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第2話 円陣の仕組みについて。

「また昔みたいに『サム』と呼んではくれないのか?」


教室を別れる時にサミュエルは私の金色の髪の毛をひと摑み手で遊びながら、そう言いました。

サミュエルはアルド様と同じ、お隣のクラスです。

残念ですが、ここでお別れですね。


「うーん、学校入る前にお互い呼び方をちゃんとした方がいいのかなって戻したんでしたっけ?

舌を一回でも噛んだら戻そうと思っておるのですけど、中々噛まないので現状維持ですかねぇ?

意外とサミュエルって言いにくいと思ってましたが、そうでもなかったというか…」


「…本当にリルの頭の中がわからないな…」


「あ!サミュエルは降参ですか?…舌噛んじゃったんです?」


突然ヌッと顔を近づけて、背伸びをしてサミュエルの口の中を覗こうとしましたが、額を手で押さえられ、近づけも出来ませんでした。チッ。


前髪を手でササっと直しまして、サミュエルを置いて自分の教室へと入りました。


さっきもう少しで口の中を観察できたというのに。

人の口の中なんて。

というかイケメンの口の中なんて、見れる機会中々ないのというのに!


イケメンの口の中は普通の方とどのように違うのでしょうか?

イケメンなので歯並びは良さそうですよね。

今度お願いして見せてもらいましょうかねぇ。


自分の席にカバンを置いて、手帳を広げます。

いつも肌身離さず持っています。

たくさんメモを取るので、今月2冊目の手帳。


今日のサミュエルの観察した事を早速メモしておかなければ。

さっきの揺れでどれだけ脳細胞が死んだかわからないので、今のうち!

覚えているうちに書かなければ!です。


私は鼻歌まじりに真剣に書き取りました。

ふぅ、いい仕事をした。

イケメン観察日記。


あ、こんな観察をメモしている割には、実は私イケメンに興味ないのです。

どっちかというと、シンプルな顔をした方が好みで。

あと性格も地味な感じの方が。


小さい頃からサミュエルやうちの弟、アルド様なども一応つけますが。

イケメンを見過ぎたせいですかねぇ?

どうもイケメン耐性が出来てしまったようで。


全くイケメンに興味が湧きません。

ですがイケメンは、世間に需要と供給があることを、この学校に入って知ったのです。

あのアルド様でも、廊下を通り過ぎるだけで『キャアキャア』言われるのですよ!

驚きました。

これは、商売になります!


サミュエルはオレンジ色の髪の毛に緑色の瞳。

髪の色に合ってて、太陽のような性格をした爽やかイケメンです。

身長は高く、剣より護身術が得意だと誰かが言ってました。

ほら、1冊目のここにメモってあります!

ほらほら、ね?


私のイケメン観察日記、いつか書籍化したいですねぇ。

きっと売れると思うのです。

ウフフ。


私がボーっとしている間に、先生がもういらしていたようで。

気がついたときには、あっという間に授業が始まっていました。


危ない危ない。

イケメン観察日記から、昨日の売り上げの計算してたら我を忘れていました。

私はお金が絡むと、我を忘れがちになってしまうのが悪い癖です。


好きな言葉は『利益』。

嫌いな言葉は『浪費』です。


なので心底、今日のアルド様の婚約破棄は嬉しく思いました。

だって浪費家のローラントに嫁ぐなんて、ストレスで死んでしまいそうでしたもの…。

まぁ嫁ぐと言ってもアルドがうちに婿に入るはずでしたが。


「リル…?」


ハッ!!!


私を呼ぶ声にガバッと顔を上げました。

辺りを見渡します。


あれ?クラスのみんなはどこでしょう…?


「リル?」


「あへ?」


気がつくと、オーガストが私の顔を覗き込んでいました。


「リル、もう授業終わっちゃったけど?

