大学内のカフェにて
もうすぐ夏休みに入る、7月の末。私は暑いのに大学内にあるカフェのテラス席にいた。もちろんパラソルがあるため直射日光は防げるが、テラス席は暑さのせいもあってか人が少ない。そんな絶好の密談ポイントで私は昨日の母との会話について相談していた。相談者はもちろん私、六車紗羽。そして、悩みを解決してくれるだろう相手は同じ大学の2年生である東谷尚だ。東谷は中学の時の同級生であり、大学で再会した。ちなみにアイドルが好きで、私と友人関係になったのももちろん趣味つながりである。
「で、どうしたらいいと思う?」
このままだったらお父さん倒れそうだし。と心の中で足しつつ昨日のことを東谷に相談する。一応母が父に勘違いだったということを言ったらしいが、やはり勘違いといっても気にはなるだろう。母が専業主婦の我が家では父しか働いていないから倒れてしまったら困るのだ。もちろん父のことは好きだから、普通に体の心配はしている。お金の心配だけではない。
「いや、勘違いするのもしょうがないだろう。確か、六車って初恋もまだなんだろう?」
「そうなんだよねー。嘘でも昔は好きな人がいた的なことを話すべきなのかな? 嘘のエピソード考えるのも面倒なんだけど……」
私は初恋の甘酸っぱいエピソードを捏造するのも考えたのだ。これで親が納得するのならいいのだが、とにかく虚しくて、最終手段になりそうだ。しかも、もうすぐ20歳になる娘が話した恋愛エピソードが嘘だとバレてしまったら、両親ともにショックを受けるだろう。
「ていうか、なんで六車は彼氏作らないわけ? 別にモテないこともないじゃん」
「それは言うな。言ってはいけない」
東谷の視線が刺さる。
いやだって……、ねぇ?
「だって彼氏に使う時間がもったいなくない? 本当に好きなんだったら相手と一緒に過ごすのもいいと思うんだけど、とりあえずで付き合った相手のために時間使うのもったいない」
「はぁ!?」
いや、その反応やめて! 自分でもちょっとどうかと思ってるんだから。これを言うのは東谷が初めてだったが、人には言わない方がよかったらしい。でも、内心ではこんなことを考えている人も大勢いるはずだ。
東谷に視線で続きを促されたためそう思う理由を話す。
「まず、前提として私はユーネちゃんのためにお金を使いたいの。そしたら、お金はあればあるだけいいじゃない? そしたら彼氏と付き合うくらいなら、バイトしたいって思うの。彼氏と出かけてお金を使うのなら、1日中バイトしたい。あと、連絡取り合うのがめんどくさい。もしユーネちゃんが出てる番組見てる途中に電話かかってきたら、絶対出ないだろうし。あと、イベントのある日に「もういい、わかったから」……それはよかった」
遮られた。まだあと二つは理由があるのに、ここまででわかってくれたようだ。
ため息をつきながら、私の顔をまじまじと眺めた東谷はもう一度ため息をついた。この件は私が悪いのか。そういうわけではないと思うんだけど。
「つまり同性愛者だと思われるのは嫌だけど、彼氏作るのもいやってことだろ?」
「違うよ。彼氏は作ってもいいけど、形だけの彼氏がいいってことだよ。そう考えると、もう同性愛者でいいかも。ユーネちゃんとだったら付き合いたい!」
「はぁ」
「そんな目で見ながらため息つかないで」
さっきから私が何か発言するたびにため息をつかれている気がする。
「本当に形だけの彼氏がほしいなぁ。デートと称して趣味に時間を使えるような彼氏が。……あれ? ていうことは、東谷が私と付き合ってくれたらいいんじゃない!? 東谷、好きだから付き合って!」
東谷に頭を下げながらお願いをする。だって東谷ならアイドル好きだし、趣味の面での理解はバッチリだ。推しのアイドルはユーネちゃんと同じアイドルグループのルリちゃんだから、いざとなったらデートと称してイベントにも行ける。この作戦完璧じゃない?
