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名無しの冒険譚  作者: ラウンド
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Small talk/5 小話「手紙の意味」


 皇立学術院付属大図書館。知識の殿堂と通称されるここは、夕方前だというのに今も多くの学徒、研究者、教授、或いは帝都に住まう数多くの趣味的知識探究者たちの憩いの場となっていた。

 そんな場所に、少女はいた。いつもの旅装に、画材と鞄をもって。

「相変わらず、ここは人の出入りが多いみたいだね。みんな勉強熱心だ」

 少女は、鉛筆を動かして周囲の景色を紙に写しながら、率直な感想を口にした。

「それは君も同じじゃないのかい?ビアンカ」

 彼女の隣には少年が居り、彼女の感想を聞いた上での意見を述べる。その言葉に、ビアンカと呼ばれた少女は微笑を浮かべて、そうかもしれないと頷いた。

「常に良いものを仕上げたいからね。知識探究も絵描きの仕事の内だよ。アサギだってそうだよね?」

「まぁね。錬金術師の仕事は科学技術、精方術のさらなる発展のための研究開発だから、新しい知識の収集は義務さ」

 アサギと呼ばれた少年は、自作と思われる研究書を数冊、テーブル上に広げた。中には数多くの数式や図面が散りばめられており、さながらモノクロの星空のようだった。

「その義務の履行に私を伴う意図は?正直、その遂行の邪魔になっているような気がするんだけど」

 そんな天文図のようなノートの内容を一瞥し、ビアンカは苦笑を浮かべた。

 きっかけは一通の便箋だった。偶然、馴染みの旅籠街で休暇を楽しんでいたビアンカの元に、かつての学友の一人、アサギからの手紙が届いたのだ。

 内容は学術院付属大図書館の風景を独自の視点で描いて欲しいというもので、報酬もきちんと支払われることから正式な依頼としてビアンカが受託し、こうして今、彼と共にここに居る、という具合だ。

 ビアンカの言葉に、アサギは首を振って否定した。

「そんなことはない。それに、旅の中であった話を聞くのも依頼内容の一部だって、説明したはずだよ?」

「何かの研究の役に立てばいいけれど。自信はないよ?」

「構わない。僕にはない知見が聞ける貴重な機会なんだから何でも、大丈夫さ」

 ビアンカの意見にアサギは、何故か、歯切れの悪そうな口調で言葉を重ねる。

「まあキミが良いなら別に良いけれど。なら私は絵を描くから、聞きたいことがあればその都度聞いて」

「ん、了解だよ」

 ここで会話がいったん途切れた。

 その場に、鉛筆を動かす音、本を捲る音、かすかな笑い声、本の出し入れの音だけが満ちていく。

 それから、約一時間半後。

 二人は大図書館最上階にあるカフェテラスに場所を移していた。

「今日は、有難う。お陰でたの…充実した時間が過ごせたよ」

 紅茶のカップをテーブルに置き、描き上がった絵が収められた筒に手を添えながら、アサギが礼を述べた。

 ビアンカが笑う。

「それは良かった。私も久しぶりの母校で、面白かった」

「そうか…。それは何より」

 アサギもまた、微笑んだ。

 それから二人は静かに時を過ごす。

 ビアンカが描き上げた絵を見てアサギが感想を述べたり、これからどう言うものを書いてみたいかをアサギが問うてみたり、最近はどういうものを研究しているのかとビアンカが問うてみたりと、至って日常的な会話が広がっていく。

 それは、ビアンカがその日の宿に帰るまで続いた。

 見送りの後。アサギは一人で自宅へと戻り、ぼんやりとビアンカの描いた絵を眺めていた。

「実に馬鹿だなぁ、僕は。やれやれまったく…。何のための手紙なんだか」

 そう呟き、盛大にため息をついた後、ベッドにうつぶせに寝転ぶのだった。

 その傍らには、丸められた状態の紙が数個、落ちていた。


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