第30話 秘密の契約。
「…お前は本当にそれでいいんだな…?」
「はい。」
ベッドの中で上半身を起こしたまま、お父様は涙を拭った。
「…でもまだ婚約ですし、後何年か結婚までたどり着くかわかりませんから。
王になるまで協力はすると言いましたけど、結婚するまでにラルフ様が王になった場合、私と婚姻する必要がなくなり、不履行になりますしね!だったらさっさと下克上決めちゃえばいい話です。」
ブツブツと早口で付け加えると、お父様の涙は引っ込んで、ポカーンとした顔でこっちをみています。
「…リル、そんな一気に言うと、お父さん処理できなくて困ってるから。」
「オーガスト!!」
声がした方向に振り向きます。
久しぶりのオーガストです!!
私は思わず飛びつきました。
あまりにすごい勢いで飛びついたので、オーガストはバランスを崩し、私ごとひっくり返りました。
「わあああ、ごめん!頭とか打ってない?」
「…痛いけど、大丈夫。エイプリルは?」
「私はいいクッションのおかげで無傷よ!」
「…僕がクッションかぁ…!」
ギュッとオーガストの胸にしがみつきました。
オーガストは少し戸惑って、困ったように私の頭を撫でました。
「最近会えなかったから、心配だった。」
「…僕も心配だったよ。」
「うん。」
「…婚約するんだね。」
「協力する為にね。でも結婚は自力で阻止する。」
「ラルフ様は単純アルドとは違うよ?一筋縄じゃいかない。
絶対結婚するまで諦めないよ?」
「そんなこと知ったこっちゃないんですよ…。
約束は守りますけど、私の人生は私のものなんです。
転生したって自由に生きる権利があるはず。
私は私の好きな人を探す!その人と結婚するんですよ!!
それには鉱山経営に理解がないとダメなんです!」
ガバッと起き上がり、オーガストに熱弁する。
最初オーガストはお父さんと同じようにポカーンとした顔をしていましたが、すぐに疲れたように笑った。
「参ったなぁ、リルには。」
「それにはオーガストが側にいてくれないと、調子が出ないんですよ。」
「え?」
「何があっても、私と離れないと約束したでしょう?
ラルフ様との契約がなんですか!
私の約束の方が重要です。」
鼻息も荒げに、手を握りしめます。
オーガストは困ったように笑いました。
「これは父さんも知ってるから構わないんだけど…。
僕とラルフ様は血の契約をしたんだ。」
「血の契約?」
「そう、血の契約は血と血で契約を交わす呪いのようなものだ。
どちらもそれが破ることができない契約。」
「具体的には?」
ズイズイと詰め寄る私。
ますます困ったように笑うオーガスト。
まるでわがままな子供をあやす様に微笑む。
「えっと、契約する2人の血を聖杯に入れ、その血で契約書を描くんだ。
古い印を使うから、お互い呪われた状態となる。」
「その契約の内容は?」
「エイプリル?」
「いいから。早く言いなさい。」
「え…」
「早く言いなさい。いいから!」
「え、えっと…」
ガクガクと詰め寄る私に、オーガストは焦る様にお父様をみた。
お父様も訳がわからない様に、オーガストに首を振る。
助けてもらえないと悟ったオーガストは、起き上がり私の前に座り直した。
「僕とエドは同じで、『自由になる事。』『お金に一生困らない生活。』元々ラルフ様に売られるまで、孤児院で奴隷の様な生活をしていたからね。危ない事も沢山させられた。
僕らは何としてもこんなところを抜け出して、生きたかったんだ。
…死にたくなかった。だから…」
「…売られた?」
「ああ、言い方は悪いけど、救ってもらったんだ。
組織からお金で買ってくれた。
戸籍も貰って、ここに養子にも貰ってもらったし。」
「お父様、オーガストの養子の経緯は?」
「オォフ!?」
突然に話しかけられたお父様は激しく咳き込んだ。
まったく、こんな時に油断しないでほしい。
一頻り咳き込んだ後、呼吸絶え絶えに質問に答え始める。
「オーガストはローウィン様から孤児院の子を養子にしてやってくれんかと頼まれた。
うちも跡取りを探していたから、髪の色や特徴も理想で、ちょうどよかったのもあってな…。」
「ふむう、我が家はスタインバーク派閥だったのか。」
「「え?」」
「いや、なんでもないです!
血で描いた契約書かぁ。
それ燃やしたら契約ってどうなるんですかね?」
「え?」
「こっそり隙みて探し当てて、燃やしてみよう。
ラルフ様の方の契約内容は?」
「「…」」
なぜかお父様まで黙ってしまいました。
オーガストはお父様と生活する上で、ラルフ様より信頼しあっていたのでしょうか?
お父様に全てを打ち明けている様子で、何度もお父様に視線が送られます。
お父様が深く息を吐かれました。
「『側でエイプリルを守る事。』『決してエイプリルを求めない事。』『時期が来たらラルフ様に差し出す事』だ。」
「えー?…何それ!
ひどすぎるじゃないですか…!!」
私は怒りに立ち上がりました。
ワナワナと結んだ拳を震わせます。
そんな私の様子に、申し訳なさそうにオーガストが私の肩に手を添えました。
「…ごめん、エイプリル…。でも信じてほしい。僕は契約なんか関係なく、君を…」
「…何でオーガストは2つなのに、ラルフ様は3つなんですか!!不公平でしょう!?
今からでも遅くないですよ、もいっこお願い事、足してもらいましょう!」
憤慨する私に、何かが肩からずるりと落ちるお父様とオーガスト。
「…あ、そっちか。」
「…流石にわしには見当もつかなかった答えがきたぞ…」
「父さん、僕にも予想しなかった答えですよ…」
悔しそうに拳を握る私をよそに、2人が顔を見合わせため息をついた。
「血の契約のこと把握しました。
そっちも何とかなりそうなので、任せてください!」
「…いや、無理だよ!?何する気だよ?」
ドンと胸を叩く私に、オーガストが慌てた様に私に詰め寄る。
「心配ですか?」
「そんなの当たり前でしょ!?」
「…だったら、そんな契約無視して、私のそばにいてください。」
オーガストは目を丸くした。
口を『ハクハク』と何か言いたげに動かしたが、声が出なかった。
「…オーガスト、返事は?」
私は強気に踏ん反り返り、オーガストを覗き込んだ。
いつもの逆だ。
私が覗き込んでいることに、なんだか嬉しくなってフッと笑う。
私の笑顔にオーガストがますます目を見開いた。
そして本当に困った様に頭をかいた。
しばらく考える様に俯いていた。
でも。
オーガストが私を見る。
静かに私に手が伸びてくる。
私のへの字に曲がった口をそっと指で撫でた。
ゆっくりと唇を這う様に、指が動く。
指が下唇のあたりで止まる。
視線はずっと唇にあったが、私の目線に合わせた。
「…しょうがないな、エイプリルは…。
契約がある以上、僕が呪いによって動けなくなる事もあるということは覚えておいてね?」
深く息を吐き、決心した様に私を見つめる。
私はもう一度オーガストに強気に笑う。
「大事なことはオーガストが覚えておくんじゃなかったっけ?」
「…それじゃ意味ないじゃん!」
オーガストは私の顔を見つめ、吹き出して笑った。
つられてお父様も困った様に笑い始める。
家族がまた一つに!
なんとなくそう思って、嬉しくなる。
やっと本当の家族になった気分になって、テンションが上がる。
なので私はまたオーガストに飛びつき、バランスを崩しひっくり返るという…。
2度目の後頭部打撲を経験したオーガストだった。




