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名無しの冒険譚  作者: ラウンド
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白百合の城にて

 一人の少女が、城の中を歩いていた。

 今も健在の城ではなく、もはや人の居ない、名も失われた空虚な廃墟なので、正確には城であった場所の、少し立派な廊下を、だった。

 近くの、崩れている壁から外が見える。

 一本の大樹と、囲むように植えられた白百合が、中庭らしき場所を無秩序でありながらも秩序的な配置で占拠している。

 純粋に、綺麗だ。美しいと、少女は感じ、しばらく足を止めて光景を楽しむ。

その手には、どこからともなく取り出した白紙の紙束と、無限に塗料を補給出来ると触れ込みの筆を握っていた。

 少女は、冒険家であると同時に画家でもあった。芸術家としての名前はビアンカ。知名度はそこそこ。

 旅先の景色を絵画として記録し、他の誰かに伝えると言う使命を、自分で勝手に設定して旅をしている。

 たまに個展も開き、人々に記録の断片を公開していた。そして希望者がいれば、その絵を売却する。彼女はそれで収入を得、生活していた。

 今回の冒険もまた、記録することだった。

 筆を走らせ、景色を記録する。

 大樹を中心に咲き誇る、純白のカーペット。

 大樹が、その生命力の証左でもある木の根を、力強く大地に張り巡らされているその上から、白百合が上品に、清冽に咲き乱れ、さながら聖域に立ち、祈りの舞踏を、隆々たる聖騎士が天地に向けて捧げているかのようだった。

 その様を記録する。自身の感じたイメージに合うように、ありのままを、描く。

 青々と生い茂る葉っぱの一つ一つ、咲き乱れている白百合の花弁一つ一つに至るまで、見逃さぬように。

 そして、線画の全体像を描き終わると、物入れとして使っている袋から、虹色をした不思議な粉の入った小瓶を取り出し、仕上げとばかりに、中に入っている粉を少量ずつ、線画に振り掛けた。

 すると、白黒でしかなかった記録に、うっすらとだが、はっきりとした色が浮き上がった。大樹の色。白百合の色。それを包む空気の色。そのすべての色が。

 少女は、色の付いた記録をまじまじと観察して満足そうに頷くと、その紙だけを紙束から切り離して筒状に丸め、同じような形の紙が何枚も入れられている筒に収めた。

 そのあとで、再び目の前の景色を見やる。何度見ても、変わらずそこにある雄大で優美な生命の息吹を、肌で感じた。

 その息吹にあやかろうと思ったのか、少女は、一つ大きく呼吸をし、その場を後にした。

 その後も、冒険は続く。

 光の術を用いて、手ごろな明かりを生み出した後で、廊下の角を曲がり、崩れそうな道を避けつつ、探索を続けていく。

 ある部屋には、貴金属の食器が並べてあったり、高級そうな木材を使っていたと思われる家具類が放置してあったりと、意外と荒らされてはいなかった。同時に、白骨化した遺体もそのままだったのだが。

 ある部屋には意味ありげな宝箱のようなものもあり、周囲に罠が無いことを確かめてから、観察ついでにそっと開けて中身を探って、ちゃっかりと内容物を頂戴する。

 そうして探索を続けていくうち、少女は、城が荒らされていない理由を知った。

 骨を媒体とした死者の亡霊が居たのだ。

 冒険には危険が付き物だが、余計な危険など誰も買いたくはないだろう。それが死者の手荒な歓迎であればなおさらだ。

 当然、少女も骨を媒体とした亡霊に襲われた。

 ただ、少女には万象を読むと言われる術、精法術の心得があったので、中空に生み出した光の槍で亡霊達を鎮圧していく。本来であれば浄霊したいところだが、少女はその術を知らないので、鎮圧した後で祈りを捧げて終わらせた。

 それから二時間程の探索を行った後、少女は城を出た。

 城壁の正門跡をくぐった所で、振り返る。

 そこで少女は、また目を見張った。

 訪れたばかりの時には気が付かなかったが、あの中庭の大樹が、わずかだけだが、そこからも見えたからだ。

 再び紙と筆を手に取り、記録を描く。城と、大樹と、周囲の景色とを。一つとして見逃すことのないように。

 事が終わると、少女は満足げに微笑み、それからは後を振り返ることもなく、その場を立ち去った。

 目の前には、白亜の家々や、石畳、未だに水の湧き出し続ける噴水公園などの景色が広がっている。

 無論、人はいない。誰も、そこには居ない。

 少女も何処かへと姿を消し、後には名も知らぬ死者と、忘れ去られた街並みが残されているだけだった。

如何でしたか?少しでも楽しんでいただけたなら、何よりです。

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