表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/87

第14話 エイプリルの秘密。

子供時代のエイプリルの話となります。

だいぶ暗めの話となりますので、苦手な方は飛ばしてください。

エイプリル・ディゴリーが色んなことを忘れぽくなってしまったのは、僕と出会ってしばらく経った後だ。


初めて彼女と会った時は僕が『オーガスト』になった日。

髪の毛の色が自分と同じだなんて理由で安易に連れてこられたし、『なんて簡単に付けられた名前なんだ』と嫌気がさしたのだが。

紹介された目の前の少女の名前を聞いて、『自分がもらわれっ子だから適当な名前』ではなさそうで安心する。

どのみち元々は雑に扱われて、アルファベットで呼ばれていたので、名前なんてなかったけど。


少女はまるで小さな子供が抱きかかえ、持ち運べるお人形のような印象だった。


6歳にしてはえらく小柄で、その半分くらいの年齢の身長しかなく、骨の形がはっきりわかるぐらいガリガリで。

それを隠す様に綺麗なドレスに身を包んでいるのが何とも不恰好だった。

彼女は呼ばれた方へ、ヨロヨロと壁に沿って僕の方へ歩いてきた。


金色の髪の毛も無造作に誰かに切られたのか、短くなったところと長いままのところが混同して、クシを通したこともないのかあちこち固まっている。

それを大きな赤いリボンで誤魔化すかの様に結われ、不気味に見える。

生きてるのか死んでるのかもわからない虚ろな目に、少し首を傾けて下を見つめている。


お金持ちのお嬢様が、施設で貧しい思いをしてきた自分よりひどい状態だった事に、僕の顔はみるみる青ざめ、言葉を失った。


「紹介が遅れてすまない、オーガスト。

今日から君の姉になるエイプリルと言うんだ。

君より4ヶ月だけだが、お姉さんだ。

悪いが今日から彼女の話し相手がてら、気にかけてやってくれないか?」


僕は驚いたまま振り返り、ディゴリー男爵を黙って見つめた。

ディゴリー男爵は僕の頭をポンポンと、困った顔で撫でながら言った。


「エイプリルは母親とうまくいっていなくてな…。

私が悪いんだ。忙しさに託けて母親が精神が追い込まれていることさえ、気づいてやれなかったんだ。

私は何としても可愛い娘を救ってやりたいんだ。

…オーガスト、私に協力してくれないか?」


困惑する僕は頷くしかできなかった。


全く誰とも喋らず、目を合わせず。

そして食べ物も食べず、寝ることもせず。

無理やり口に食べ物を詰められ、限界がくると倒れるように眠ることを繰り返す、まるで生きることさえ拒むように。


事前に得ていた彼女の『情報』

思ったより深刻な状態に、唾液を飲み込む音が響く。


一体何が原因なんだ。

彼女をこうさせたのは…。


余りの衝撃に思わず引き気味に眉を寄せてた自分に気がつき、ハッとする。

気を取り直し、引きつる笑顔でディゴリー男爵を見上げる。


「旦那様、奥様にはご挨拶しなくてもよろしいのですか?」


ディゴリー男爵は僕の発言に悲しそうに笑い、また僕の頭を撫でる。


「オーガスト、私達は親子になったんだよ。お父さんと呼んでくれ。

後、…妻は精神の病気でほとんどベッドから起き上がれない。

だから挨拶は出来ないんだよ…。

