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Op.1

公式企画の夏ホラー2018参加作品です。

まあ、内容はお約束というか、典型的なバイオハザード系ですね。

それでは、どうぞお楽しみください。

アデン湾・コンテナ船『シムラクルム』号


 月さえ出ていない深夜のアデン湾、紅海とアラビア海を繋ぐ洋上を西に向かって速力22kt(約40km/h)で航行する1隻のリベリア船籍の中型コンテナ船があった。シンガポールを出港した同船が次に寄港するのは、イエメン西部にある紅海に面した港湾都市ホデイダの港だ。

 この手の船は複数の港を経由して積荷の揚げ降ろしをしながら世界各地を巡っており、シンガポールもホデイダも今回の航路上に複数ある寄港地の1つに過ぎなかった。

 ただ、アデン湾ではアフリカ大陸にあるソマリアを拠点とする海賊(犯罪行為を生業とする武装集団)による民間船舶への襲撃が多発し、イエメンでは現在進行形で内戦が続いている。

 だから、安全対策として同船には銃火器で武装したPMSC(民間軍事警備会社)所属の警備員が何人か乗船しているのだが、その人数がこの規模の船に対して配置される標準的な人数よりも多く、また彼らの持つ銃も『AK-103』アサルトライフルという強力な物だった。

 当然、乗船する警備員の人数が増えれば費用も多く掛かり、それに見合うだけの利益を上げる物を輸送しないと採算性が合わなくなる。つまり、一見すると何の変哲もない普通のコンテナ船だが、そこまでする程の価値のある“何か”が積荷として積載されているのだ。

 そして、そんなコンテナ船の船内では、乗員や警備員とは明らかに異なる白衣を着た科学者にしか見えない2人の男が何やら会話を交わしながら歩いていた。

 やがて彼らは目的地に着いたのか、PMSC所属の警備員が数人掛かりで見張るコンテナ群の前で立ち止まり、その中の1つに近付いて一方の男がズボンのポケットから取り出したカードキーと8桁の暗証番号によるロックを解除すると、連れだってコンテナ内へと入っていった。


「じゃあ、そっちは任せたぞ」

「チッ、また俺がやんのかよ……」

「賭けに負けたお前が悪いんだろ。いいから、さっさと終わらせようぜ」

「そうだな。俺も、こんな所には長居したくないからな」


 こうしてコンテナ内へと入った2人は、それぞれが担当する物が設置してある場所へと近付いて作業に取り掛かる。この時、文句を言っていた方の男が担当する事になった場所には、動物を入れるのに使う様々な大きさのケージが並んでいた。

 当然、ケージの中には種類の異なる動物が1匹ずつ入っていたのだが、ほとんどの動物は彼が近付くと威嚇というよりは攻撃としか思えない動きを見せた。しかも、その攻撃の動作は異常なまでに激しく、金網や頑丈なアクリル製の壁面にぶつかってケガをしても一向に収まる気配が無い。


「特に、大きな変化はなしだな。昨日と変わらず、攻撃的で臭いも酷い」


 しかし、男は異様な攻撃性を見せる動物達を当たり前のように一瞥すると、漂ってくる腐臭混じりの悪臭に顔をしかめながらもタブレット端末を取り出し、ケージ内を観察した時の様子を記録していく。

 ただ、いつも決まった時間に此処を訪れ、中の様子を観察しては記録を付けるだけの日々をコンテナを船に積み込んだ時から毎日繰り返していた所為か男の行動に緊張感は無く、昨日までと同じ内容を機械的に端末に入力しているだけだった。


「うおっ!?」


 すると突然、船が右に傾斜して振り子のような横揺れに見舞われる。おそらくは大きめの波が左舷の船腹にでもぶつかったのだろうが、完全に油断していた男は船体が傾斜した弾みでバランスを崩し、転倒を避けようと反射的に右腕を前に突き出して身体を支えた。


「ぐっ……!」


 だが、直後に鋭い痛みが指先に走って短い呻き声を上げ、思わず顔をしかめる。そして、脊髄反射で痛みの走った方の手を触れていた物から離して引き戻し、痛みを訴えてくる箇所に視線を向けてどうなっているのかを確かめた。

