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名無しの冒険譚  作者: ラウンド
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精方術の話・ある村での出来事

 その世界では、何千年もの昔、魔法と呼ばれる技術が存在していた。

 自然界に満ちると言うルナミスと呼ばれるエネルギーを用い、様々な現象を自分たちの意のままに操る事が出来ると言うこの技術は、先史文明について語る歴史書や物語の中で、常に華々しい活躍を披露し、自然界や異界から降り掛かる数多の苦難を、災厄を払い除け、人々に平和と発展をもたらした。

これらの技術は、長い間、文明の中心に存在し続けていた。

 とある日の、滅びを迎えるまでは。

 人々に平和と発展をもたらした魔法達は、払い除ける災厄や、乗り越えるべき苦難を、確かに遠ざけ続けた。しかし同時に、人々に驕りをも喚起してしまったらしい。

 驕りは文明の無用な肥大へと繋がり、そして、戦災へと変貌を遂げた。

 その後も崩壊は留まることを知らず、ついに、先史文明のほぼ全てが滅び去ったのだった。

 この一連の伝承は、その全てが現存している歴史書や物語等の遺物から読み取ったものの総集であり、今の世の中の前に存在していた巨大な文明について、今現在の研究者達が知り得たものである。

 さて、先史文明は確かに滅亡した。しかし、魔法技術までが完全に滅びたわけではない。

 ごく一部だが、魔法技術は、研究者や冒険者達よって発掘され、掘り出された遺物は分析され、改変され、魔法は「精方術」と名を変えて再生を遂げることになる。

 精方術の使い方はごく単純で、正しい手順に従えば、ある程度までは誰にでも扱う事が出来る。

 まず、使うための知識を学院やそれに類する場所で学び、それに従って、適した触媒を用意するだけだ。後は自身の体力の続く限り術を行使することができる。

 ただ、こうなるまでには多くの改善が繰り返されたそうで、誰にでも使える技術として完成させるまでには多大な時間を要したらしい。

 「らしい」と言うのは、その改善の過程を殆どの人間が知らず、ただ知識のみが広範に伝達されているからだった。

 誰でも使えるようになったがために、その根幹や過程は重要とも思われず、一部以外からは忘れられていた。

 さて、ここからは、ある少女の話をする。

 その少女は、冒険家兼画家である。自分にとって未知の景色、心動かされた風景を絵として記録することを使命だと、自分で勝手に設定して旅をしている。画家として設定したペンネームはビアンカ。知名度はそこそこだが、それは彼女の本名ではない。

 また、少女は精方術の熟達した使い手でもあった。

 そして今、少女は辺境のとある村の外れに居た。

 彼女は、村に宿泊し、その礼として無償で風景画や似顔絵を描いた後、出立の準備をしていたのだが、突如村外れが騒がしくなり、何事かと様子を見に出ていた。

 少女が騒ぎの中心へ向かい、集まっていた村人に話を聞くと、どうやら数日前に降った大雨が原因と思われる地滑りによって、重要な街道が塞がってしまったらしいという事だった。

 見れば、山同士に挟まれた道を土砂と倒木とが覆い、おまけとばかりに大岩が鎮座していて、余程の無茶をしない限りは、とても通行できる状態ではない。

 特に、交通手段を徒歩と馬車に頼っている村の人々にとっては致命的だった。

 そういう事情もあって、村の若人や力自慢、さらには精方術の心得を持つごく少数の村人が駆り出され、総出での工事が行われていたが、再び通行出来るようになるまでには、長老曰く、早くとも数一週間、規模によってはそれ以上の期間を要するだろうとのことだった。

「こんな事になったのも、私の普段からの管理が甘かったせいだ。申し訳ない」

 長老はそう言って俯き、少女に謝罪した。

 少女は、その謝罪に首を振る。

「こればかりは、どうしようもないですから。大地の王の気紛れとでも思いましょう。今はそれよりも…」

 少女は一歩前に歩み出て、衣服のポケットから何かの小袋を取り、中身を取り出した上で指に着けた。

 それは青みを帯びた銀色の、指輪型の触媒だった。その頭部を飾るのは、透明度の高い深い紫の中に、星の輝きを閉じ込めたような一粒の宝石。

「あの道をどうにかしないと、ですよ?」

 そう言って少女は笑い、指輪を嵌めた左手の上に青い光の球体を生み出した。それは精方術における術の発動の準備動作だった。

 そして、球体の安定を確かめると、そのまま土木作業をしている村人の近くへと向かい、作業に参加したのだった。

 邪魔になる岩や倒木は、少女が、回転を加えた光の槍を小規模に行使して砕き、積もった湿気を帯びた土は、他の精方術使いの村人と連携して浮遊させ、一カ所に固めて除去していく。当然、砕いた岩と倒木は分けて纏めて、その後の再利用を意識することも忘れない。

