春風に吹かれて
四月一日入学式当日……
希望と不安で胸を膨らませ、春風に吹かれながら桜舞い散る道を歩く。
今日は音星高校の入学式だ。
私立音星高校は日本でも最大規模の学生数を誇る学校だ。
その中でも高校では珍しい経済学や心理学などを大学で履修するのと同じかそれ以上のレベルで履修することが出来る学校として有名なのだ。
そのため倍率が高く、偏差値も決して低くはない難関校の一つである。
それに日本でも最大規模の高校は伊達ではなく、全校生徒五千人越えの規模を誇る超が付くほどのマンモス校なのだ。
同級生に流されてダメで元々、経済学科を受験したのだが、まさかまさかで受かるという奇跡が起こった。
同級生は驚き半分祝福半分といった様子だった。
何せ、自分ですら受かっていないと思っていたので受験番号を見たとき思考が停止して、目をこすりながら何回も受験番号を再確認したくらいだ。
どうして合格できたのかはわからないがここは素直に喜んでおこう、と喜んだことを一ヶ月以上たった今でも覚えている。
「おはよう、星文君」
こちらに駆け寄ってきたのは、同級生の飴月暁理だ。
なおこの私立音星高校、校風が自由だといっていたが、かなり自由なところが多い。
ヘッドホンをしててもいいし、髪を染めていてもいいし、制服はあるが着るかどうかは本人次第という自由すぎる校風なのだが、不良行為をした際にはほぼ間違いなく退学になるというしっかりした厳しさも備えている。
そのため、不良は見かけだけの似非ヤンキーと化している。
おっと、話がそれたが、つまり何が言いたいかというと、彼女は銀髪なのだ。
色々事情があるらしいので詳しいことは聞いていない。
「どうしたの、浮かない顔して。もしかして悩み事?」
「いや、何でもない」
「ならいいけど。そうそう部活決めた?」
「えっ?部活?まだ決めてないけど…… どうして?」
「あれ?もしかして入学のしおり読んでない?」
入学のしおり?
ああ、この前貰ったやつか。
「あまり読んでないけど……」
「やっぱり。受かったことに驚いたままで入学のしおりまでは気が回らなかった、そうでしょ」
「返す言葉もない……」
彼女は少し呆れたような表情をした後、諭すようにこういった。
「今からでも遅くないから読んでおいたほうがいいよ」
「そうします……。ところで部活がどうかしたの?」
「校則で部活は必ず所属することになっているから何の部活に入るのかなって思って聞いたの」
「えっ!?そんな校則あるの?」
「あるから聞いてるんじゃない」
「どうしよう……まだ全然決めてない……」
「でも五月まで期限があるからそれまでに決めたらいいし、今はあまり深く考えなくてもいいと思うよ」
「そうだね、まだ深く考えなくてもいいか」
「それよりも、クラスのみんなと仲良くなれるといいね」
「お互いにね」
「そうだよねぇ……私は心理学科だし、星文君は経済学科だからねぇ」
「まぁ、善処するから心配は要らないよ」
「うん、お互いに頑張ろうね」
「そうだね、頑張らないと」
自分に言い聞かせるようにして呟く。
ー大丈夫、大丈夫だから
あの言葉を思い出し、もう一度前を向いて歩き出す。
僕の、皆の、新しい生活が始まりだした。
入学式が終わり寮内へ……
行くまでに途轍もない規模の学校敷地内をバスで通った。
あまりにも学校敷地内が広いのでバスが通っているのだ。
それ程に広い敷地のおかげか有難いことに一人一部屋確保されているという好待遇だ。
寮は学科ごとに分けられているので同じ寮にいるのはほとんどの場合は同じ学科の生徒だ。
なのだから……今割り振られた自分の部屋の前に立っている人は同級生か先輩ということだ。
でも……どうして片手に筆を持ってるの?
部活途中だったのか、それとも……
兎に角、話しかけみないことには部屋には入れそうもない。
思い切って話しかけてみる。
「あのどうしましたか?」
すると驚いたようにビクッと跳ねてぎこちなくこちらを振り返る。
「え、えっと、あ、あの……」
眼鏡をかけた女性は慌てふためきながら、その上しどろもどろになりながら話す。
「け、経済学科一年生の星文君、ですよね?」
「はい。そうですけれど。何か僕に御用が?」
「こ、これ……星文君に渡しておいてほしいって……で、では私これで!」
すると、彼女は顔を真っ赤にして箱を手渡すと同時に走り去っていった。
いったい何だったんだろう?
それと同時にとあることに気づく。
「あの!貴女とこの箱の送り主は誰なんですかっ?」
自分の声が聞こえたようで、一瞬走るスピードが落ちたが、また元のスピードに戻ってしまった。
だが……
お世辞にも足は速くないようで……
体力に自信がない自分でも、短距離ならいける!
