて、言い値で買ってんじゃねーよ。」
そう言うと悲しそうにサミュエルとは反対側を向き、去っていく。
帰り際にオーガストにバレないように、エイプリルの部屋のバルコニーに向かって小石を投げる。
窓に当たる小石の音に気がつくエイプリルは、そっとバルコニーから外の様子を伺う。
そこで苦しそうにうずくまるオーガストを発見し、慌てた顔をしてバルコニーの窓を閉めた。
『きっと心配してすぐ降りてくるはず。』
昨日のお礼じゃないけど、発見されるなら早いほうがいい。
後ろは振り向かず、エドワードはさっさと自分の『主人』が待っている馬車へと乗り込んだ。




