表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/87

第25話 いったい誰が私を呼んだのか。

『まったく、もう聞きつけたのかよ…』


エドエドさんが暗がりを慣れた様子でずんずんと歩きながら、愚痴をこぼしていた。


「あ、足元に気をつけてくださいね。旦那様はお客様の対応をしたらすぐくると思うので。

そんな長くはかかりませんよ。」


「こんな夜更けに?」


エドエドさんは私の質問ににっこりと微笑みます。

ランプの明かりが照らすだけの空間でニッコリといい笑顔で微笑まれても、とても怖いんですけど…。


「ええ、こんな夜更けだから、招かざるものですね。あーめんどくさい。」


そういうとまたまえをむきなおり、ズンズンと暗い廊下を進んでいきました。


通された部屋に着く頃には、オーガストの顔色も随分と良くなりましたが。

まだ濡れタオルで頭を押さえています。


「因みに、あなた目当てに来た客ですよ、エイプリル様」


「…私?」


『パッ』と、部屋が明るくなった。

突然の光に、目が慣れず手で覆う。


「さぁこちらにお座りください。」


エドエドさんがさっきと違うソファーへと私たちを誘導した。

さっきの部屋とは作りや家具の感じは似ているのだが、こっちの部屋は応接室と言うより、私室に近い家具が置かれていた。

ふと壁に飾られた紋章が目に入る。

それに違和感を感じ、無造作に突っ込んだ手紙を取り出して見比べた。


ふと横に座らせたオーガストが視界に入る。

さっき飲んだ液体によって、オーガストの顔色も良くなってきたが、まだ少し呼吸が乱れているのが気になる。

さっきの液体、解毒剤の様なものだったのだろうか?


というか解毒が必要なほどのものを飲ませるなって言う…。

思わずエドエドさんを見つめると、何か勘違いしたのかエドエドさんは私に『指パッチンは、ダメ』とジェスチャーをしてきた。

…もうしないけど、もっかいぐらいしてやろうかしら。



「いったい誰がきたのですか?」


ソファーに座り、再びお茶が入れられた頃。

もう一度質問をする。


オーガストも辺りを警戒しつつ、カップに口をつけた。


私の質問に、エドエドさんは少し黙り考え込んだけれど、すぐいつもの笑顔でこっちを見た。


「旦那様がいらしたら仰ると思います。」


その旦那様は一体。

すでにこの部屋に来てお茶をカップ一杯飲み終わるほど、時間が経った。

はっきり言ってしまえば、もう夜更けと呼ばれる時間。

夜が明けると私たちはまた一睡もせず、学校へといかなくてはならないのだ。


その旦那様はまだなのか。


『もう1人の私が授業を受けてくれる』なんて思ってた時代が懐かしい。

だってもう、もう1人はもういないんだから…!

実に悲しい。

現実逃避もできなくなった様だ。

楽しかったなぁー、現実逃避。


「…今してるじゃないか…」


ふと振り向くと、オーガストが私をなんとも言えない顔で見つめていた。


「あら?私、声に出してた?」


「ええ、バッチリと。」


今度はエドエドさんが苦笑いをしながら答えた。


…なんてことだ。

していたのか現実逃避。


『むむう』と考え込み、腕を組んだ。


私の相変わらずの様子に、オーガストは小さく息を吐いた。


「こんな状況でも緊張してなくて良かったけどさ…」


「あら?心配してくれてたの?」


私の前髪を整える様に、サラリとオーガストの指が触れた。

何も言わず、私と目が合うと少しだけ微笑んだ。


「気分は良くなった?」


ゆっくりと頷く。

オーガストの長い前髪も揺れる。


私も安心した様に、笑い返した。


「なんでエドまで俺に内緒にしていたんだ!」


突然に開いたドアと同時に聞こえる声。


その声の主に睨まれ、エドエドさんは『あちゃー』と言わんばかりに額に手を当てた。

声を主はドカドカと大きく足音を立て、私の隣に座る。


そして、前髪に触れていたオーガストの手をベシリと払いのけた。


…私の額にも当たった。

すげー痛かったんですけど!!


涙目でデコを押さえ、見上げると。


「…スタインバーク様!」


「ラルフと呼べと言っただろう!」


「…ラルフ様!」


私が呼ぶと満足そうに笑い、私を撫でた。

デコの痛みの苦情を言おうとしていたけど、この満足そうな顔を見ると何も言えなくなった。


そして。

その手をオーガストにチョップされる。


「エイプリル、スタインバーク様ね?」


「ラルフでいいと言ってるだろう?」


ガシリと2人は手を握り合った。

ときめく様な握り方ではなく、プロレスラーが威嚇し合う様な手の形で。


しかも3人がけのソファーでのやり取り。

私の目の前で、至近距離の戦い。


「ダメだよ?父さんにもダメって言われたよね?スタインバーク様ね?」


オーガストが『笑顔』をラルフ様に向ける。


「ラルフと呼ばせないならお前がいつまでオネショしていたかを今ここでバラしてもいいぞ?」


次にラルフ様も『笑顔』をオーガストに向けた。

だが。


「是非聞きましょう、スタインバーク様。」


無いメガネをクイクイと上げながら2人の間に割って入る私。

オーガストのそんな可愛い時代を聞けるとならば!!


