第27話 婚約破棄ならぬ、婚約発表⁉︎
「エイプリル・ディゴリー!!お前に言いたいことがある!」
あぁ、久し振りですね、この光景。
とても懐かしくて、ちょっと嬉しかったです。
あなたがいつも通りで…。
私は思わず『ホゥ』と彼を眩しそうに見つめました。
あれから1週間が経ちました。
私とラルフ様の婚約はあっという間に、あちらこちらへ広がっていきました。
朝早くにスタインバークの馬車で帰宅した娘に、泡を吹いて倒れるお父様。
いまだショックからかベッドから出てこられません。
鉱山の経営は代理でオーガストがやっています。
私も手伝いたいのですが、そう伝えようにも中々オーガストに会えなくなりました。
婚約については王様の許可を取らねばなりませんが、さすがスタインバークです。ラルフ様のお父様が出向き、有無を言わせない状態で許可を取ってきたようで。
…というか私『はい』って言ってませんけどね?
腕の力に負けただけです。
それなのに。
みんながいる前でキスされたし。
ただの口と口がくっついただけだ。
あんなのキスに入らない。
思わずゴシゴシと唇を袖でぬぐいます。
唇がヒリヒリと余計に存在感を気にさせる。
ちょっと悔しい。
私よりオーガストの落ち込みようが尋常じゃなくて。
あれから私を避けるようになってしまい、顔を見るのも一苦労です。
「おい!聞いているのか!!エイプリル・ディゴリー!」
「あ、はい。聞いておりますよ…」
返事はするも、口元に手を当て考え込んでいます。
そんな態度にますます声を張り上げるアルド様。
「お前!!俺との婚約解消からそんなに日が経ってないというのにもう別の男と婚約したそうだな!!」
「…止むを得なくです。」
「はぁ!?なんだその理由は!!」
アルド様は何を怒ってらっしゃるのか。
全く見当もつきませんが、顔を赤くしてプンプンと子供のように足を踏みならし、湯気まで見えます。
「…それで今日はどんな御用でしょう?」
「フン!そうだ。お前に紹介したい人がいるんだ。」
「…私に、ですか?」
アルド様が手招きすると、その手招きによって見たことある人物が歩み寄ってくる。
自分の目を疑った。
一言で言い表すなら、『は?』である。
は!?
なぜあなたがそいつの横に…!?
アルド様が手招きしてやってきたのは、我らがアナスタシア様だった。
「…アルド様、私にアナスタシア様をご紹介していただけるのですか?」
「そうだ。」
「…ありがとうございます…!」
「…は?」
私は嬉し泣き状態で、アルド様を崇めるように歓喜しました。
「私にアナスタシア様をご紹介とは…意外にいい人だったんですね!!」
「は?お前はさっきから何を言っているんだ?」
「ですから、私とアナスタシア様の仲を取り持ってくれようとしているのでは?」
「そんな訳があるか!!
彼女が俺の新しい婚約者だ!!」
「「「はぁ!?」」」
そこにいた何人かの声が見事に揃う。
野次馬に、通りすがりの人、たまたま居合わせたアナスタシア様を崇拝する者。
あら、メー様もいたのですね。
全員が声を揃えます。
メー様なんて、すごい顔でアルド様に詰め寄ろうとしています。
ギュッとアルド様に引き寄せられ、持たれた肩を無言でサッサと払うように退けるアナスタシア様。
「…事実ですわよ。
私もコイツも、破棄された傷物同士ですし。
余り物同士、両家で話し合って決められたことですわ。」
払った手に、ふっと息を吹きかけました。
「そ、そんなバカな!!!
アルド様には勿体無さすぎますよ!!」
「…私もそう思いますが、親が決めたことを私はとやかく言えませんので。」
アナスタシア様はスカートの裾を持ち一礼をすると、アルド様をほっといてサッサと教室へ向かわれました。
「…こんなことがあっていいのか…!」
メー様が腹の底の方から声を振り絞るように出しました。
「…あってはならぬことです…!」
私もワナワナと震える手を押さえながら、やり場のない気持ちを持て余していました。
「そもそもこの親が決めた婚約システムって必要なんだろうか?
なぜ恋愛結婚はダメなのか?
この婚約を認めず、別の誰かをあてがうことを検討できないか…。」
「…それを俺に言ってどうしようというのだ。」
生徒会室にいます、私とメー様。
お昼ご飯を済ませ、ダッシュでここに来ました。
アナスタシア様の婚約について、文句を言い…いや、質問をしにきたのです。
「私たちのアナスタシア様に傷をつけたのはレオン様でしょう!
