第32話 夜会に出るか、出ないかの話。
支度を終え、扉を開けると。
私の目に飛び込んできたのは、大事な弟とエドエドさんのラブシーンだった。
「…エドが気分悪くなったから、抱きとめてただけだけど…」
帰りの馬車で興奮気味に問い詰める私に、冷ややかにそう言った。
…チッ!
禁断の恋でもしてんのかと思ったのに。
エドエドさんとなんて、そりゃ誰にも言えないだろう。
幼馴染みとの、育まれた関係。
お姉ちゃんが聞いてあげる。
相談に乗ってあげる!なんて思っていたのに。
「…そりゃ残念だったね…」
ますます困ったように、引きつった顔で私を見た。
…チッ!!
口を尖らせ、プイッと窓の外を見る。
薄暗くなった夜道を走る馬車の窓の外を、そのままボーッと見つめた。
しかし、王族に返り咲くことに協力って何したらいいんだろうか?
そもそも、私ができる協力ってなんだ?
走る景色を眺めながらずっと考えていたが、疲れすぎて気がつくとベッドの中で。
チュンチュンと、小鳥の声で目覚めた。
「…朝!?」
ガバッと勢いよく起き上がる。
気がつくときちんと夜着に着替えもされていて、メイクも綺麗に拭き取られていた。
ま、まさかオーガストが…?
姉弟とはいえ、寝てる姉の着替えを…おおお弟が!?
思わず動きが止まり、ジッと考え込む。
そして自分の頬を撫でながら、閃いた顔をする。
「…もしや小人が…!」
「いえ、私がやりましたよ、お嬢様。」
『おはようございます』と微笑むメイヤーさん。
「お嬢様、もう学校へ行く時間になります、早くお支度を。」
そう言うメイヤーさんに、小人全否定され、あっという間に着替えさせられる私であった。
「…ねえこの禁断な恋(未遂)って何?」
メー様が私の手帳を覗き込みながら、昨日の部分を指差した。
「あああ、私の手帳勝手に見てはいけないとあれほど!!」
恥ずかしそうに、慌てて両腕の袖で手帳を隠す。
「…いやめっちゃ開いてたけど…。」
呆れたようにメー様が、私のおでこをつついた。
…これは!
少女漫画でよくある、『こいつぅー☆』ってやつでは!?
なんてドキドキと思いながら。
メー様とイチャイチャしていると、座っている私の横に影がさした。
「…エイプリル早くこれ消すんだ。違うって言ったよね…?」
オーガストが笑ってない笑顔で仁王立ちである。
そんなオーガストを見て、何かを思い出す。
「あ、未遂じゃなくて、予想だった…」
「どっちでもいいから間違った事実を早く消さないと、口の中にピーマンすり潰して入れるよ…?」
「…すぐに消します、直ぐに。」
途端に真顔になり、ゴシゴシとペンの先につけた消しゴムで書いたところを消す。
「…だから何が禁断だったのよ!」
「う…言いたいけど、言うと口の中がピーマン味になってしまう…!」
「なってしまえばいいのに!」
「うわあああ、ひどいメー様!!」
ポカポカとメー様をゲンコツでポカポカするフリをしながら。
メー様が私の半泣きの顔を見ながら、ふと笑った。
「仲直りしたみたいで、良かったわね」
そういうと、オーガストを見てニヤリと笑う。
「…ん?何のこと?」
オーガストがキョトンと首を傾げた。
それを見ながら何も言わず、またニヤリと口元を押さえた。
案外この2人、仲良しですね?
なんて考えて、私は1人でニヤニヤしました。
「あー、平和が戻った気がする…」
ボソリとポカポカ陽気の空を、窓から眺めます。
「実際は戻ってないけどね…」
オーガストが苦笑いしながら、水を差してきました。
「そういえば昨日婚約式だったんじゃないの?」
メー様が私の手帳に落書きをしながら言いました。
それを必死に消す私。
「波乱が飛んだ1日でしたよ。」
「…波乱が、飛ぶ…」
「…ヒックス嬢、ニュアンスで感じ取るんだ…」
翻訳する気が失せているオーガストの援護射撃に、ますます混乱を顔に浮かべるメー様。
そんな顔も可愛いですよ☆
口に出すと怒られるので、思うだけにしときますけど!
「んー、一言で言い表せませんけど…早く何とかして自由にならないと、自由がなくなるって言ったとこですかね?」
あらかた消しまくって、ヨレヨレになったページを伸ばす。
それを眺めながら、メー様が首を傾げた。
「…ますますわからないけど、わかったわ…。
そもそも婚約って自由じゃないわよね。
夜会に出ても踊る相手一つ迷わないとだし。」
「何でですか?踊りたい相手と踊ればいいじゃないですか?」
今度は私が首をかしげる。
「何を呑気な…!派閥もあるし、婚約者の体裁とかも考えないといけないのよ!」
「…うああ、めんどくさ!…派閥とかいちいち覚えられないですよ…」
ものすごいわかりやすく顔を派手にしかめると、メー様もつられて口がひん曲がった。
「…あんたはほんと呑気でいいわね…
そういえば、週末レッドメイル主催の夜会があるわよね?
