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名無しの冒険譚  作者: ラウンド
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遺跡研究都市ルイーナ・クラスターナにて・中編

 中央区と外部を隔てる壁には三つの役割がある。

 一つは、外部から内部への、或いはその逆への流通と人の往来の管理。もう一つは、外部で非常事態が発生した際の中央区の保全と住民の保護。そして、中央区内部で発生した異常事態を外部へと波及させないための防波堤として。

「取り敢えず、壁の所までは油断出来ない感じかな、これは」

 建物の陰に隠れながら、ビアンカがこまめに通路の先を偵察していく。そうして安全を確認した後を、ヴィオラがこっそりと付いていく、という流れを、数度繰り返していた。

「何だかドキドキしますわね。緊張感で…」

「徘徊する古代兵器に狙われる、か。うん、確かにドキドキするね」

 未だに顔色の優れないヴィオラに対し、既にいつもの調子を取り戻しているビアンカが、どこか楽しげに返した。

 ヴィオラが嘆息する。

「……何だか手慣れていません?貴方」

「旅ってそんなものだしね。遺跡に足を運べば、魔物も自動人形もわらわら居るから。それよりも、次の通路は少し長いみたいだから注意して」

 指輪型の触媒に術力を保持した状態で、ビアンカは建物の陰から飛び出した。服の裾をはためかせながら通路の途中にある木箱の所まで駆け抜けて行く。

「あ、ちょっと…!ふぅ…。頼りになるのは確かですが、親友を自負する身としては非常に心配ですわね」

 小言を口にしながらも、その背を追うようにヴィオラも続いた。

 幾つかの曲がり角と通路を経過し、幾人かの研究者や軍人と交差した後。

 ビアンカとヴィオラの二人は、しんと静まり返った無機質な印象の通路を慎重に前進していた。

「中庭が直接的に外側と通じていない構造って言うのは、確かにデザインとしては良いのかも知れないけど、こういう時は不便だね…」

「そうですわね…。移動だけで疲れてきますわ」

 徐々に広がり始める疲労感を会話で誤魔化しながら、二人はひたすらに前進していく。

「途中、寄り道しなければ、もっと早くに出入り口に着けてたかもしれないけどね」

 そう言ってビアンカは笑った。

「し、仕方ないでしょう?あれらが無為に失われると思うと…もう…胸が締め付けられると言いましょうか…こう!」

「分かった分かった私が悪かったよ、うん。あれらは大事だ、うん」

 必死になって学者的な欲求を学者らしからぬ抽象的な表現でまくし立てる親友を、ビアンカは苦笑で宥める。ヴィオラは、自分の好みの話を振られると、普段の知的な人間性が鳴りを潜め、まるで何も知らない子どもが初めて海でも見た時のような無邪気さが露出する。

 普段であればそれだけで済む話だったが、今はそうではない。

「でもそれは、後の楽しみに取っておくと良いんじゃないかな。ほら、絵も仕上げはゆっくり行うものだし」

「う…そ、そうですわね。ええ、寝かせた方が美味しくなるものもありますからね」

「はは…。それを味わえるように、しっかりと脱出しないとね」

 そう言って、こそこそと通路の先を偵察する。まるで斥候の真似事のように、絵描きに相応しくない姿勢で、ひっそりと息を殺して、外への道を模索する。

「……!」

 だが、それはすぐに終わりを告げた。

「ヴィオラ」

「どうかいたしましたか?」

「問題発生だ。ごらんよ」

 そう言って、そっと場所を譲る。ヴィオラもそっとその場所に収まり通路の先を見やった。

そして、通路の途中を塞ぐ銀色の巨大な甲冑が見えた瞬間に、体を引っ込めた。

「取り敢えずどうするか、決めようか」

 跳ねるように移動したヴィオラの体を支える。

「古代の魔道甲冑相手に、どう対処すればいいのでしょう?精方術が通用するかも分かりませんし」

「そうだよねぇ…。まず無効化されそうだよね。少なくとも遥か昔の世界大戦中に造られた物なのは確かだし…。うーん…」

「…そう言えば、ビアンカさんは魔神や魔物に遭遇した時は、どの様に切り抜けるのですか?」

「うん?それはもう、物陰に身を隠したり、術を使って一目散に逃げたり、極力戦わない。何してくるか分からないからね」

 触媒の指輪の二つ目を身に着けながら、通路の先でランス型の武器を誇らしげに構えているケンタウルス型魔道甲冑の様子を見守る。

「でしたら、今回も?」

「もちろん、基本的には避ける方針だよ。ただ、ヴィオラの術使用の問題もあるから、どうやって戦闘を避けるか考えないとなぁってね」

「…それなら、参りましょうか」

 そう言うと、ヴィオラももう一つ、指輪型の触媒を身に着け。

「それに、ここで二の足を踏んでいるよりかは、ましかも知れませんし」

 そして笑った。

「分かった。なら考えるのは止めだね。作戦は一つ。お互いに生き残るための努力をしながら向こうまで駆け抜けよう」

 その笑顔に、ビアンカもまた嵌めたばかりの指輪を示し、笑顔を返した。

 ケンタウルス型の魔道甲冑に向けて、最初に飛び込んだのはヴィオラだった。

指輪を嵌めた左手に右手を重ね、祈る時のような形を作った後で、ケンタウルス型の魔道甲冑に向けて突撃を掛けるように走る。目の前に銀色の巨体が迫る中、徐々にヴィオラの体が風を纏い始める。