周りには流行病で伏せっていると言う事になっているから、その様にしてくれ。」


僕は何も言わず、頷いた。


「では…お父さん…。」


呼んでててなんとも言えない気持ちになる。

恥ずかしそうに俯く僕に、同じく恥ずかしそうに僕を撫でるお父さんの姿があった。

それを見て、なんだか『親子っぽいなぁ』と、初めての体験を懐かしそうにそう思ったのを覚えている。


「エイプリル様、初めまして。

今日から弟になりました、オーガストです。

どうか仲良くしてください。」


目の前の小さな少女は問いかけに目も動かさず、僕の前を通り過ぎ、隅っこに座って頭を重そうに壁に寄りかかった。


僕はわざわざ彼女の視界に入り、もう一度挨拶をする。

それでも目は一点を見つめ、僕がまるで見えてはいないようだった。


その日の夜、お父さんと食事をする時に質問してみる。

エイプリルは部屋に連れていかれてしまったので、2人きりの食事だった。


「お父さん、失礼な質問なら先に謝ります。どうか怒らずに聞いてください。

あの、エイプリル様は視力や聴力などには問題ないのですか?」


怖々と、食事に手をつけずお父さんを見上げた。


「オーガスト、そんなに構えなくても大丈夫だ。こんなことで怒りはしない。

…家族なんだから、普通に話して大丈夫だ…。

まぁ、私も普通がわからないんだがな…。」


お父さんは恥ずかしそうに頭をかいた。

そんな様子を見て、思わず僕も微笑む。


「…お父さんもですか…一緒ですね…。」


「ああ、一緒に…エイプリルも一緒に家族になっていこう…。


あ、そうだ、質問だったな。

エイプリルは体に異常は一つもない。ただ精神的に全ての機能を閉ざしているのだろうと、医者に言われている…。私が領地の経営ばかりに目を向けている間に、エイプリルは一度も笑ったことがないなんて気がついてやれなかった…。だが私がいなきゃ経営が回らないのも事実なんだ。

あんな状態のエイプリルを連れ回すことできないし、オーガストには来た早々迷惑かける事になってすまない…。

側にいて貰うなら聞いて欲しい話があるんだが、聞いてくれるかい?

君は見た目よりしっかりして見えるが、子供にいうのは少し酷な話になるかもだけど…。」


僕は何も言わず頷く。

僕を見つめていたお父さんは、ちょっと悲しそうに微笑んだ。


「エイプリルの母親は、私の実の姉なんだ。」


思わぬ事実に肩がこわばった。

びくりと震えた肩を自分で思わず撫でて、緊張を悟られない様に口に溜まった唾液を飲み込んだ。


その様子をさっきと変わらない笑顔で見つめていたお父さんが小さく息を吐いて続けた。


「この国の制度では、領地を守るための近親婚は認められているのは知ってるかい?」


「…はい。ですが、よっぽどのことがない限り勧められてないという認識は…あります」


お父さんは大きく頷いた。


「そうだ。妻…いや、姉が城で侍女の勤めが決まった時、両親共々とても喜んで送り出した。

本人も誇りを持って楽しそうに勤めを果たしていた様で、家族として安心していたんだ。」


お父さんは何度も額を手で押さえ、目を泳がせる。


「それが突然大きなお腹を抱え、逃げる様に帰ってきた。困惑するのは両親ばかりで、姉を守るためと言いながら、この事実や世間から体裁を隠す為、近親婚を選ぶ事になったんだ。

