第18話 アナ様の婚約とメー様の思い。
程なくして、アナスタシア様はレオン様との婚約を解消された。
絶対しないとおっしゃっていたのだが、此ればかりは押し通すには難しかったのだろうか。
王様が言っていた言葉を思い出す。
『事情がわかった上で、そんな事を気にする様では王妃の器ではない。』
私は深く息を吐いた。
この考えは賛同できない。
王妃だって1人の女性だ。
王妃教育に旦那の浮気ぐらい目を瞑れぐらいの項目でもあるのだろうか?
好きなら気になるだろうし、本当の事が知りたいと思う事は、悪いことではないのに。
だが私は終わったのだと。
これでもう2度と彼女と仲良くなる事はないだろう。
私はまた深く息を吐く。
「どうした?エイプリル。」
「サミュエル。」
「なーんだい?」
「乙女心って難しいですね…。」
「…えっと、彼女でも出来た?」
私の前の席に、サミュエルが座っている。
手帳に今日の日記を書いている私を、サミュエルが見つめ困ったように首を傾げた。
「…彼女が出来たらこんな顔してませんね…」
『はぁ…』と溜息をつく。
もっとハッピーだわ、彼女とか出来たなら…!
友達を通り越して、彼女とか…ウフフ。
「いやぁ、だってさ。付き合いたてでフラれた男子みたいなこと言ってるからさ。」
サミュエルがクルクルと自分の前髪を指で遊びながら、言った。
私は再び溜息を吐くと、書きかけてた手帳にペンを置く。
「…気分的には似たようなものですよ…」
「ありゃぁ…」
サミュエルの指が前髪からこめかみに移動する。
そのまま私をチラリと見つめた。
「今日はオーガストいないの?」
「いますよ、今先生の手伝いで職員室に。」
私は手帳をそっと閉じて、カバンにしまいます。
「じゃ、戻るまでここで待ってるの?」
私は何も言わず、頷きました。
「サミュエルは今日もうちでオヤツですか?」
「んー、どうしよっかなぁ?」
サミュエルはいたずらっ子のように舌を出し、笑いました。
「…最近は、どう?無理してない?」
ふと真面目な顔になるサミュエル。
それを私は見つめました。
「無理とは?」
「利益のこと考えすぎて不眠不休で頑張ったりとか?」
「…そ、それはもうないです。
叱られて懲りたし…。」
ゴニョる私の前髪を、微笑みながら指でつまんだ。
「エイプリル、近寄る者は全て味方じゃないんだから、見極めるんだよ?
…花の匂いに誘われて寄る虫は、ろくな者じゃないんだから。」
「え?」
サミュエルは私の前髪を指から離し、立ち上がり私の額に顔を近づけました。
そして。
ゆっくりと離れ、至近距離で微笑みました。
「俺今日はデートなんだ。おやつはまた今度ね!」
「…ああ、そう。」
サミュエルは私にウィンクをして、教室から出て行きました。
なんやねーん!!
意味ありげなこと言いおって。
…全く意味がわからん!
近寄ってきたやつを見極めろ?
そんな人いませんけど!?
私に近寄る人なんていませんけどー!?