ケンタウルス型の魔道甲冑は、目の前に突出してきた名も知らぬ少女に向けてランスを向ける。その先端には淡い光が灯り、一秒ごとに強くなる光と共に空気が揺らめく現象が起こっている。

 その様子に、ヴィオラはそれが攻撃用の魔動機であると即座に看破し、同時にその威力にも考えが至ったが、突撃の足は緩めない。

ランスの先に灯る光が高まり始めたその時、ヴィオラは手を解放して背後に流すように構え、大きく息を吸い込んだ。

「ビアンカさん、今です!」

「分かった!ヴィオラも合わせて!」

「んっ…!」

 何処からか聞こえたビアンカの声に合わせて、ヴィオラは走る速度を上げた。長く伸ばした髪が揺れ、舞うように翻る。

 ケンタウルス型の魔道甲冑は聞こえて来た声に混乱したのか、何処にランスを向けて良いのか迷う素振りを見せている。

 その時だった。

 通路の奥。ちょうどヴィオラと同じ線上に位置する場所に空間の歪みが発生したかと思うと、その歪みの中心からビアンカが文字通り“射出”された。

背中には光で出来た翼を背負い、光の粒子を散らしながら低空飛行で加速。背後からヴィオラに急接近していく。

「ヴィオラ!手を!」

「ええ!任せますわよ!」

 そして、ヴィオラの背中と伸ばした腕とビアンカの距離が手で触れられる距離にまで接近した次の瞬間。

ヴィオラは纏う風に導かれるように浮遊し、さらにビアンカがその体を捕捉、まるで一個の飛行体となるかのように、脇を通すように手を回して抱き上げた。

「よっし、成功!」

 思惑通りの成功に無邪気な声を上げるビアンカ。

「喜ぶのは後ですわ!前!前見て下さいまし!」

「分かってる!」

 しかし、すぐに放たれたヴィオラの警告で表情を引き締める。

 ケンタウルス型魔道甲冑の構えたランスの先端に灯る光の、今にも放出されそうな集束を真正面から捉え、加速し、接近し、そして。

「来ますわよ!」

 再びのヴィオラの警告とほぼ同時に、ランスの先端から魔法によるものと思われる一条の光線が放たれた。

「大丈夫!」

 完全に回避限界点を突破していたビアンカ達だったが、突如として出現した光の障壁が光線を受け流し、その衝撃を利用して軌道を変え、強引に回避した。

 役目を終え、粒子になって散っていく障壁を突き抜けるように、そのままの勢いで魔道甲冑の横側を目指す。

 そして光線、ランスと次々に通過した後に、一瞬だけ魔道甲冑の頭部と視線が交錯する。心なしか、目に当たる部分の明滅が、驚愕しているように見えた。

「よーし、突破した!中々どうして、上手く行くもんだね」

「あそこで最初の“光の盾”を応用とは、やりますわね。このまま出入口まで突破致しましょう!」

 粒子を散らしながら通路を飛行する二人。前面に障害物は存在せず、ただ空間に満ちる何処か冷めた空気のみが二人の体を押していた。

 徐々に研究所の出入り口、ガラス製の扉が迫る。

「突き破るよ!」

「頼みました!」

 少しずつ追加速していく体を制御しながら、先程使用した光の障壁を再び展開する。触媒に合わせ、波紋が広がる様に光が二人を包み込む。

 ガラスが迫り、空気がさらに冷えて行く。

「三、二、一…」

 二人の高速接近で圧縮され、圧迫され続けた空気が、周囲の壁を激しく揺らし、そして。

「せぇのっ!」

 二人によって突き破られたガラスや光の粒子と一緒に、外へと噴き出した。

 空気と共に飛び出した二人は、勢いを殺しながら急速に方向を転換。防壁の門のある方向へと向かい始める。

 そのまま加速し、後は脱出するだけと考えていた、その時だった。

「ビアンカ、ここからは私が方向を……ん?」

 ちらりと門の方向を見やった二人は、急速に血の気が引いていく感覚を味わった。

 ちょうど二人の向かおうとしていた先に、既にランス型魔動機による砲撃態勢を整えたケンタウルス型魔道甲冑二体が、まるで予測していたかのように待ち構えている姿が見えたのだ。

「不味いっ…飛行の制御に術力が吸われるせいで“盾”が…!」

 急激な事態の悪化に、ビアンカの口調から余裕が消えていた。

 ランスの先に集束した光が、無防備になっている二人に向けて、放たれた。

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