 すると、中指に牙の生えた小動物に噛まれたような傷があって出血していた。それに気付いた男は、やや血の気の引いた表情で視線を正面のケージ群に向け、自分の指を噛んだ相手を確認する。そこには種類こそ咄嗟に思い出せなかったものの、牙を剥いて唸り声を上げる小型のサルがいた。


「おい、どうかしたのか!?」

「なんでもない! ちょっとバランスを崩しただけだ!」


 ところが、もう1人の男から声が掛かり、ふと我に返った男は咄嗟に嘘を吐く。なぜなら、彼は自分と同じように飼育観察中の実験動物に噛まれた人間が何人も表向きは辞めたり解雇されたりした事にされているが、実際には秘密裏に殺されているのを知っていたからだ。

 それと同時に、たとえ噛まれても専用の抗ウィルス剤を打てば殺されずに済む事も知っていた。幸い、薬剤の保管場所と入手方法は知っているので今は咄嗟に吐いた嘘で切り抜け、時間を空けてから人目を盗んで取りに行けばいいと考えて何食わぬ顔で作業を続ける。

 しかし、彼は抗ウィルス剤に関して重要な事を知らなかった。確かに、その薬剤の効果は非合法な人体実験によって実証されているのだが、そこには噛まれてから20分以内に投与した場合に限られるという条件があった。


   ◆


 深夜の海上に船舶用ディーゼルエンジンの音に混じり、『AK-103』アサルトライフルの断続的な射撃音と怒号が響く。


「冗談きついぜ! マジでアンデッドと戦うハメになるとはな!」

「おい、ぼやいてる暇はないぞ! 11時方向から新手のお出ましだ!」

「確認した! 片付ける!」


 船上では、乗船していたPMSCのプライベート・オペレーター(戦闘行為に直接関わる警備要員)達がどこからともなく湧いてくる多数のアンデッドに対し、手にした『AK-103』アサルトライフルの銃口を向けて7.62mm×39弾の連射を浴びせて必死の応戦を繰り広げていた。

 映画や小説などのフィクションの世界で描かれるアンデッドと同様、ここに出現したアンデッドも土気色に変色して腐敗の始まった肌、白く濁って焦点の合わない瞳で不気味な唸り声を上げている。

 また、唸り声を上げる為に開いた口からは黄ばんだ涎と共に強烈な腐敗臭も漂わせ、さらに不快感を倍増させていた。そして、動きは誰もが想像する通り緩慢かつ単調で両腕を前に突き出した格好をとり、酔っ払いのような覚束ない足取りで大きな音や強い光に向かって進むだけだった。

 ただし、理性や恐怖心といったものは完全に失われているらしく、銃口を向けられても怯むどころか平然と突き進んでくる。ついでに痛覚も消失しているようで、被弾して血や肉片が飛び散っても衝撃で少し動きが変化するくらいで痛がる素振りは微塵も見せない。

 それは、どす黒い血のこびり付いた腸などの内臓が体外に露出していたり、身体の肉を食い千切られたりしている個体が少なからずいる事からも窺える。だから、アンデッドを確実に葬り去るには脳幹や小脳に一定以上のダメージを与えるか、首を物理的に切断するぐらいしかなかった。

 一応、大規模な攻撃で全身を木端微塵に吹き飛ばしたり、高熱で骨になるまで焼き尽くしたりする方法でも葬り去れるが、そこまでの火力を発揮できる武器は船に積んでいない。もっとも、積んであったとしても船体に与える被害も大き過ぎて使えないだろう。


「ぐああああっ!」


 こちらへと向かって来るアンデッドを葬り去ろうと立射姿勢のまま頭部に狙いを定め、両手でしっかりと構えていた『AK-103』アサルトライフルのトリガーに指を掛け、まさに引こうとしていたプライベート・オペレーターの1人が突然の激痛に襲われて悲鳴を上げる。

 彼は眼前のアンデッドに集中するあまり、死角となる位置から甲板上を這いずって来たアンデッドに気付かず、左の足首を掴まれて思い切り噛みつかれたのだ。

 さらに、その所為で銃の狙いも外れて発射された多数の7.62mm×39弾は、掠めはしたもののアンデッドの背後にあったコンテナの薄い鉄板を貫通して小さな火花を上げるだけで終わった。