そんなことを考えつつ東谷の返事を待っているのだが、全く反応がない。そっと頭をあげてみたらなんと東谷はフリーズしていた。
「大丈夫? ……いや、ほんとに大丈夫?」
何度か呼びかけると、やっと意識が戻ったようなのだがまだ混乱している。ブツブツと小声でつぶやいていて、私の言ったことに理解が追いついていないらしい。怪しい人みたいだからやめたほうがいいと思う。ていうかそんなに驚くことなの?
東谷はこの席に着く前に注文していたアイスコーヒーを一口飲むことでなんとか落ち着いたようだ。……コーヒー飲むの忘れてた。氷、溶けちゃってる。水っぽくなったコーヒーって美味しくないんだよなー。そう思いつつも、熱中症になるのも困るので水っぽいアイスコーヒーを少し口に含む。やっぱり味が薄い。
「で、落ち着いた?」
「落ち着いたけど! 唐突すぎるだろう。どんな思考回路してるんだよ」
どんなって言われても。
東谷にとってもこの提案は都合がいいと思うんだが。そう思う理由を説明したらいいんだろう。
「だって、東谷とだったらデートと称してアイドル関連のイベントに行ったりDVD見たりできるし。あと最近、東谷って可愛らしいけどいろいろとヤバそうな女の子にアプローチかけられてなかったっけ?」
「そうだけど知ってたのか」
「私の親に彼氏として軽く挨拶してくれるだけで、その女の子に対して彼女のフリしてあげるから!」
東谷は一瞬私の言ったことに対して考えたようだが「相手の女子に対して、それは失礼すぎるだろう」と言って拒否する。クソッ! 知ってたけどこいついいやつだ。そこそこイケメンなのに思い上がってない!
自分の友人の良さを密かに感じて嬉しく思ったが、今回はその優しさはあまり必要ない。
次の手段として落ち込んだフリをしてみる。顔を伏せ気味にして少し声を震わす。
「告白するの初めてだったのに……。東谷くん、なんで?」
「自分の利益のためにされた告白なんて嫌だよ。ていうか、落ち込んだフリするな」
私は軽く舌打ちをしつつ顔を上げる。ていうか、この作戦は相手に対して全く効果がなかったようだ。あのセリフ言うの少し恥ずかしかったんだけど。
次の手段が思いつかない。もはや意地で、東谷に彼氏になって欲しい私は奥の手を使うことにした。
「今ではプレミアが付いてる、デビュー前のブロマイド」
「乗った」
東谷が落ちるのは一瞬だった。全く迷うことのない「乗った」という一言。
私たちはしっかりと握手を交わした。取引成立だ。
中学時代に集めていた「Cube」のブロマイドは惜しいが、各種複数枚ずつ持っているのだから目を瞑ることにする。
私が「Cube」のことを知ったのは中学3年生のころで、当時はそれほど人気がなかった。いわゆるご当地アイドル的な存在で、偶然ネットで見つけたのがきっかけだ。東谷がこのグループを知ったのは売れ始めてからだったので、その当時のグッズは持っていないのだろう。
取り敢えず東谷と今週の日曜日に出かけることにした。母への地道なアピールの第一歩だ。ちなみに言っておくとこのお出かけはデートと称しているが、実際はルリちゃんの出演している恋愛映画を見に行くだけだったりする。これだけ聞くと映画デートのようだがそんな甘いものじゃない。おそらく、この映画を一日に複数回見てルリちゃんの可愛さを目に焼き付けてくることになるのだから。
推しはユーネちゃんだが、「Cube」というグループそのものがすきなのでルリちゃんの出る映画が楽しみすぎる。ルリちゃん可愛いんだよなー。不思議ちゃん系の彼女の演技が気になる。しかも今回の映画は学園モノの恋愛映画だからルリちゃんは制服を着ている。アイドルとしての衣装で何故かあまりスカートを履かない、履いたとしてもまさかのロングスカートな彼女のスカート姿は貴重だ。相手役の若手イケメン俳優とやらが羨ましい! パンフレットなどのグッズも買うから、お金を準備しとかないと……。
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