言っててちょっと悲しくなってきましたね…。
少し落ち込んでいると、教室の扉が開きました。
オーガストかと思い、顔をあげますと…。
「あら?」
アナスタシア様のお友達のメーガン・ヒックス様が教室に入ってすぐ、私に気づかれたようです。
しばらく立ち止まっておられましたが、小さく息を吐くと私の前にやってきて、立ち止まりました。
「あなた、知ってる?」
「…ヒックス様、御機嫌よう。」
「…そういうのいいから。…ねえ、あなたは知ってるの?」
ヒックス様はめんどくさそうな顔をして手の平をはらう様に振った。
「…何かわかりませんが、私は世間のことは何も知りません。なので正解は『知らない』ということになりますが」
「まだ何も言ってないのに返事するんじゃ無いわよ…!」
「なるほど!知ってる?には内容があったのですね!」
「あんた本当にめんどくさいわね…。」
『はぁ』と嫌そうにため息をつかれて、前髪をかき上げました。
「…アナスタシア様って、レオン様と婚約破棄したって話、知ってる?」
「…それは知っていた…!」
「知ってんじゃん!!」
ヒックス様は目を見開かれ、私を睨みつけました。
「まぁ私たちのせいもあるのよね…。」
視線を私から床にずらし、瞬きもせず見つめ続けながら。
ボソリと呟かれました。
「…もしかして、その『私たち』には、私も含まれますか…?」
「はぁ!?当たり前でしょ!…いや、ごめん。きっとあなたは関係ないのかも…。
私達がアナスタシア様を焚きつけた所為だわ…。どうしよう…」
ヒックス様は私の前の席にこちらを向いて座られました。
「あんた、さ。何か良い手ないかしら?」
ヒックス様は椅子の背もたれに肘を置き、私を見つめます。
「あのぉ…なんで私に?」
若干、訳がわかりません。
だって円陣に入れていただけましたが、決してアナスタシア様の件に関して、私は良い印象ではないはず。
私がどうこうできる問題でもない。
無性に思い出したら腹の立つ話ですが。
首をかしげる私に困った様に視線をずらし、口籠るヒックス様。
「あんた変わってるから、きっと私たちには思いつかない様な、突拍子のない良い案が生まれるんじゃないかと思って。」
アゴに人差し指を当て『うーん』と考えてみたが。
「ヒックス様は自分がしたことに関して責任を感じる何かがあるのですか?」
「…そんなはっきり普通は聞かないわよね!?もっとオブラートで何重にもラッピングして欲しかったわよ!」
「オブラートではラッピングは不可能そうですけどねぇ…」
「もっとすっごい遠巻きに言って欲しかったという例えよ!!」
「なるほど…!奥が深い…!!」
思わずメモを取ろうとすると、ペンを取り上げられる。
「それで、何について責任を」
「リル、そこで感心しないで。」
私の言葉を遮る様に、オーガストが急いだ様子で教室へ入ってきました。
うちのイケメン弟の登場に、怯えた様に構えるヒックス様。
「…また、うちの姉に御用でしょうか?ヒックス嬢。」
ヒックス様に笑顔を向けるオーガストだが、その笑顔にますます怯えた様に顔を引きつらせた。
「…何よ!別に何もいじめてないじゃない!」
「そんなこと言ってませんけど?」
『はて?』と言わんばかりに、アゴに手を置き、首をかしげる。
そしてまたスンバラシイ笑顔に戻ったオーガストは、再びヒックス様に問いました。
「それで、うちの姉に、何か?」
「だから、その…。も、もういいわ。それじゃ…!」
ヒックス様は逃げる様に去っていかれました。
その後ろ姿を静かに見つめていた私は、悔しそうに指をパチンと鳴らした。
「もう!何か言いたげだったのに聞けなかったじゃないですかぁー!」
オーガストは私の悔しそうな顔を口を尖らせて見つめていましたが、大きな息を吐きました。
「…これ以上彼女達とか関わるべきじゃないと、僕は思うけど?」
「どうしてですか?」
オーガストは頭を抱え、さっきよりもっと大きな息を吐いた。
「はっきり言うけど、ビアス嬢との婚約破棄の原因って、エイプリルが王子と関わったせいもあるんじゃないかな?