「このクソが!」


 厄介な事にアンデッドは動きが単調かつ緩慢で、見た目こそ傷だらけではあっても常人より遥かに力が強く、振り払うのは容易では無い。しかも、痛覚を失っているので思い切り蹴っても放さなかった。

 だから、激痛に歪む顔で足に噛みついたアンデッドを見下ろして悪態を吐いた彼は『AK-103』アサルトライフルの銃口を足下のアンデッドの頭部に向けると、右手人差し指で弾くようにトリガーを引いて数発の7.62mm×39弾を叩き込んだ。

 さすがに、この近距離では外しようもなく、発射された弾は全弾が頭部を直撃して辺りに血塗れの頭蓋骨や脳の破片を撒き散らす。そして、頭を砕かれたスイカのようにされてはアンデッドと言えども動く事は叶わず、掴んでいた足首も簡単に振り払われてしまう。

 しかし、この横槍の所為で彼は自分の置かれていた状況を失念していた。それに気付き、慌ててもう1体のアンデッドに視線と銃口を向けたが、文字通り手の届く距離にまで近付いていて首の付け根辺りに噛みつかれてしまった。


「ぎゃああああっ!」


 各所から聞こえる銃声に混じり、凄絶な悲鳴が船上に木霊する。だが、獲物を襲うという本能に支配されたアンデッドが悲鳴を耳にした程度で躊躇う筈もなく、皮膚の下にある血管や筋肉ごと噛みついていた箇所の肉を食い千切った。しかも再度、噛みつこうと大きく口を開けた。


「いい加減に……、しやがれ……!」


 顔中に脂汗を浮かべて息も大きく乱したプライベート・オペレーターの男は、タクティカルスリングで落とす心配は無いので『AK-103』アサルトライフルから手を放すと、右手だけで腰のホルスターに入れていた『MP-446』ハンドガンを引き抜く。

 そして、再び噛みつこうとしたアンデッドの側頭部に銃口を押し付けると2回連続でトリガーを引き、9mm×19パラベラム弾をゼロ距離から容赦なく撃ち込んだ。当然、発射された弾は頭蓋骨を貫通して脳幹にまでダメージを与え、臭い息を吸い込む羽目になったもののアンデッドは始末できた。

 だが、彼の負った傷は決して浅くは無く、周囲に積んであるコンテナの1つにもたれ掛かるようにして座り込んでしまう。その状態でも自分で止血までは行えたが、噛まれた箇所は熱を帯びて酷く痛み、やがて意識も朦朧とし始めていた。

 最初に噛まれた男がそうであったように、警備に当たっていたプライベート・オペレーター達にもウィルスの存在は知らされておらず、それ故に抗ウィルス剤も誰一人として支給されていなかった。なので、彼がアンデッドの仲間入りをするのは時間の問題である。

 しかし、この騒動の背後では更に深刻な事態が進行していたのだ。それは先程、彼が接近するアンデッドを撃とうとして外し、結果として銃弾を命中させてしまったコンテナ内部で誰にも気付かれる事なく進行していた。


   ◆


イエメン西部・ホデイダ・港湾地区


 たとえ内戦で反政府勢力の支配下にあったとしても、ここが同国の物流を支える重要拠点である事に変わりは無く、反政府勢力側の組織によって適切な管理と運用が行われていた。ゆえに、頻度こそ減ったものの今でも外国船の入港は続いている。

 だから、朝になって沖合から1隻のコンテナ船が接近するのを見ても当たり前の事だと思い、その動きに注意を払っているものは少数だった。


「シムラクルム号、応答してください。繰り返します。シムラクルム号、応答してください」

「どうかしたのか?」

「実は、30分後に入港予定のシムラクルム号から連絡がないんですよ」


 港に出入りする船の管制を担っている管制センターでは、椅子に座った管制官と傍らに立つ上司が深刻な表情を浮かべて話し合っていた。当然の事だが、港に出入りする船は混乱や衝突事故を避ける為に原則として管制官の指示に従う規則になっている。

