第23話 思い出す記憶の全て。
『思い出した』エイプリルの回想話になりまーす。
だいぶ暗めな感じでーす。
(なので前書きだけは明るめに書いてまーす!※
思い出した所でなんてことはなかった。
もう1人の自分が危惧していた程、なんともなかったと言った方が早いか。
相変わらず忘れっぽいのも事実で。
嫌なことは忘れるに限る。
母親からの虐待についても、然り。
ベッドに横になり目を閉じた。
自分の中を整理する為、母親だった人を思い出す。
あの人は元々弱い人だったのかもしれない。
私が生まれる前に、誰かから逃げてきた。
多分私の父親だろう。
何故逃げなくてはならなかったのかも、今はわからないのだが。
私の父親から逃げ帰り、そこからもう既におかしくなっていたのかもしれない。
愛されたい反動が私へと注がれる。
初めは子育てもしてくれ、拙い愛情を一身に受けていたと思う。
私が『前世の記憶』や『転生』したと気づいたのは、産まれてすぐ。
目がうっすらと見え始めた頃には、何となく記憶がある事を理解し、自分の中で折り合いをつけていた。
何らかの事情で『前世』の私は死んでしまって、この世界に新たに生まれ変わったが『何故か』生まれる前の記憶もある状態で『この世界』に産まれた理由が、何度考えても何なのかわからなかったが、それはそれで『まあいいか』なんて安易に受け止めていたのである。
事が起こったのは1歳の頃。
自力で歩行ができる様になり、2足歩行ができる様になった事で安心してしまったのか、うっかり流暢に喋ってしまったからだ。
やっと『ママ、ブーブー』『あっち、ワンワン』などの2語文を話すぐらいの幼児がですよ。
『あ、あそこにあるオヤツ、誰か取って欲しいんだけど』なんて喋るのは、正直狂気でしかない。
自分でも思った。
ただ、本当にうっかりだったのだ。
今までは私が何を言おうが、勝手に『あーあー』だとか『うー、ぶー』などの翻訳されていたせい。
突然私の翻訳機能が壊れたのだ。
「あ、あそこにあるオヤツ、誰か取って欲しいんだけど」
そこにいた母親も、メイドも固まった。
見事に石の様に。
「…今、誰が言ったのかしら?」
「…私では、ありませんが…」
母のカップを持つ手がブルブルと震えだす。
と、同時にメイドの体も音を消したスマホの様に震えだした。
メイドと母の目が私に向けられる。
2人の視線を独占する中、困った様に目を泳がせて頭をかく。
私もここで誤魔化せばよかったのかもしれないが、1歳の体で翻訳機能が故障した事に動揺したのかもしれない。
ともかくここで生きていく為に『味方』が欲しかったのだ。
母とメイドに自分が『異世界転生者』であることを告げた。
それはもう、淡々と。
だんだんと母の顔色が悪くなってくる。
だが私はそれに気がつけもせず、『前世の記憶』のことを話した。
大盤振る舞いで、前世で私が携わっていた仕事のことまで話してしまった。
1歳の幼児の姿から考えられない状態だった。
その姿を自分で見ることはできないが、反対に考えて見ると『異質なモノ』にしか見えなかったのかもしれない。
体は幼児!喋る口調は大人!
これが異質でなかったら何だと言うのだろう。
母は自分の体を抱きしめる様に立ち上がった。
「…こんなの私の子供ではない…!悪魔に取り憑かれてしまった…!!」
母の顔にはもう、『母親』としての顔は無くなっていた。
「バケモノ…!!」
メイドも恐怖に顔を歪め、私に言った。
私は全部話し終えてから、どうやら選択肢を間違えた事に気がついた。
メイドはすぐうちから暇をもらい、自分の田舎へと帰っていった。
それはもう、すぐの出来事。
そこから母は『異質』な私を誰の目からも隠した。
もちろん自分の親弟からも。
部屋から出さず、だからといって自らあやめる事もできずに。
だが現実を突きつけられるのも怖いので、自分の視界にもいれたくない。
そのジレンマを私にぶつけ出す。
バケモノを産んでしまった『親』としての責任と、バケモノが産まれてしまった『恐怖』や『世間体』の狭間にドンドンと精神が壊れていく。
何度か父親らしい人に手紙を書く姿も見たのだが、その手紙の返事が帰ってくることはなかった。
日々、自分の選択肢の間違いを後悔した。
だが、自分の失敗を受け入れる。
母は明らかに弱っていき、私がここから出れる日もそう長くはないと気がついていたから。
『前世』の私はある程度の大人である為、教養もそれなりにあったので、母親の目が離れている間はずっと静かに本を読んで過ごした。