ご飯食べに行こうよ、お腹すいた。」


「オーガスト、ダメですよ!私の事は姉さんと呼ばないと。」


私は年上ぶって人差し指をオーガストに向かってゆっくりと振りました。


「たった4ヶ月しか違わないでしょ?しかも同じクラスだし…」


本を抱え、オーガストは小さくため息をつきながら私を上目遣いで見ます。

長めの金髪の前髪がフワリと揺れて、目にかかっています。

私より身長は高いはずなのに、いつもこうやって首を傾げ、私の顔を覗き込み、サミュエルより薄い緑色の瞳で、見上げるのです。

小さい時の癖なのでしょうね、私は彼の猫背が気になります。


「痛いよ、背中そんなに叩いたら…!」


「猫背じゃモテませんよ?せっかくのイケメンが台無しです!」


「…僕はイケメンでもないし、モテないよ。知ってるでしょ?」


オーガストは恥ずかしそうに俯きます。


お前がイケメンじゃなかったら、あの視線はなんだというのだと。

私はまたオーガストの背中をバシバシと叩きました。


後ろを見なさい。

廊下を歩くあなたの姿を、通りすがりの頬を染めた女子生徒がチラチラ見ている事を、なぜ気がつかないんでしょう!

まぁまだ気がつかなくてもいいですが。

自分がモテていると気がついたら、きっと。

この上目遣いの可愛い『弟』は、見れなくなってしまうかもしれませんからね…!

チャラくなっても困ります。


「リル、どうしたの?また意識が明後日の方向に行ってたよ?」


私のヨダレをハンカチで拭き取りながら、オーガストは心配そうに私の顔を覗き込みました。


ハッ!!!


危ない。

また妄想の世界にトリップしてしまいました。

あとでこれをメモっておかないと…!

何かの役に立つかもしれない!!


「リル、ヨダレ垂らすほどお腹すいてるんなら、ちょっと頑張って急いだほうがいいよ?

リルがぼーっとしている間に、時間ってどんどん過ぎて行くんだからね。」


「それくらい知ってます!!」


私は焦りながらオーガストに手を引かれ、カフェテリアに急いで行くのでした。



オーガストは名前を聞いてなんとなくお分かりでしょうが、8月生まれの15歳。

私が6歳の時にお母様が確か…そう、流行病で亡くなってしまい、後継の事を考えたお父様が親戚から養子に迎え、『弟』になりました。

ディゴリーの家系はどうも名前のセンスが悪いのか、結局生まれ月を付けるという荒業をいい加減やめるべきだと思います。

そこから9年もずっと仲良い姉弟として、暮らしてきました。


最初は私をエイプリル様と呼んでいたのですが。

不思議な事に、オーガストは気がつくと私の世話を焼くようになって、『リル』と愛称で呼ぶくらいの仲になっていました。

その辺りは私は覚えていないので、一度その理由を尋ねたことがあるのですが。


『世間と別の時間を過ごす貴女は余りにも、生きるのに危険だった』という返事が返ってきたのです。

要は私がボーっとしすぎて頼りなかったのでしょう。

だが、私もあれから9年も経ったのです。

それなりにボーっとすることも前より少なくなってきたので、今こそ『姉さん』と呼ぶ時が来たのです。


4ヶ月でも姉は姉。

この学校生活で、しっかりした所を存分に見せつけてやる予定です。


「あああ、エイプリル!こぼしてるから、ボーっとするの止めて…。」


「…もうオーガスト、いつもみたいにアーンしてやれ。」


気がついたらサミュエルも横に座っていました。

イケメンにアーンも魅力的ですが、ここは人目がありますから、流石に私でも恥ずかしい!


自分でフォークをちゃんと持ち、口に運んで行きました。


…ん?…いつもみたいに?

いつもアーンなんてしてもらってませんが!?


思わずまた手が止まり、考え込むと。


横からスプーンがやってきます。


『パクっ』


『もぐもぐ…』


…アーンなんて、いつしてもらっているんだろう…。

そんな美味しい場面を私が見過ごすはずはない…!