 さらに、接岸できる桟橋や使用する港湾設備の都合もあるので入港予定時刻は事前に通達されており、待機エリアに指定された水域に入った時点で連絡を入れるのだ。そして、そこで水先案内人を乗船させて以降は案内人の指示に従って入港する。

 なにせ、港内や水路は水深の浅い所も多いので、特に喫水の深い大型船などは航行できる場所も限られる為、海底地形や海流に詳しい人間の先導が欠かせないのだ。だから、『シムラクルム』号も待機エリアに指定された水域内で一旦停船し、そこで連絡を入れて水先案内人を乗船させる手筈になっていた。

 ところが、同船は待機エリアに進入した後も一向に減速をしないどころか、連絡さえ行わずに真っ直ぐ岸壁へ向かって航行を続けていた。それを周囲にいた他船からの無線連絡で知った管制センターの管制官が不審に思い、直接連絡を取ろうとしたのだが、結果は見ての通りである。


「とにかく、呼び出しを続けるんだ。私は様子を見てくる」

「分かりました」


 上司は管制官に指示を出すと、棚に置いてあった双眼鏡と携帯無線機を掴んで部屋を後にした。当然、問題の船を直に見る事のできる場所へと移動する為だが、そこは管制センターのある建物の屋上なので駆け足に近かった事もあり、ほんの1~2分で到着する。

 そこで彼は、まず目視で『シムラクルム』号の姿を探し、方角と大まかな距離を把握してから双眼鏡を目に押し当てて様子を窺った。やはり、船は減速する事なく航行を続けていた。

 こうして自分の目で確認するまでは無線機の故障を疑っていたのだが、それなら船に常備してある信号弾や発煙筒などで周囲に知らせれば済む話だし、ここまで港に近付けば乗員のスマホだって使える。また、それが原因なら減速すらしない理由の説明がつかないのだ。

 ちなみに、定期航路を航行する最新のハイテク船は基本的に航路の大部分を自動航行で進み、港や運河のように状況に応じて細かい操船が必要な場合のみ人間が舵を動かしている。

 これは、GPSによって自船の正確な位置情報をリアルタイムで受け取りつつレーダーで周囲の状況を把握し、それらの情報を基にコンピューターが船の航行システムを制御しているからだ。

 だから、人間が舵の操作に使う機器もコンピューターによる電子制御を常に受けており、昔のような舵輪ではなく片手で動かせるゲームのコントローラーみたいなジョイスティックが採用されていた。


「まさか……」


 そんな時、彼の脳裏に別の恐ろしい可能性がよぎり、小声で呟くと生唾を飲み込む。そして、改めて双眼鏡で船の様子を慎重に観察し、その兆候があるかどうかを探った。そう、彼の脳裏によぎったのは船を使ったテロ攻撃である。

 反政府勢力側がテロ攻撃を警戒するというのは奇妙に感じるかもしれないが、現実には政府側を支持する武装勢力や民兵組織もある為、どちらの陣営もテロ攻撃を受ける可能性はあるのだ。

 また、近年ではソフトターゲット(テロ攻撃を想定していない上に、不特定多数の人が集まる施設やイベント会場)に対して盗んだ車両等で突入し、たまたま居合わせただけの人を手当たり次第に轢き殺すテロ攻撃が発生しているからだ。

 もっとも、ここは国際貨物も取り扱う港湾施設なのでソフトターゲットとは異なるが、同国で続いている内戦に他国が軍事介入して事実上の代理戦争の様相を呈しているだけに、いつテロ攻撃の標的になったとしても不思議では無かった。

 そういう事情があったからこそ、今回のような事態に遭遇した時でも決断は早かった。彼は最悪の事態を想定し、一緒に持って来ていた携帯無線機を作動させると港湾施設全体の安全管理を担当する保安部門の責任者に繋ぎ、各方面に警報を出すよう要請する。


「港湾海上交通センターのサイードだ。問題が発生した。こちらからの呼びかけに応じない船が1隻、減速せずに接近している。テロ攻撃の可能性もある為、各方面への連絡と以後の対応を頼む」

