第3話 オーガストが姉さんと呼んだ記念日。
「はい。ここに座って、後ろを向いて。」
オーガストに椅子に座らされ、クルクルと向きを変えられました。
「ほら後ろ泥だらけだよ…。髪の毛にも葉っぱがついてるし。」
パッパと手で払われていきます。
自分で頭の葉っぱを取ろうとしましたが、全く掴めずに。
ただ何度も自分の頭をパフパフしただけでしたね、これは。
そんな様子を微笑みながら見つめるオーガスト。
何がそんなにおかしいのでしょうか?
彼はいつも私を見る時に、こうやって微笑んでいるのです。
その顔は弟と言うより、お父さんです。
まるで自分の子供の成長を見守る父親の顔をしているのが、最近気になるところです。
可愛い顔をしているのに。
15歳でお父さんの顔はもったいなさすぎですね。
「はい、取れたよ。怪我はない?」
「怪我?」
「うん、なさそうだね。痛いとこもない?」
「痛い?」
「うん、大丈夫そう。」
そう言うと、私の頭をポンポンと撫でました。
「全く…無茶しないでよ。サミュエルを人身御供にできたからいいけど、ああいうのは自分から絡みに行くもんじゃないからね。」
「ああいうのとは…」
「女子の揉め事。」
「あれは人気者を囲んで円陣組んでたのでは?」
「ちょっと…!笑かさないでよ。そんなわけないでしょ、どう見ても!」
突然『プハッ』と吹き出したオーガスト。
私には全く分かりません。
意味がわからず首を傾げます。
ひとしきり笑ったオーガストは私の頭をまたポンポンと撫でました。
私は考え込みます。
そして、無言で手帳を広げ、今日の日付の所に何かを一生懸命書き込みます。
オーガストがふと覗き込んでいることにも気付かず。
『よくわからないうちに、女子の揉め事に出会った記念日』
私の書かれた文字を見て。
オーガストはさっきよりも激しく、笑い転げました。
…解せぬ。
「ということで、ローラントが近寄っても絶対に近くに行かないようにね。」
「ということで?」
「そう。
と、いうこと。」
「ふむう」
「これで婚約破棄が処理されるから、リルはこれで自由だから。
もう婚約者でもないクソ野郎に話しかけられたくもないんだけど。」
「オーガストにもこの件で迷惑かけちゃうかもしれないですね…。
大丈夫です、私が守りますから」
「うんうん、エイプリルはとにかくもう絶対近寄らない、喋らない。
わかった?」
「近寄らない、喋らないは分かりましたけど、オーガストは私が守り」
「はいはい、絶対喋ったらダメだからね?
つけあがるから、あのクソ野郎は。」
「あれ?さっきからオーガストの言葉遣いがおかしい気がしますが…」
「気のせいじゃない?僕がそんなこと言うと思うの?」
「…思わない。」
「だよねー?さすがリル。僕のことよくわかってる。」
「…でもさっきから私の言葉を遮っているような」
「あ、エイプリル。今日は美味しいお茶を頂いたってメイラーさんが言ってたよ。
見に行かなくていいの?」
「行く!!」
私はそのままオーガストに連れられて、家に帰りました。
メイヤーさんは私たちのメイドさんです。
私たちが小さな頃からお世話をしてくれている方で、私の母親がわりのようなものです。
慌てて馬車から降りて、メイヤーさんのところに飛んでいきます。
私は茶葉がお湯で広がるのを見ることも好きなので、お茶を入れるときは必ずガン見なのです。
ホクホクした顔でメイラーさんが入れてくれるお茶を受け取る。
ポットでゆらゆらと揺れる茶葉を見つめ、さっきの会話を忘れていくのでありました。
その横で、微笑むオーガスト。
ホッとしたような、何かを企んでいるような。
その笑顔は、きっと私の知らない顔で笑っていたのだろうか。
茶葉を見つめる私には、気がつかない事でしょう。
「…あれ!?午後の授業は!!」
気がついたら美味しいお茶を頂いて、メイヤーさんの焼いたクッキーを頬張って。
ホッと一息ついたオヤツの時間ももうに過ぎた夕方でした。
「…お前らね、カバン置き去りだっただろ…。
それをなんで隣のクラスの俺が持って帰らないといけないんだよ。」
扉の前にもたれるように、サミュエルが立っていました。
「遅かったね、サミュエル。
お茶を入れたから、どうぞ。」
オーガストがニッコリと微笑み、出迎えます。
「いやお茶でごまかされねーけど!?」
「美味しいクッキーもあるよ、さぁ座って。」
「そうです、美味しいですよクッキー。」
なぜサミュエルがブーブー言ってるのかわかりませんが、『クッキーは美味しかった』事は伝えたい。
私の言葉にサミュエルが素直に椅子に座りました。
「あの後大変だったんだぞ…!ハート何ちゃらが泣くわ喚くわで、金髪ドリルがなんか俺にも怒鳴ってるし、アルドは訳わかんない事叫んでるし…。」
「クソ野郎が叫ぶのは置いといて。」
「あはは、相変わらずアルドに対して当たりが強えな。」
オーガストの笑顔が一切崩れませんが。
今何か聞こえたような…?
首をかしげる私の頭をサミュエルがポンポンします。
「リルが無事だったからよかったけど。
あんなのに突っ込んで行った時はヒヤヒヤしたぞ。」
「ほんとだよ、リル。
あんな無謀な事はもうしないで。」
「無謀…。」
私はパラパラと手帳を広げます。
そして見つけた文字を読み上げる。
「女子の揉め事に出会った記念日!!」
サミュエルは自慢のタレ目を存分に垂らして、ポカーンとしています。
オーガストは。
ええ、思い出し大爆笑でしょう。
肩が震度3ぐらいの勢いで震えまくっています。
オーガストの肩にいる小人さん、いるなら逃げたほうがいいですよ!
そろそろ地盤沈下でも起こるレベルで震え続けているので。
思わず頬が膨らみます。
私は真面目に!
真面目にやっているのに!!
こんな事に巻き込まれるなんて夢にも思いませんでしたもの。
切には願っていましたが!
自分が揉め事に巻き込まれる日がくるとは…。
今夜は興奮して寝れないかも知れません!
「ごめんごめん、笑ってごめん。
機嫌なおしてよ、『姉さん』」
オーガストの言葉に、私は席を立ち上がりました。
勢いよく立ち上がったので、ガッターンと椅子が後ろに転げてしまいましたが。
その音にサミュエルの意識も戻ります。
「ああ…うん。エイプリル、よかったな。記念日…に、遭遇…できっ、できて…。」
「笑うならちゃんと笑うがいい…」
私の許可に堰を切ったように笑い出す。
そりゃあもう、腹を抱えて。
その笑いにまたオーガストがつられて笑い。
私はまた機嫌を損ねるのでした。
あ、でも忘れないように。
今日は『女子の揉め事に出会った記念日』と『オーガストが姉さんと呼んだ記念日』になりました。
手帳を胸に抱え、私も微笑みながら。
今日のことを思い出し、反芻するのでした。