責任とって復縁するか、いい相手を探してあげるべきじゃないですか!!」
「私たちの…?
ローラント家もいい相手と言える家だ!
…そもそもアナスタシアが私の言いつけを守らず、信じなかったことが原因なんではないのか!?」
「そんなのロボットじゃないんですからね。聞けることと聞けないことがありますよ。」
「…それが聞けないとなると王妃ではいられないんだ。」
「…だからぁ、それがおかしいって言ってんの!」
思わず興奮して立ち上がると。
「はい、タメ口はダメ。不敬罪になる。」
メー様が冷静に私に警告の笛を吹く。
「言ってるんです!」
言い直してみる。
「…今更訂正しても遅くないだろうか…。」
慌ててワザとらしく取り繕う私に、レオン王子は困ったように大きくため息をついた。
「悪いが、第2王子の私ではどうする事も出来ん。」
「法律を変えるには、王様じゃないと無理って事ですか?」
「王様だけでも無理だ。古い人間が話し合い、可決されたら可能だが、その古い人間たちは新しいことや変化を嫌うからなぁ…。」
「…国そのもののシステムかぁ。」
前世だったら紙一枚だ。
結婚も離婚も紙一枚で済む。
しかも恋愛は自由。
チューだって、きゃっきゃウフフだって、本人の自由。
尻が軽くても重くても、結婚に問題視される事もない。
だがそのシステムをこの世界には持ってこれない。
だって自由に恋愛なんて損するのは女性ばかりとなる。
傷がついたら価値が下がる。
そんな世界だから。
「…重いわ、…紙切れ一枚が。」
「…ん?何か言ったか?」
「いえ、独り言です。だけどなんとかアナスタシア様とアルド様には婚約していただきたくないので、邪魔しようと思います。」
「…どうやって…!?」
レオン様は嫌な予感がしたのだろうか、立ち上がり私に向買ってものすっごい顔をしている。
イケメンが台無しというか。
こんな顔アナスタシア様にはお見せできないほど。
『やめろ、余計に問題を大きくするんじゃない』
きっとそんな事を顔で言ってる気がした。
「婚約ってもう受理されたのですか?」
「いや、婚約には内輪の婚約式が必ずあるはずだから、1週間後ぐらいかと…待て。何をする気だ?」
私がにんまりと微笑んでいるのを見て、ますますすっごい顔になる。
「…イケメンが台無しですよ!」
私はそういうと、メー様を引っ張って生徒会室を後にした。
「あんた何を企んでいるの?」
引きずられながら、メー様は私を睨む。
「お二人に結婚観を聞きに行きましょうよ!」
「聞いてどうするのよ!」
「…真実の愛、です。」
「全くついていけないんだけど…。」
「んふふっふ。アナスタシア様がアルド様と幸せになれそうなら、私は何もしませんって!
あー見えてアルド様もいいところがあるんですよ!」
「あーこれやばいやつじゃないの?ねぇ!ちょっと聞きなさいよ!」
私はズルズルと、暴れ疲れたメー様を引きずって、アナスタシア様のところへ急ぎました。
「そういえば、あなたも婚約したそうね。」
『おめでとう』と軽く頭を下げられる。
「うんって言ってませんけどね。」
「え?」
メー様を引きずり、今度は廊下でアナスタシア様を捕獲して。
ポカポカと陽気な気候が心地よい、中庭です。
はい、初めて私たちが出会った場所。
「だから私は無回答だったんですけど、勝手にそうなってます。」
「…あなたそれをスタインバーク様に好意を寄せてる方の前で言ったら、扇子投げられますわよ…」
それはもう何本も投げられる事でしょうけども…。
でも実際本当なんだからしょうがない。
政治的婚約でもなく、身を守るための唯一つしかない選択だったのだ。
正直ここに愛だとか恋だとかなんて、まだ芽生えもしていない。
そんな状態で16歳にして婚約者2人目である。
「私だって真実の愛を探したいんです…!