「分かった。ただちに港全域に警告を発する。それで、船の名前は?」

「シムラクルム号だ」


 その言葉通り、次の瞬間には港湾施設の各所に設置してある大型スピーカーから耳障りな警告音が発せられる。ただ、様々な作業が行われている港は騒々しい上に場所によっては聞こえづらいので、警告音に気付かない者も少なくない。

 なので、同時に各現場の責任者にも保安部門から連絡がいき、そこから監督下にある作業員達に情報を伝えて対処する方法が採られていた。さらに、テロ攻撃の可能性がある場合は速やかに治安維持組織に報せる義務もあり、程なく反政府勢力内の治安維持組織から派遣された人員も到着するだろう。

 こうして着々と事態への対応が進む一方、問題となっている『シムラクルム』号は依然として無線での呼び掛けに応じる事なく岸壁への突入コースを進み続けていた。その為、予想進路上にいた他船には衝突回避を目的とした移動命令が出されていた。

 もっとも、こんな風に移動命令を受けたところで一定規模以上の大型船は機関(エンジン)出力を最大にしても直ぐには動く事さえ出来ないし、それ以前に機関を止めていたら始動させて安定した出力を得るのにも時間が掛かってしまう。

 当然、機関を逆回転させて減速を開始しても止まるまでには何kmも進んでしまうし、舵を切って針路を変えようとしても大回りしか出来ないから針路の交錯は避けられない。ゆえに、自力で衝突を回避できるのは小型船だけだった。

 ただ、幸か不幸か『シムラクルム』号は他船と衝突する事なく航行を続け、ついに岸壁まで2000mを切るという距離にまで達していた。しかも、未だに同船の速力は管制センターが異変に気付いた時から全く変わっておらず、無線による呼びかけにも応じない状況にある。


「こんな事になるなんて……」


 多少の距離があるとは言え、ここまでの推移を双眼鏡越しに見続けていたサイードは、ほとんど無意識の内に吐き捨てるように呟いていた。なにせ、とっくに減速や針路変更が何の意味もなさない領域へと入っており、岸壁への衝突を避ける事は絶対に不可能だからだ。

 そして3分後、『シムラクルム』号は桟橋に接岸していた別の中型コンテナ船の左舷に自船の左舷を接触させて金属同士が擦れ合う不快な音と共に火花を飛び散らせた挙句、最後は鉄筋コンクリート製の岸壁に轟音を立てながら船首から突入していった。

 幸い、桟橋に接岸していた方のコンテナ船は乗組員の避難を完了しており、積荷や船体に多少の損傷こそ受けたものの人的被害は出ていない。もっとも、『シムラクルム』号は右に少し傾いた状態で岸壁に20m近く突き刺さっているので、結果として大惨事なのは火を見るよりも明らかだった。

 ただ、これだけの激しい激突にも関わらず、両船とも船体へのダメージが許容範囲内に抑えられたのか燃料は流出していなかった。なので、爆発炎上による被害拡大や海洋汚染といった更なる事態悪化が避けられたのは不幸中の幸いと言っても良いだろう。


「おい、状況の確認を急ぐんだ!」

「分かりました!」

「あの激突した船への突入はどうする!?」

「それは後から来る連中に任せろ!」


 事前に行われた各方面への連絡が正常に機能したらしく、『シムラクルム』号が岸壁に激突した直後から現場には対応に当たるチームの先発隊が集まり、大声で指示を出しながら活動を始めていた。

 もっとも、まだテロ攻撃の可能性が残っているので、救助隊に先行して銃火器で武装した警備員が現場の安全確保をしている段階だ。


「ああ、くそっ、酷いな……」


 そんな中、慎重に歩きながら接近した警備員の1人が衝突の衝撃で崩れて船から落下した多数のコンテナに混じって地面に横たわる男の死体を発見し、思わず顔をしかめて呟いた。なにせ、その死体は全身の数か所にえぐられたような傷があり、どす黒い血のこびり付いた体組織や骨が覗いていたからだ。

 さらに、片腕も明後日の方向へ曲がっており、骨折しているのは明らかで折れて尖った骨の先端が皮膚を突き破って外に飛び出していた。だが、彼の目的は死体の回収ではないので、出来るだけ地面に横たわる死体の事は視界や頭の中から追い出して傍を通り過ぎようとした。