その他は食事も満足にできない環境であった為、なるべく動かずじっとしている事が生き永らえる事につながると悟ったので、隅っこにじっと転がっていた。
それは突然やってきた。
扉が開き、光に目が眩んでいる間に、誰かに私は抱きかかえられ、外へと連れて行かれる。
遠くで『母』が悲鳴の様な叫び声をあげていた。
その後、『母』には一度も会っていない。
静かに目を開けた。
枕元のテーブルに置くランプが、天井にユラユラと光を反射させているのをじっと見つめる。
あの後すぐ、オーガストとお父様になぜこんな事になったかを聞かれた。
喋ることなんてもう何年もしていなかったので、一瞬声の出し方を忘れていた様で。
ヒリヒリと張り付く喉から、いくら話そうとしても『ヒュッ』と空気が流れる。
そして思い出す。
あの人が私が喋る事を忌み嫌っていた事に。
どうせならあの人がせめて亡くなるまでは、望んでた通り、声を出すことはやめておこうと思った。
それが私が出来る最後の罪滅ぼしだと、そう思ったから。
私はそれを『自分の判断が間違ったせいだ』とジェスチャーで伝える。
人差し指をゆっくり自分の胸あたりに向け、そのまま今までいたあの人が寝ている部屋へと指をさした。
彼らは首を傾げ、顔を見合わせた。
理解はできなかったのだろうが、それ以上何も聞かれなかったのでそのまま時が過ぎる。
『声を出す』事は突然訪れた。
「…死んだの?」
「え?」
私がオーガストと交わした最初の言葉。
久々に喋る私はまるで、年相応のエイプリルだった。
そこで初めて自分の中に、『エイプリル』としての自分と、『転生者』としての私がいる事に気がつく。
スラスラと喋るエイプリルを私は見守った。
彼女はまるで、『母親』が亡くなったのをトリガーに、嫌な記憶を忘れると言っている。
楽しい思い出だけを覚えていくと。
「私、ね。秘密があるの。」
彼女が口を開いた。
『ダメだよ、エイプリル。また選択を間違える事になる。』
私は彼女を止める。
『今度はだいじょうぶだよ、エイプリル。彼らは大丈夫。オーガストもお父様になった人も、きっともう知ってるよ』
彼女は自信げに私に言った。
『何でそう思うの?』
『だって、私を助けにきた時、『お父様』は、あのお父様ではなかったから。』
『あれは、誰だったんだろう?』
『あの人の手紙を握りしめていたから、最後に届いてよかったなと思ったから。』
『エイプリル?』
『私の秘密、彼らに…。』
小さかったエイプリルは、『私』と一緒に『秘密』も忘れた。
ユラユラと揺れる灯から目を逸らし、ベッドから起き上がる。
夏が近づくと言うのに、夜はまだ寒い。
薄手の上着を肩に掛け、部屋から続くバルコニーへと歩いた。
扉を開け、外の風に当たる。
月はもう高い位置に見えていた。
手すりに肘をつき、じっと空を見つめる。
「私の異世界人生は、ここからなのかもしれませんねぇ…。」
独り言を呟いた。
「…おや?…と言うことは、お目覚めになられたのですか?」
突然の声に驚き、後ろを振り返る。
羽織ったカーディガンが風に揺れて落ちた。
「エドワード・エドワース…!?」
「…惜しい!エドワード・エドワーズです!
て言うかフルネームはやめてと言ったはずですけど!?」
バルコニーの端っこに膝をついてこっちを見ていた。
「…不法侵入ですよ。そこで何をやっているんですか?」
「非礼は先にお詫びします。あなたにお手紙をお持ちしました。この用事が済んだら帰ります故。」
エドエドさんは私の手元に手紙を投げた。
まるで紙飛行機の様にすんなりと私の手に落ちる。
それを確認すると、静かに闇夜に姿を消した。
宛名のない手紙を裏返し、封蝋に当てられた紋章を見る。
紋章はスタインバーク家のものだろう。
前にラルフ様の上着の胸元に飾られていたのを、チラリとだけ見たことある。
何度も裏表を見つめ、意を決した様に手紙を開けた。
『3日後の満月の日。あなたにお会いしたい者がおります。
どうか私にお会いしてくださる気があるなら、月が一番高くなる前にバルコニーにて、お迎えを送らせていただきます。』
読み終わると、手紙を封筒にしまう。
そしてそれを静かに胸元で握りしめる。
「…とりあえず、明日朝一でお父様と、我が家のセキュリティーについて話し合わなければ…!」
こないだ儲けた分全部突っ込んでも、エドエド1匹たりとも通れないぐらいにガチンガチンにしてやろう。
だけど悔しい事に、3日後には間に合わないだろうけど。
私はこの手紙の主が誰だか、何と無く見当がついていた。
落ちたカーディガンを拾い、深く息を吐きながらベッドへと戻った。




