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名無しの冒険譚  作者: ラウンド
28/42

遺された休息所にて

 少女は、紅と黄色に染まった森の中を歩いていた。人工物などまるきり見えない道が、どこまでも、ひたすらに続いている。舞い落ちる色付いた木の葉の吹雪が、場を彩っている。

「本当に、この先にあるんだろうか…?古の遺跡」

 少女は、肩から提げた愛用の鞄をかすかに揺らしつつ、まるで迷路のように曲がりくねり始めた道程に小首を傾げながら、しかし、真っ直ぐな期待も覗かせる声音で呟き、歩く。

 そうして十数分の後。

「おお…、ここは?」

 ひたすらに歩き続けた少女は、森の木々の先に開けた広場を見つけた。

 その中央には、場に似つかわしくなく、それでいて、これ以外に相応しい存在もないという相反する存在感を放つ、小ぢんまりとした、六角形屋根の休息所が配されている。当然と言うべきか、少女以外、人の気配は一切ない。

「ふぅむ…。まあ、取り敢えず休もうかな」

 ここまでに既に一時間強歩き通しだったので、少女は休息所を有難く使わせてもらうことにした。近くに行き、周囲を一通り見た後で、配置されているベンチとテーブルに目を向けた。

「あれ?」

 そして、その手入れが行き届いた様に目を見張った。

 ここまで、獣道も同然の道を歩き続けていたので、正直なところ埃だらけの様を想像していたので、まさかと思わされたのだ。

 ゆっくりと腰掛ける。

 木製特有の軽い軋みと、しっかり地に根を張って、自分の体を支えてくれている実感が、接地面から伝わってくる。

 鞄を開けて水筒と携帯用のカップ、そして保存用のパンを取り出す。テーブルに並べ、休憩の支度をする。湯気立つカップを見つめ、そよ風に乗せられた茶の香りに目を細めた。

「…」

 茶を一服し、ほうと息を吐いた後。体重を背もたれ部分に預けて、屋根の外側に広がるよく晴れた空を見上げた。

 周囲の多様な彩りとは正反対の白と青二色のみの空。鱗雲が漂い、ゆっくりと流れていく様子が見える。

「……さて」

 体を戻し、鞄から、商売道具である愛用の画材を取り出す。

 筆、絵の具、画用紙、水入れ、粉末剤の入った小瓶。それぞれを一つずつ確認していく。

 彼女は、主に風景を描く旅絵師で、名をビアンカと言った。ただし、名前は筆名であり、本名は本人にも分からない。それなりに名が売れる以前より名乗り続けているせいか、彼女の友人知人全員、その名で彼女を呼んでいた。

「特に道具に不都合も無し、と」

 さらに茶を一服。パンを一口。保存用に固めに作られているパンが茶で解れて行く感触が、ビアンカを満たす。

 そして、改めて休息所の様子を観察する。

「うん?このテーブル…」

 十数秒間の観察で、ビアンカは、カップを載せた皿やパンを置いたナプキンの隙間から、テーブルの表面に意図的に施されたと見られる、独特な模様が覗いていることに気付く。

「……これ、もしかして」

 その気付きを確認するために、ビアンカはカップやナプキンを退け、全体像が見えるようにした。線のような模様を指でなぞり、地図で道を辿るように動かしていく。

「ふぅむ…、これは」

 すると、線を指でなぞるうち、さらにある事に気が付く。

「これは…俯瞰視点からの、都市の全体図かな?へぇ、凄い。ここまで詳細な図柄を彫刻できるなんて。しかも…」

 同じ場所をさらになぞりつつ、その感触に再び嘆息した。

「この、物の表面を、ガラスに頼らず平面のようにツルツルにする技術…。存外、高度な手段によって作られたもの、なのかな?」

 そのまま考え込む。

 全体図には、広域に発展していたと思われる街の図が描かれている。

 一定の法則性を持つ通路配置。或いは持たない配置。計算された都市構造は、洗練された芸術のようでもあった。

 さらに細かく見ていくと、通路の両端や、配置された公園らしき場所は、木々に満たされている様子が見受けられる。そしてよくよく見てみると、中央のちょうど真ん中付近に、この休息所によく似た構造の建物があるのが分かった。

「……そっか。これって、ここのことなんだね。なるほどなぁ…」

 その図柄を見つめつつ、再びカップを口に運ぶ。

「となると、休憩が終わったら、気合を入れてこの周辺の探索をしないといけなくなったね。何しろ、ここが目的地みたいだし」

 一つ息を吐き、期待に満ちた嬉しそうな声音で、ビアンカは呟くのだった。

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