「エイプリル!?」


「…いや、裏切ってないからね?そんな顔しないでほしい。裏切ったわけでは無いから、これは!」


すごい顔でこっちを見るオーガスト。

やや赤い顔で、そして涙目で。


取り繕う様に両手を左右に振っては見せたが、オーガストのご機嫌は治りそうも無い。

仕方ない。

オネショのことは諦めよう。


「スタインバーク様、あなたが突然の来客ですか?」


気を取り直し本題に。


握り合っていた手が、同時にパッと離された。

2人が左右に捌けた事によって、座っている空間に余裕ができる。


思わずその反動で、ドカリと背もたれに沈んだ。


質問がなかった事にされたので、天井を見上げたままもう一度聞いてみる。


「ラルフ様が突然の来客だったのですか?」


「いや、叔父上が対応しているのは、お前の生物学上の父親だ。俺はここに住んでるから、突然いつでもどこでも来れる。どの部屋にでもだ。」


エドエドさんに私が来ることを教えてもらえなかったことを、とても恨んでいる様子。

じっとエドエドさんを睨みつけてた。


当のエドエドさんは、一切の視線をラルフ様と合わせず、何もない空間を見ている。

まるで舞い上がった埃を目で追う様に。


まぁ、こんな立派なお家に、埃なんて…チリ一つもなさそうですけど。


「…そうですか。生物学上の。」


そこまで呟いたが、なんの思い入れもないのでつい黙ってしまった。

すると気を遣わせてしまった様で、オドオドと手持ち無沙汰なラルフ様が私の髪の毛をひと束すくい取り、自分の口元に寄せた。


「会ってみたいとか思うか?…一応、父親な訳だし…」


「いいえ、全く。」


キッパリはっきり、ラルフ様の言葉が終わる前に否定をする。


「そもそも『親』と言うものにいい思い出がないのです。あるとしたら、今のお父様だけでしょうか。何事にも私たちを平等に愛し、対等に育ててくれましたし。

今更何処ぞのオジさんが『パパダヨー』なんて現れたとしても、『ソウデスカー』ぐらいの感想しかないというか…だからどうしたというか…。」


腕を組み、怪訝な顔で首をかしげる私に、驚いた様に固まり髪の毛を手放した。

元あった位置にハラリと揺れる髪の毛の束をじっと見つめながら、続ける。


「そして今更父親を主張して現れるなんて、良からぬ事しか思い浮かびませんし、ねぇ。」


ラルフ様をニッコリと微笑み、落ちた髪の毛を耳にかけた。

ラルフ様も不適に笑い返す。


ああ、やはりそうでしたか。

この微笑みでなんとなく繋がった。


「もしかして、招待状はローウィン様から出されたものではなく、本当は『父親』からだったりしますか?」


招待状が来た違和感。

ローウィン様の私にあった時の反応。

呼び出した割に、私が来て戸惑っていた。


初めはここに来てすぐ、手紙の主=ローウィン様を父親なんじゃないかと勘違いしたが、手紙の主が『突然の訪問者』の方だとしたら。


呼び出して安心させて、何処かに連れ去るつもりで?


「エドエドさんはなんであそこにいたのですか?」


ずっと空中を見てたからだろうか?

名前を呼ばれてピクリと肩を震わせる。


「僕ですか?」


私が見つめているのに気がついて、いつもの笑顔を作る。


「あなた招待状を届けに来たんじゃなくて、招待状が届けられた事に先回りしただけだったりして?」


「ああ、バレましたか。」


ため息混じりに、あっさり認め、困った様に額を指でなぞった。


「僕はね、あの時パウエル様の送った招待状を回収しに行ったんですよ。

余計なことされても『ウチ』が困るので…。

それなのに、寝てるはずのあなたが絶妙なタイミングで出てきたわけです。

それはもう驚いて、僕は深夜に人様の家に忍び込んでいたと言うのも忘れ、叫ぶかと思いましたよ!」


「…冷静だったじゃないの…。私に『ああ、目覚めたのですかー?』なんて言うぐらいに…。」


私は『またまたぁ』的な顔でジトっと目を細め、口をへの字に曲げる。


「いえ、ホントですよ。あんまり顔に表情が出にくいってよく言われますけど、本当に!」


私を落ち着かせる様に両手を上下に振った。


「なので招待状を『うち』から出した事にして、あっちが迎えに来る前に連れ去ってしまおうかと。

いい案だったでしょう?」


「いい案かはちょっとわからないけども。

拐われずに済んだのは感謝します!」


私はぺこりと頭を下げた。


「ところで、あなたは記憶を取り戻されたのですか?」


エドエドさんの笑顔が変わる。

横にいたオーガストも、ラルフ様の顔色も変わる。


「…記憶とは。」


私はまっすぐエドエドさんを見つめた。


エドエドさんは首を傾け、笑顔を崩さなかった。


「異世界の記憶です。生まれ変わる前と言ったほうが良かったですか?」


「…その質問なら、『はい』と言うのが正解ですね。」


「そうですか。」


エドエドさんが黙った。

と言うより、それ以上は聞いてこなかった。


ローウィン様がさっき言っていた『話が長くなるけど聞いてほしい』と言っていた話が関係しているのだろうか。

あと『急ぐ必要がある』と。


私たちは時計の秒針がカチカチと響く中、ローウィン様の戻りを待ち続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