勿論私も姉も何も言わず、それに従うしかなかった。」


両手で頭を抱えたまま、お父さんは下を向く。

僕はそれを黙ったままお父さんを見つめることしかできなかった。

余りに衝撃的な話だったからもあるのだろうが、何ともお父さんが不憫で仕方なくなったから。


お父さんは溜息を吐きながら続ける。


「何を聞こうとも姉は頑なに押し黙って、エイプリルの本当の父親も解らないまま。

それでもなる様になるだろうと、メイドを拒み、部屋に閉じこもったままの姉を、忙しい私達は好きにさせていた。

そんな私達に絶望したのか、姉はエイプリルを産んですぐ、育てることを拒否し始めたんだ。

始めは産後鬱なのだろうと医者に言われた為、生まれたばっかりの子供を姉から離し、エイプリルと私が名付け、乳母を雇い育てさせたのだが…。」


そういうと、一呼吸置く様に特大サイズの溜息が溢れる。


「2歳になったエイプリルを突然姉が引きこもっている部屋に連れ込んで外へ出さなくなってしまったんだ。私達はやっと母性が目覚めたのだと安心してしまっていた…。

まさか姉がエイプリルに何をしていたかなんて気がつくまで、えらく時間がかかってしまった。

1年前に両親がなくなり、正式に私がここの領主となって姉の部屋を訪ねたんだ。

両親の葬儀の話など大事な話をするのに、強引に部屋を開けると…今にも衰弱して息絶え絶えのエイプリルが床に転がされていたんだ…。」


お父さんはそのまましばらく黙ってしまった。


僕らの食事は手をつけないまま冷めてしまい、メイドさんが静かに新しい暖かい食事に交換してくれている。

僕はふと冷めたまま運ばれていく食事を目で追っていた。

自分のお皿が下げられそうになった時、ふとメイドさんの手を止める。


「あの、僕…冷めても大丈夫ですから、これで…。」


メイドさんは静かに微笑み、僕の手に自分の手を添えた。


「そういうわけにはいきません。オーガスト様はどうかこちらを。」


そういうと笑顔でお皿を持ってワゴンに置いた。


ここに連れてこられ、全ての大人や環境がガラリと変わり、かなり反応に戸惑ってしまうのだが…。

ここは全ての行動にホッとする。

もうむやみに殴られたりしないんだと。


僕の声に反応してか、お父さんが顔をあげる。


「オーガスト、大丈夫だよ。温め直して明日の朝に回してもらおう。」


「…わかりました。」


安心する様に息を吐いた。

僕の様子を見て、お父さんは話を続けた。


「エイプリルの母親は、エイプリルを取り上げられて益々精神の病気が進行していった。

そしてそのまま、眠り続けている。

このまま行くといつ亡くなってもおかしくない様な状態が続いている。

…私は後悔した…。

なぜもっと早く気が付いてやれなかったのかと…。

姉もエイプリルもどっちも救うことができたのではないかと…。

今更遅いかもしれないが、とにかく今はエイプリルを…せめて笑顔でいられる様に私は、親として償いたいんだ…。」


お父さんは祈る様に重ねた手をきつく結んだ。

その決意や後悔を目の当たりにして、自分も何とか協力できることは頑張ろうと心に秘める。


様子を見てきて欲しいという『友達』に頼まれたこともあるし。

この状態をどうやって伝えるべきか悩んだが、お父さんに伏せる様に言われた以外は…まぁ色々省きながら手紙を出すことにする。


次の日から毎日、エイプリルの視界に入ることから始めた。

時には横で本を音読んだり、ぬいぐるみを動かして話しかけたり。

出来ること、思いつく事を必死にやってみた。


お父さんも出来るだけ毎日早い時間に帰り、エイプリルと僕との3人の時間を作っていく。

根気よく話しかけていた成果が見え始めたのは、3ヶ月ぐらい経ってから。


話しかけると目が僕を捉える様になった。

本を読んでやると、横に座って大人しく聴いている。


5ヶ月目から、食事も口に運ぶと口を開けてくれる様になる。

食事が取れる様になると、誰かが側にいると眠るようになった。


次第に表情がなんとなくわかる様になったのはそれからまた1ヶ月後。

お父さんのお姉さん、つまりエイプリルのお母さんが亡くなった日。


バタバタと人の出入りを膝を抱え、ジッと目で追っていたエイプリルが口を開いた。


「…死んだの?」


「え?」


「お母さん、死んだの?」


「エイプリル様、話せる様になったんですか?」