「待ってくださいっ!」
あっさりと追いつけた。
「何も逃げなくても……初対面の人にいきなり逃げられたら僕でも心にサクッと刺さりますよ……」
「す、すみません!そ、そんなつもりじゃなくて……」
語尾がどんどん小さくなっていく。
「こちらこそ。なんかすみませんでした」
お互い訳の分からない謝罪を交わし呼吸を整えたところでもう一度聞きなおす。
「あの、貴女は……」
「わ、私は経済学科二年の美銀咲良です」
「ということは、僕達の先輩なんですね。よろしくおねがいします美銀先輩」
「初めて先輩って呼ばれた……」
「それはそうですよ、僕達が入学したばかりなので……」
「えっ!あっ……す、すみません……つい嬉しくて」
「確かに嬉しくなりますよね」
「はい、初めて、なので……」
艶めかしいというよりは、恥ずかしいというような表情を浮かべている。
物凄く可愛いらしい……
いやいや、目的はそれではない。
「そういえば、この箱の送り主は一体……」
「えっと、宇宙開発科二年の空島遼さんがこれを星文君に渡してほしいって……」
空島さんは体験入学のときにお世話になった先輩だった。
学科を決めあぐねていた自分を後押ししてくれた人物でもある。
結局のところ入学できたのは宇宙開発科ではなく、経済学科だったのだが……
その人からの贈り物とはいったい……
「入学祝いだそうです」
「届けていただきありがとうございます、先輩。空島先輩にお礼言わないと」
「で、では私は部活に戻りますので……」
「ありがとうございました、美銀先輩」
先輩が部活に戻っていくの同時に自分も寮の自室に戻る。
「これはすごいなぁ……」
部屋の中には冷蔵庫や電子レンジなどの電化製品まで備え付けてある。
すごいことにエアコンまであるのだ。
いったいいくらかかるのかというような豪華さだが、なんと寮費は二万円なのだ。
それでも学校運営が順調に進んでいるのだから経営者は凄腕なのだろう。
でも全校生徒五千人超えているから一人二万ずつで、単純計算で一ヶ月で一億円、一年で十二億というとんでもない金額だ。
途方もないくらいの金額の思案は置いといて、部屋を見渡す。
電化製品、ベッド、風呂、トイレ完備という上にインターネット環境まであるという至れり尽くせりの快適な環境が二万円でなんて夢のようだ。
それに教科書や学校からの連絡、メモや板書などは学校から配布されたタブレット機器で行うという説明もあったし、実際に今手元にある。
学生証もこの中に入っているらしい。
ハイテクノロジーというのは伊達じゃない。
おっと、浮かれている場合じゃない。
あの箱の中身を確認しなければ。
箱を開封してみる。
「『宇宙開発研究読本』と『経済学のすゝめ』って……第一希望と第二希望、どちらに来てもいいようにえらんでくれたんですね……」
何となく複雑な気持ちになったが、ありがたく頂戴しておく。
何か忘れている気がするけど……
そうだ!思い出した!
『学校生活の手引』と『部活動の手引』を読んでおかないと。
『私立音星高校校則』
第一条
学科、又は部活動ごとに活動軌跡得点がある。
なお、活動軌跡得点の結果次第では、特別休暇又は、追加の部費の支給、及び同好会の場合、昇格とする。
しかし、結果を残せなかった場合、その度合いによって降格処分とするかの判断を下す。
活動軌跡得点の基準は文化部と運動部によって異なっており、一定期間ごとに文化部と運動部に分けた活動軌跡得点順位表を公表する。
第二条
転科は正当な手続きを経ることにより許可、受諾される。
なお、その者の所属する科の教師は転科を禁止する権限はない。
また、転科先や転科の回数は制限しない。
第三条
我が校では、部活動への加入を義務付ける。
一ヶ月以上無所属の場合、退学処分とする。
なお、退部や創部については『部活動の手引』の『部活動基準』を参照。
『部活動基準』
第一条
我が校では対人コミュニケーション能力の向上と、向上心の保持及びお互い切磋琢磨することを目的として部活動への加入を義務付ける。
なお、加入しないものにおいては警告をする。
それに応じない場合、退学処分とする。
第二条
新規の部活動の創部については、所属三名と顧問一名よりそれを受諾する。
なお、規律に反しない限り創部を認める。
だが過去三年間に廃部になった部活の創部は認めない。
第三条
なお、優秀な成績を収めた場合には同好会であれば同好会から部、又は研究部への昇格を認める。
それ以外の場合は部費の追加支給及び表彰を行う。
また、成績不振や不良行為などがあった場合、部、又は研究部であれば部費支給の減額処分及び、同好会への降格処分とする。
同好会の場合は不良行為のみ度合いにかかわらず廃部処分とする。
なお、成績不振の度合いは学校側で判断を下す。
判断に不服の場合は異議を唱えることができる。
第四条
なお、部活動の実績を活動軌跡得点で表し、ある一定の値を超えたときには、昇降格、又は廃部処分や特別部費支給や部費の減額処分などを下す。
また、部活動同士で共同企画を行った場合のポイントにおいては出来具合に応じて変更する。
第五条
退部については正当な手続きを経ることにより許可、受諾される。
なお、顧問においては退部を禁止する権限はない。
また、退部した生徒においては特別な場合を除き、一ヶ月以内に部活への入部を行うこと。
応じない場合は警告をする。
警告に応じない場合は退学処分とする。
厳しような甘いような微妙なラインだ。
厳しいかどうかは人によるかもしれない。
部活に力を入れているというレベルではない。
部存続を決めるのは結果次第。
生きるか死ぬかの崖っぷちで戦い続けるということか……
勝負の行方は放課後次第、音星高校の学生として快適な生活を送りたいなら部活動で成績を残せということか……
学生生活というより勝負の世界に生きる社会人みたいだ……
でも学校に入ることが出来れば学科は選べる可能性もあるということのようだ。
例えば、経済学科から宇宙開発科への転科も可能ということだ。
その内、転科生も来るかもしれない。
でもまずは、部活動を決めないと……
有難いことに明日一日は授業はない。
部活動を見て回るチャンスを逃すわけにはいかない。
決心を固めようとしながらベッドに横になったものの、決心がつくよりも早く眠りについたのだった。