『パクっ』


『もぐもぐ…』


「あーよかった、今日もお昼が終わるまでにご飯食べさせられた。」


「ほんとだなぁ…。こいつ本当にどうやって生きてきたんだってぐらい、1日の大半をボーっとしてるからな…。いや、大半じゃねえな、『ほぼ』だな。」


そう言うと、サミュエルはスプーンを自分の食器の上に置きました。


「サミュエルが助けてくれて助かったよー。二手に分かれてアーンはやっぱ早いよね」


そう言うとオーガストはスプーンを置きながらサミュエルに微笑みました。


まだモグモグと口を動かす私に、サミュエルは頭を撫でます。


「サミュエル、私はペットではないのだから、頭を頻繁に撫でるのはどうかと思う。」


「お?意識が戻ったか?」


「意識はずっとある!」


憤慨する私を、2人は顔を見合わせて肩を震わすのでした。

彼らは私をペットと勘違いしてる節がある。

これはキッチリと今度正そうと思う。

私は忘れないうちに手帳に『2人を正すこと』と赤い文字で書き綴りました。


ご飯を食べ終わり、テクテクと2人について歩いて行くと。

中庭で誰かが騒いでいました。


「ハートテイル様、一体あなたは何人誘惑したら気が済むの?」


「…そんな…、私はそんなつもりは…!」


何やら同じクラスのアナスタシア・ビアス様がお友達と一緒に、円陣を組んでいる所だったようです。

いいなぁ、楽しそう。


私も同性のお友達ができるのを期待して入学したのですが、ハッと気がついたら、周りはみんな仲良しのお友達ができてしまっていて…。

私を不憫に思うオーガストくらいしか、お昼を一緒に食べてくれる人がまだいないのです。

『オーガストの友達を作るチャンスを奪ってしまっては』と、1人でお昼休みを過ごす努力もしようと思ったのですが、いつも気が付いたらお昼休みになっていて、そんなチャンスが一度も見当たらない状態です。

私は姉さんなのに…。


大丈夫です、次こそ昼休みはソッと居なくなれるはず!

次こそ授業をちゃんと終えたい…!


私は横目で羨ましそうに通り過ぎます。


円陣の真ん中にいるミティア・ハートテイル様が私にチラリと目線を送ってきました。

円陣の中心なんて。


「きっとハートテイル様は人気者なのでしょうね…」


「「…え?」」


私の呟きに、オーガストとサミュエルが円陣に気がついたようです。


「うわぁ…女って怖いな…」


「ですね、僕はリルの世話で忙しいので、あんなの構ってられないけど…」


私と違う感想が帰ってきました。

何故でしょう?


人は十人十色。

色々な人がいろんな意見を持つものです。

必ずしも自分と同じ意見ではないことぐらい、私にも理解しています。


成る程、彼らはそう思うわけですね!

勉強になりました。


てか、…ん?お世話とは…?


「パーカー・ゾフア様の婚約者がミリ・キャンベル様だとご存知でしたか?

あなたはお友達の婚約者と逢引なさっていたのですよ?」


ほう…ゾフア様なんてサミュエルというより舌を噛みそうですね。


「逢引なんて…!私そんな事してません!大体ゾフア様が学校を案内してくれると誘ってくださったので…私、キャンベル様の婚約者様だったなんて知らなかったんです…!」


ぞぶあ…!あ、早速噛んでしまいました…!

しかも口に出してない、脳内なのに!


「白々しい…。夜会に出席されてたらわかることではありませんか?

…あ、男爵は夜会など出られないのかしら?

だから知らなくても仕方なかったのかしらね?

私の着たドレスでもよろしかったら差し上げますわよ。」


アナスタシア・ビアス様ったら、お友達にお洋服をさしあげるなんて。

なんてお優しいのでしょう!


アナスタシア・ビアス様は大きな金色のドリルを手で払い、ハートテイル様を木に押し付けました。


か、壁ドン!!


『キュンッ』


私の胸が小さくなりました。

いいなぁあ!最近のお友達は仲良いと壁ドンをするのが流行っているのでしょうか!?

…私もされてみたい…!

お友達にされてみたい!!


「あああ、リル、ヨダレ!さっきご飯食べたでしょ?」


「なんでヨダレ出てんの?…はやく、口閉じて!」


…え!?


オーガストもサミュエルも、まるでお母さんの様に私のヨダレを拭いてきました。


いかんいかん、妄想が捗ってしまったようですよ。

ウヘヘ。


2度もハンカチでヨダレを拭いてもらう姉さんではダメですね。

次こそは自分で拭きますよ!!