僕が不思議そうに聞いた時に、ふと頬が緩んだ。


「喋れるけど、喋ると怒られるから、ずっと黙ってたの。」


「誰にです?」


「…」


エイプリルは静かに、扉を指差した。


その扉の奥には奥様の部屋がある。

今は医師やメイドさん達が半開きの部屋を忙しそうに出入りしていた。


「…僕も部屋で喋っちゃダメって怒られてましたよ。」


「誰に?」


「施設のシスターに。」


「うるさいと箱に入れられた?」


「箱かぁ、僕は倉庫に閉じ込められた。」


「ふぅん。倉庫の方が広そうで、いいな。」


「…箱は小さいね。」


「うん、苦しかった。」


エイプリルは淡々と表情を変えずに話していた。

それを見ると、僕は切なくなる。


僕の想像を超える痛みを彼女は持っているんだろう。

それをなくすことはできないけど、楽しいことで足して行けることができるだろうか。


「もう死んじゃったから、喋っていいよね?」


エイプリルが僕をみた。


「うん、もういいと思う。というかエイプリル様が話しかけてあげると、お父さんがきっと抱きしめて喜んでくれるよ。」


僕は精一杯微笑んだ。

うまく笑えているだろうか?


僕の下手くそな笑顔を見て、少しだけエイプリルの頬がまた緩む。


「…抱きしめられる時って、どうしたらいいの?」


「うーん、どうだろう?僕もここに来るまで知らなかったけど、嫌な気分じゃなかったよ。

だから抱きしめ返せばいいんじゃないかな?」


「抱きしめ返すってどうするの?」


そういうとエイプリルは両手を大きく広げた。

僕はそっと彼女の腕の中にゆっくりと近づいた。


僕より4ヶ月もお姉さんの割には、小さな僕の体でもすっぽりと隠れてしまった。

そっとエイプリルの手が遠慮がちに僕の背中に当たる。


「これでいいと思う?」


小さなエイプリルが僕を見上げた。


「いいと思うよ、エイプリル様」


そういうと、少しだけ嬉しそうに頬が染まった。


「エイプリルでいいよ。様、つけないで」


「わかった。」


「うん。」


エイプリルが僕の腕の中でじっと考え込み、呟いた。


「お母さんが死んだから、私、思い出を忘れていこうと思うんだ。」


「…忘れていくって?」


「お母さんに色々言われた事とかを、新しく起こる事が楽しかったら、1個ずつ思い出を交換して忘れていくの。そしたら楽しい事だらけになるでしょ?

交換するんだから、新しい自分に生まれ変わってそこから私がスタートするの。」


「それはいい考えだね。嫌な事を楽しい事だけで交換していったら楽しい事だらけになるね。」


「うん、だから。もし忘れちゃダメなことはオーガストが覚えておいて。」


「…わかった。覚えて伝えるよ。

だからエイプリルは楽しかった事だけ覚えておいていいよ。」


僕の言葉でホッとした様に『スルリ』と僕の腕から抜け、また静かに膝を抱えた。


「私、ね。秘密があるの。

私の秘密、お父さんとオーガストだけに教えてあげる。

だけど私はそれを忘れるの。

これから生きていく上で、大事だから。

覚えておくと、新しい私になれないから。」


エイプリルはまた扉を見つめながら、そういった。


「わかった、その秘密は僕が覚えておくね。」


「誰にもいっちゃダメだよ。」


「うん、誰にも言わない。」


「絶対に約束ね。」


「約束する。」


エイプリルは決意した様に口を開いた。

僕は、息を飲んだ。


彼女の秘密。


信じられない様な話を、僕は疑う事なく信じた。


初めてその秘密に触れた時、僕はあまりの重圧的な緊張感に眠れなかったぐらい。


今はこんな約束したことさえ忘れているだろうが、僕はこの日をずっと忘れていない。


母親が亡くなって、彼女は呪縛から解き放たれたかの様に、どんどん普通の生活ができる様になる。


彼女はそこから毎日、日記をつけ出した。

忘れていい事は書かず、忘れてダメな事だけを書き記す。

あとは好きな事。


覚えておいてほしい事は僕にも伝える。


それだけは過去を忘れた彼女が今もやる習慣。


今でも相変わらず食事を忘れ、睡眠も忘れるが、昔ほどではないので安心はしている。


彼女の秘密が僕たち家族以外に知られてはいけない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