だからこそ原因となった人達は、触れたり思い出させない様に、そっとしておくべきだと思う。」
『だから絶対その取り巻きとももう関わらないで。』と、念を押される。
ぐぬぬぅ。
関わってはいけないとなると、もうヒックス様が言っていた続きは聞けないと言うことになる。
それがすごく気になって、後ろ髪惹かれる思いなのだが…。
だが、オーガストの言い分もわかる。
ただ、自分のせいというより、王子のせいだと思っているが。
最近楽しくないことが多すぎて、嫌な記憶が蓄積されすぎてモヤモヤしている。
これはもしかすると頼られたのかもしれないと、家に帰って辞書で調べた。
『頼る』とは。
① 力を貸してくれるものとして依存する。頼みにする。 「ひとに-・ってばかりいないで自分でやりなさい」
② 依存する。 「勘に-・る」 「石油は外国からの輸入に-・る」
③ 助けになるものとしてそこへ行く。 「知人を-・って上京する」
④ 言い寄る。 「人の嫁など-・るを/浮世草子・二十不幸 4」
い、依存する!?
言い寄る!?
3番に関しては助けようとしている人の近くに行くだけかーい!なんてツッコミをしてしまうほど。
だが私が知りたかったことはこういう事ではなくて…。
我が家の図書室なる、書斎にこもる。
色々本で調べながら、自分ができる事を調べ倒そうとしたが、なにせ人とあまり触れ合ったことがありません。
人の気持ちがわかる訳がない。
両手で頭を抱える。
ならば、彼女は何を言おうとしていたかを推測してみることに。
そこから彼女の悩みを解決できるヒントがあるかもしれない…!
「確か彼女は『婚約破棄について何か知ってる?』と言いましたよねぇ?
…ということは、その件に関して情報がないということです。
次に『その件に関して責任を感じている』と言ってました。」
誰もいない部屋で、独り言を呟き、人差し指でアゴをトントンしながら歩き回ります。
まるでどこかの探偵が推理でもしている様に。
「彼女の感じている責任とは、婚約破棄について。」
ピタリと足を止めます。
「ということは?」
腕組みをして『うーん』と唸りました。
「またアナスタシア様をレオン様の婚約者に戻したいということかしら?」
私はもう一度『うーん』と唸ります。
だが何度考えても、どう考えても、別の視点から見たりもしたが。
レオン様とアナスタシア様の婚約破棄を覆す様な案が浮かばない。
というより、『それは絶対無理だろう』と脳内でオーガストが否定するのだ。
「…だってなぁ…。あの王様だし。
アナスタシア様が変わったとしても今更感が。
レオン様の考え方も王様寄りだし、無理だろうなぁ…」
私は頭を掻きむしった。
「…だからこの件に関して、エイプリルができる事がないのわかった?」
声の方へ振り向くとオーガストがため息をつきながらドアにもたれて立っていた。
「聞かれたくない独り言を言うときは、声のトーンを落とすか、ドアを閉めてから言おうね!」
若干怒った様に言うオーガスト。
「わかってたんですよ!!…でも、私ならわかるかもって…初めて言ってもらえたんです…。」
私が口を尖らせ、眉を下げ、必死に弁解する姿を見て、オーガストがため息をついた。
「頼られて嬉しいのはわかるけど、何もしない事が優しさだって事もあるからね?」
「別に助けようとしている人の近くに行くだけな事は無いですけど。」
「…え?」
「…いえ、こっちの話です。」
「…そ、そう。」
私は頭をかきむしりながら、深い息を吐きました。
「何もしない事が優しい…。」
「今度ヒックス嬢が何か言ってきたら、そう言ってあげたら?
『自力で浮上するまで黙って待つ。そして戻ってきた時、いつもと変わらない様に話しかけてあげる事が最善のできる事だ』って。」
そう言い終わるとオーガストは扉から出て行った。
私は静かに開いたままのドアを見つめる。
「待つ。そして、いつもと変わらず。」
反芻する様に呟いていたら、オーガストが扉から再び顔を出す。
それにびっくりして固まっていると。
「ご飯だって。メイヤーさんが怒っちゃうから、早く降りてきて。」
「…ハッ!!ご飯…!」
私は慌てて図書室を後にした。
明日ちゃんと伝えるために、さっきの言葉を何度もつぶやきながら。