私はポケットからハンカチを取り出しました。

それを逆の手に持ち直そうとして。


その時大きく風が舞い上がって、私の持っているハンカチが舞い上がってしまいました。


「あっ…」


小さく呟く私。

ハンカチの行方を見つめていると、私のハンカチはハートテイル様へと飛んで行ったのです。


ファサーっと彼女の肩に、私のハンカチはくっついてしまいました。


ハンカチを取りに、スタスタと円陣に進みます。

これをきっかけに私も円陣に入れてもらえるかも?なんて期待も込めて。


後ろでオーガストとサミュエルが青い顔してこちらを見てますねぇ?

どうしてでしょうか?


円陣の真ん中を空気を読まず突っ切りました。

私のハンカチは、ハートテイル様が握りしめてます。

取ってくださったのでしょうか?

ハートテイル様もお優しい方なのですね。


「ハンカチを…」


『取ってくれてありがとうございました。』


そう言おうとしたんですが。


「私が泣きそうだったから、ハンカチを投げてくださったのですか?」


茶色の瞳をウルウルとさせて、そうおっしゃいました。


…ん??

私は投げてはいません。

風に飛ばされただけで、ここにくっ付いたのも偶然と…。

しかも仲間に入れてもらえるきっかけだと思ってたなんて、恥ずかしい事は言えないでいたら。


『ドンっ』


と音がして、私は見事に後ろにゴロンとひっくり返りました。


む!?壁ドンされ失敗か?


そんな私をまたいで、ハートテイル様はどこかへ走っていかれます。


「…助けてくださって、ありがとうございます…!」


ハートテイル様は私を越え、サミュエルの腕の中におりました。


あれぇ?どうしてこんな事に…?


「エイプリル、大丈夫!?」


ハートテイル様を見事に避けたオーガストは、すっ転んで丸くなっている私に向かって走り寄りました。


サミュエルは困った様に、飛び込んできたハートテイル様に首を傾げております。

サミュエルのオレンジの髪にハートテイル様の茶色の髪の毛が混ざり合います。


おぉ、綺麗ですね。

これはいい絵です。


美男美女。

私に画力があるならば、この2人の姿を脳みそに刻んで帰り、帰ったら絵を描きまくるのに!

あああ、残念です。


でも挑戦してみようかしら?

書いてみたら意外といけるかも?


「帰りに絵の具を…」


「エイプリルこんな時に、何を言ってるの…」


オーガストが私を抱き起こして心配そうに見つめます。

そんな様子を黙って見ていないアナスタシア・ビアス様…フルネームは長いですね。

あえてここはアナスタシア様とお呼びしよう。

脳内だし、大丈夫ですよね?


アナスタシア様が声をあげました。


「ちょっとあなた!!いま言った話を聞いていないのですか?」


「わ、私はただ…!」


遠くでハートテイル様が何か言っております。


ああ、近くで見るアナスタシア様は、本当にお綺麗でした。


私はどっちかというと、アナスタシア様派ですねぇ。

ハートテイル様もお綺麗なんですけど。

私の好みは凛とした美人顔のアナスタシア様です!

ドリルも素敵…!

燦めくような長い金髪をドリルでコーティングして。

薄い茶色の瞳に、クッキリとした目鼻立ち。

天然のピンクに輝く唇…!

私が男性だったら、きっとすぐにでも告白してしまいそうな魅惑的な方。

あ、別に女性でもいいならすぐにでも告白するのですが。


私がアナスタシア様にうつつを抜かしていたら、ふと視線に気がつきます。

アルド様がすごい顔でこちらを見ていました。


手でも振ったほうがいいのでしょうか?

ソッと手のひらを上に向けようとすると。


「サミュエル、僕はリルを保健室へ連れて行くね?」


オーガストはとても綺麗な笑顔でサミュエルを見ます。

サミュエルは腕の中のハートテイル様を持て余す様に叫びました。


「おい、オーガスト!お前避けたくせに汚ねぇぞ…!」


「…おい!ディゴリー弟!エイプリルをどこに連れて行く気だコラおい!!」


おや、アルド様も何か叫んでらっしゃいますね。


オーガストはあっという間に私を連れて、その場を後にしました。


はぁ、初めてクラスメイトと楽しいお昼休みを送れたと。

私は感動しながらメモを取っておりました。


…オーガストの腕の中だという事をすっかりと忘れて。

私はそのまま保健室へと抱え込まれました。


いったいなぜ保健室なのでしょうね?



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