 ところが、その瞬間、死体だと思っていた男が呻き声のようなものを発しながら這い寄り、想像以上の力で彼の足を掴むと足首に噛みついてきたのだ。


「ぎゃあああああっ!」


 全く予期していなかった状況下での突然の激痛に人間が耐えられる筈も無く、警備員の男は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら恥も外聞も無く泣き叫ぶ。そして、その行為が更なる事態の悪化を招いた。

 なにせ、このアンデッド共は大きな音や強い光に反応して集まってくる習性があり、今の叫び声で付近にいた複数のアンデッドを呼び寄せてしまったからだ。事実、崩れ落ちて散らばったコンテナの陰から不気味な唸り声を上げるアンデッドが次々に姿を現し、獲物と定めた男へ我先にと襲い掛かる。

 しかも、彼は最初に足首を噛まれた時に手に持っていた『CZ75』ハンドガン(中国製のコピー品)を落としてしまっていた。ゆえに、ほとんど抵抗らしい抵抗も出来ずに食い殺された。


「ひっ……!」


 また、人間は予想外すぎる状況に遭遇すると呆然自失となり、自分を見失って適切な判断や行動を起こせなくなってしまう傾向にある。

 だから、目の前で知り合いがアンデッドに襲われるのを目撃した別の警備員は『CZ75』ハンドガンを持っていたにも関わらず、1発も撃つ事なく彼が食い殺されるのを見ているだけだった。


「なにを呆けてる! お前も早く撃て!」


 そんな時、立ち尽くしていた彼の後ろから切羽詰まったような大声が響き、次に『CZ75』ハンドガンの発砲音も立て続けに聞こえてくる。どうやら、一足先に我に返った警備員の誰かがアンデッド共に銃撃を開始したらしい。

 実際、自分達が食い殺した死体に群がるアンデッドの身体には『CZ75』ハンドガンの銃口から飛び出した9mmパラベラム弾が次々に着弾する。しかし、理性どころか痛覚すら失っているアンデッドには効果が薄く、仕留めるどころか銃声でおびき寄せてしまう始末だった。


「うわあああっ――!」


 その光景を目にした件の立ち尽くしていた警備員は、悲鳴にも似た叫び声を上げると狙いもそこそこに手にしていたハンドガンの銃口をアンデッドの1体に向けてトリガーを引こうとした。

 だが、彼がトリガーを引くよりも早く、傍にあったコンテナの上から襲撃してきたアンデッドよりも一回り以上は大きい“何か”に身体を真っ二つに引き裂かれて絶命してしまう。


「なっ……!?」


 後方にいた為に襲撃の一部始終を目撃する事になった警備員は思わず射撃を止めて絶句し、あまりにも異様すぎる光景にポカンと口を開けたまま固まってしまった。

 なにせ、人間よりも大きな体躯に似合わない素早い動きでコンテナの上からジャンプしたかと思うと、落下時の勢いをも利用して振り下ろした太く逞しい右腕、その先端に付いていた鋭い3本の鉤爪で餌食となった人間の左の肩口から右腰にかけてを文字通り引き裂いてしまったのだから。

 当然、この程度で新たに出現した怪物による攻撃が収まる筈も無く、襲撃を目撃した警備員も先の人物と同様の運命を辿った。

 この後、治安維持組織から派遣された対応チームの本隊も現場に到着したのだが、大型の怪物とアンデッドの集団に加えてコンテナ内のケージに入っていた狂暴化した動物たちも外へと解き放たれた為、事態を収束させるどころか被害を拡大させている。

 そして、港湾地区全域に被害が拡大するのに大して時間は掛からず、おまけにアンデッドに噛まれた人間が負傷者として市街地の病院に運ばれた事で事態は更に悪化し、『シムラクルム』号の激突から24時間後にはホデイダの街全体がアンデッドを始めとする化物に支配された地獄になっていた。

まずは発端となるエピソードで、本格的な戦い(銃撃戦)が展開されるのは次話以降の予定です。

ただ、誠に申し上げにくいんですが、締切までに完結するかどうかは不明な点だけはご容赦ください。

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