 こうした精方術を使っての作業をする時には、使い手の触媒の選択と術力の制御が物を言う。

 自分が力を籠めるイメージを浮かべ易い触媒を見極め、自分が発現させたい効果をどれだけ頭の中で正確に描写できるかによって、術一つ一つの使用に伴う体力消耗の度合いと、術の安定性や効力に大きく差が出るからだ。

 例えば、攻撃術の一つ、光の槍を使うとする。

 その為には、まず土台となる光の球体を、体力を変換して生み出す術力で作り出し、次に球体を引き延ばして骨子として安定させ、最後にその骨子を包み込むように術のエネルギーが循環している、と言うイメージを頭の中で描写する必要がある。「精方術」と言う名称は、この特性に由来している。

 この手順を踏むことで、初めて安定した「光の槍」と言う精方術を発動することが出来る。

もちろん、描写している間も力は籠め続けなければならない。体力の消耗度合い、術の安定性や効力に差が出るのは、ここに起因する。

 その点、画家でもある少女は、イメージの描写は得意分野。旅の中での経験もあって、強力な効力を持つ術の描写も難なくこなす事が出来るので、このような場面においても、軽い体力の消耗で効率良く術を行使出来た。

 一方、村人達には動揺があるせいか、術の構築制御が上手くいっておらず、効果が減衰してしまっていた。

 この差は大きく、作業効率は、途中からポッと参加した少女の方が上回るほどだった。

 それからは、連携を取ったおかげか手早く作業が進み、最初の余裕のなさや動揺も、次第に笑い声や掛け声、励ます声へと塗り替えられ、皆がより一丸となって作業に集中するようになっていた。

 その集中ぶりたるや。作業開始から三日後には、広範囲に広がっていた被害が嘘のように、予想よりも早い段階で仮通行の目途が立つほどだった。

 精方術師たちの連携が円滑に進んだ事もそうだが、何より、その力に後押しされた村人達の、獅子奮迅が如き土木作業が展開されたことが大きかった。二次災害の心配が無いというだけでも、安心感は雲泥の差だ。

 結果として、本来ならば一週間程度の時間が掛かる仮開通と瓦礫除去が、僅か四日弱で終了。その後、村は一種のお祭り騒ぎになり、少女も交えての宴会となった。

特産の果実飲料も盛大に振る舞われ、消沈などもはや微塵も残らない、最初に少女を迎えた時以上に、笑顔溢れる宴が催された。

 その翌日、昼前。

 携帯食料や飲料水など、十分な支度を終えた少女は、長老を始め、作業に尽力した村人達、宴会で触れ合った大人や子ども達に挨拶して回った後、一枚の絵を長老に手渡した。

 その絵には、宴で楽しそうに触れ合う村人達の姿が半分と、土木工事で協力し合う村人達の姿が半分の、互い合わせで描かれており、手前の方の人物は、もう片方の人々を鼓舞しているようにも見える表現が使われていた。

 絵は、早速額に入れられ、長老の家の裏手にある集会所に飾られた。

「もう、行かれるのですな」

「ええ。これが、私のポリシーなもので。また近くに来た時には寄らせて頂きますよ」

「分かりました。その時は歓迎しますよ。また、色々と話を聞かせて下され」

「有難う御座います。それでは、名残惜しいですが、これで。またお会いしましょう」

「ええ。また、いつか」

 長老と、それだけの言葉を交わすと、そこからは誰に会うこともなく、少女は密かに旅立った。村に来た時と同じく、清々しい笑顔で。

 その後、とある理由から、少女は再びこの村を訪れることになるのだが、それはまた、別のお話である。

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