何度もアルド様に婚約破棄されてますし、別にあの人の事好きでもなかったですけど…どうせなら本当に好きな人と結婚したいって思っちゃったんですよ。」
口を尖らせて、アナスタシア様を見つめた。
私の言葉にひどく驚いたような顔をしていましたが、すぐに何かを考えるように俯きました。
「…真実の、愛…。
考えた事もありませんでしたわ。
所詮結婚なんてビアス家の繋がりを保つ為だったり、利益の為だったりするわけですから…。」
「レオン王子と破棄されて、その繋がりは断たれましたけど…だからといってなんでアルド様に…!」
アナスタシア様はフッと少しだけ微笑んだ。
「だから、傷モノ同士だからですわ。
レオン様は第2王子でらっしゃるので、王位継承権は2番目となりますが、私だって王妃となる教育は小さな頃からしてきましたのよ。
何があるかわからないという理由だけで…。
小さな頃からずっと婚約者として一緒にいると、結婚した気になるというか、もう既に家族のように思えてくるのですよ。なのでしっかりして欲しくて色々と細かなことまで口出ししてしまって、結局嫌われてしまったのですね。」
「まぁ女の子はちょっとバカな方が可愛いと言いますからね…。」
「…誰が…?」
「それはちょっと教えられませんが、一般論ですよ。」
危ない。
異世界調査ですとか言いそうになったし。
思わず『あわわわ』と口を手で押さえる。
「ちょっとバカになんて、一生なれなさそうだわ…」
アナスタシア様はそういうと、空を見上げました。
「…私もです。」
彼女はずっと王妃教育でマナーなど厳しく育てられたんだろうなぁ。
だからこそ自分をさらけ出すなんて絶対できることじゃない。
私はそういう彼女に憧れているのだから…。
「まぁ、あなたはバカではなく、ボケているものね…」
ボソリとメー様が呟いた。
「…今私を褒めましたか?」
キョトンと首をかしげる私を見て、メー様とアナスタシア様が顔を見合わせる。
「…ほ、褒めたのかしらね?」
「…多分…。」
「私には『ポジティブ』という魔法がかかっているのです。何言われても、褒め言葉に自分で変換するんです。
だって、誰かの言葉に傷つけられて落ち込んでいる暇があったら、利益を考えた方が自分のためになりますし!
株価だってくよくよ落ち込んでる間に上がったり下がったりするもんです。」
そういうと私は2人の前で踏ん反り返る。
2人はまた顔を見合わせる。
そして改めて私を見ると、笑顔で私を見た。
「…あなたすごいわね。」
「…私も最後ちょっと良くわかんなかったけど、尊敬する…!」
2人の熱い視線を感じながら、『そうでしょう?』と言わんばかりに踏ん反り返る。
「…時にアナスタシア様。」
「…アナでいいわよ。」
「では、アナ様!!
レオン様のこと好きでしたか?」
アナ様はキョトンとした顔をして、しばらく考え込む。
「好き、だったと思うわ。
この人と結婚して、この人を支えると決めてたから。
初めてあった時私も彼もまだ小さくて…キラキラしていたの。
婚約を申し込まれた時だって、嬉しくて飛び上がりそうだった。
彼も同じだと思ってずっと側に居たわ。
…どうして想いはズレてしまったのかしらね。」
アナ様はまた溜息を吐きながら、遠くを見つめました。
メー様がアナ様をそっと寄り添います。
「メーガン、あなたも婚約者がいたわよね?」
ふと、アナ様が呟かれました。
「…居ますよ、あそこに。」
メー様が指を指した先に、食堂から戻られるミティア・ハートテイル様がいらっしゃいました。
相変わらず沢山の男性を連れて、ある意味パレードのような状態です。
リンリンと鈴の音のような声を弾ませながら。
「ほらあそこで人一倍ハートテイル男爵令嬢にべったりな男、あれが私の相手です。」
アナ様と私の視線が重なりました。
ハートテイル様の右側を陣取るように、ベタベタとハートテイル様に触れる男性。
緊張しているのか左手に持ったハンカチで、何度も汗をぬぐっていました。
「…スコット・ヘイルね。」
メー様がアナ様に、ニッコリと微笑んで頷きました。
「3回しか2人で会ったことない婚約者ですわ。
入学してすぐ、あの状態で。
うちは彼を婿養子に取ることとなっていたので 、アレではちょっと困るだろうと父にも報告済みなので、私もそろそろ婚約破棄仲間入りですわよ。」
「あら?みんな傷モノね?」
「私とアナ様なんて速攻で2回目の婚約者ができましたしね!アバズレも称号に加えましょうか!」
「…それは、嫌ですわ…。」
冗談だったんだけどな…。
あまりにブラックジョークだったのか、すっごくドン引きされてしまいました。
…友達と楽しく会話って、難しいですね☆
そう思いながら私は笑うしかありませんでした。
ウ、ウフ。