別名、新しい婚約者候補を集めて選りすぐる会!」
変な夜会の名前に、側で生徒会の書類の整理をやっていたオーガストが嫌そうに顔を歪めた。
「うっへぇ、行きたくないですね…!」
私のつられて顔が歪む。
「…行かなきゃでしょ。アナ様も行くようだし。」
「何ですかその地獄…!」
何が悲しくて、自分の後釜選考会に出なきゃならんのだ。
そんな地獄があっていいのかと。
私の怒りをよそに、メー様は深くため息をつく。
「婚約式したばかりのカップルは、大体近い時にある夜会でお披露目があるから。
アナ様大丈夫かしら…。」
「アルド様によく言って聞かせないと…!」
「そうね、よく言って絞めとかないと。」
「ギュッとね!」
「そう、ギュッと。」
「…段々と物騒な話になっているけど?」
ウンウンと頷きあう私達に、オーガストがまた笑ってない笑顔でこっちを見ていた。
…てへへ☆
「ともかく夜会は絶対行かないとね。
ヒックス嬢は行くの?」
オーガストが書類をトントンとしながら、メー様を見る。
メー様はオーガストを見つめて、また深く息を吐いた。
「…行きたくないけど、ハートテイルが出たがっているから、私の婚約者も出ると言い出してね。
必然的に私も行かなきゃいけなくなったのに、エスコートしないと言い出したわ。」
壮大に頭を抱え、また息を吐く。
「…代わりに僕がやろうか?」
ニッコリと微笑みながらメー様を見るオーガスト。
その顔を舌打ちしながら、睨みつけた。
「それこそ不貞でしょ。あっちがやってるのにこっちもやったら、収集つかなくなる上に親の顔に泥を塗ったと勘当されるわよ!」
「うん、だと思った!」
オーガストの微笑みに、目を細めた。
「…でもまあ、それは今回の夜会で露見されちゃうよねぇ?
子爵に上がったばかりのハートテイル家はどう対処するんだろうか?」
オーガストの微笑みが途端に黒い笑いに変化していく。
それを呆れたように見つめるメー様。
「どう対処も何も…。
ともかく波乱が、飛ぶ?やつになりそうだわ、こっちも。」
「わぁ!楽しそう!」
オーガストが可愛く両手を小さく叩いた。
「本気で言ってないでしょ!?」
メー様が立ち上がってオーガストに詰め寄る。
「…だって他人事だもの。」
「悪魔め…!」
ケロッと答えるオーガストに、メー様が肩をすくめた。
その間私はずっと窓の外を見ていた。
今日も今日とてレオン王子を追いかける、今話題のハートテイル様。
元気にお胸アタックしておられますが、今日は王子の護衛に引き剥がされてスゴスゴとベンチに戻って行きました。
遠くから銀髪の見たことある人が歩いてきます。
王子とすれ違いましたが、一切お互い目線も会いませんでした。
今度はハートテイル様は銀髪の方にお胸アタックをかまします。
いいですねぇ、あのクッション素材。
武器にも防御にも自由自在です。
こっちもエドエドさんに引き剥がされましたが、ハートテイル様が何か訴えかけるように叫んでいます。
何を言ってるか、2回の教室までは聞こえませんでしたが、ラルフ様はひどく驚いていました。
ふと、驚いているラルフ様と目が合いました。
じっと盗み見しているのがバレてしまった!
怒られる前に、手でも降ったほうがいいのでしょうか?
なんてオロオロと考えていると、ハートテイル様に私の方を指差しています。
ハートテイル様も私を見ました。
えー…、何だろう。
すごく嫌な予感がします。
…すごく嫌な予感しかしない。
だってほら、2人(と、エドエドさん)が教室へ続く入り口に向かって入って行きましたし。
「…えー、逃げようかな。」
「「ん!?」」
私の発言にオーガストもメー様も振り向きました。
「いや、なんか…ラルフ様とハートテイル様という組み合わせがこっち指差して向かっているみたいなので…。」
メー様の顔が固まります。
「…逃げた方がいいわね。」
「ですよね。」
「…もう遅いと思う。」
オーガストがそういうと、扉の方を指差した。
「エイプリル!!」
「あー…。」
嬉しそうなラルフ様と、必死な形相のハートテイル様がいた。
…この組み合わせ、嵐が起こる。
なんだかやな予感を拭い去れないまま、私は2人を見つつため息を吐いた。




