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名無しの冒険譚  作者: ラウンド
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深遠なるもの

 旅行先の光景は、少女が人伝に聞いていたものよりも素晴らしいものだった。

 それはまさに言葉を失う程の絶景。ともすれば、この光景を記憶に刻むために生きてきたと叫び始めるような人が居るかもしれない。

 そこにこうして訪れた少女、風景画家ビアンカもまた、その景色を絵に描きたいと心から感じていた。

 その景色にもたらされた驚異は、興味を引くという意味においては、まさに非の打ち所の無い存在と言えたが、ただ一つ、大きな問題があった。

 その景色の主体となる物を見たことからくる途方もない深遠感が、どうしようもなく筆の動きを妨げてしまうのだ。

(どう描いたものかな…?)

 ビアンカは景色をより良い状態で捉えられるよう、散策も兼ねた移動を開始する。


 そもそも彼女がこの場所を訪れようと考えたのは、皇立学校来の友人である少女、ヴィオラから、この場所にまつわる興味深い伝承を聞いたからだった。

 曰く、世界の終わり。曰く、新世界への扉。曰く、魔神の通り道、などなど。いわゆる眉唾物の話、オカルティズムをも含む崇拝対象として見られている土地なのだと。

 今は大半が失われているとはいえ、この世界には元々「魔法」と呼ばれる人智を超える超技術があり、その遺産が今もなお世界に大きな影響を与えていることを思うと、仮に“本物”の神や悪魔、世界の端を人為的に、或いは超常的に作り出していたとしても不思議はないだろう。

 それで興味を抱いたのである。

「それにしても、これは…。どう説明すればいいんだろうね」

 最初の驚きから回復したビアンカが、まず抱いた感想がこれだった。

 その光景は、言葉に表すならば至極単純な構造をしていたのだが、いざそれを他人に言葉で伝えようとすると途端に難度が上がる代物と言えるもので、何としても絵に収めて帰らねばと彼女に強く決意させた。

「鉛筆、よし。絵の具、よし。紙、よし。仕上げ粉、よし…」

 道具を準備し、不備が無いことを改めて確認した後、ビアンカは描写を開始した。

 さて、結局のところそこには何があったのか。

 言葉で表すなら、“緩やかに流れ続ける光の円環の中心にある、漆黒の球状空間”となるだろうか。そのような“空間”が、地面を等間隔にくり抜いた広大な渓谷の中央に鎮座しているのである。それ以外には特に変わったものはないが、飛ぶ鳥たちがその空間に近付こうとしないので、安全な場所と言うわけではないようだった。

 よくよく観察すると、光の加減によって色彩の変化する円環から、漆黒の空間に向けて光の流れがあり、ある一定の距離を進んだ後で消失していることが分かる。前後左右どこの崖から見ても、そう見えた。

 デッサンを終えたビアンカは、“空間”の形状確認のために広大な岸を歩き回り、ついでに誰が建てたか分からない社への参拝を行った。

「この空間は…本当、何なんだろうね。崖からそれなりに距離があるのにそれを感じさせない構造。緩やかに流れる虹色の円環。空間の中央に流れていく光の帯…」

 改めて渓谷の安全地帯とされている場所から“空間”を眺める。

「ただ、物凄く美しい事だけは確かかな。うん、ヴィオラへの土産話にはこと欠かない。ローザにも、新しいファッションのヒントになるかも知れないから、二枚鉛筆書きしていこうかな…」

 眺めながら、ビアンカは二つ目のデッサンに取り掛かるのだった。

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