遭遇
夜。
ようやく腹痛から開放された俺は、カラリとした暑さに堪え兼ねて、目を覚ました。
(暑い……)
昼間はそれ程気になるような暑さではなかったのだが、夜になり、風が止むと、昼間以上の暑さが、ヒューズの体を焼いた。
「はぁ……」
息をついて、俺は空を見上げた。
満天の星。
都会の暗い夜空とは比べ物にならない、きれいな星空を仰いで、ヒューズは息を零す。
(田舎の雲って、黒いんだな……)
そんな感慨に耽っていると、ふと、隣からミャオの姿が消えていることに気がついた。
(どこに行ったんだろ……)
目を瞑っても眠れそうにないし、何より暑い。
彼は、そんな冴えてしまった体をほぐすために、少し周辺を散歩することにした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
十数分前――。
(寝たかな?)
ミャオは隣で寝息を立てる、未来の夫の顔をそっと覗き込みながら、ニヤける頬をそのままにする。
あの夢を見始めてから、どれくらいの時が経つだろうか。
あの山を降りて、オリビスに逢い、言葉を教えてもらいながらも、着実にあの遺跡へと向かった、長い旅。
それが今や終わりを告げて、夢が叶い、彼は今、こうして私の目の前にかわいらしい寝顔を晒している。
ヒューズは男の人の割には、すこしひょろひょろとしている。
腕や足も、なんだか変な感じで、筋肉の硬さというよりも、陶磁器に似たような硬さをしている。
男の人なのに、少し女の子みたいな顔つきをしているし、髪の毛は金色で、まるで作り物のようだ。
もしかしたら彼はモノノ怪なのかもしれない。
明日、聞いてみようかな?
……あ、でもモノノ怪って、彼の言葉で何ていうんだろう?
オリビスに聞いてみなくちゃね。
今日は一段と増して暑い。
夜になると風は吹かなくなったし、羽織っているポンチョの下の呉服は、汗でベトベトだ。
(そういえば、近くに滝が流れていたっけ)
それなら、近くに沼か泉でもあるかもしれない。
ダーリンは寝ているみたいだし、今のうちに水浴びを済ませておこう。
ミャオは暫く彼の寝顔を眺めたあと、すっくと立ち上がって、水の匂いのする方向へと足を向けるのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
暫く涼しそうな場所を探してウロウロしていると、滝の音が近くなってきた。
どうやら俺は、滝の下流の方に居たらしい。
水面を打って、跳ねる水しぶきを浴びながら、そういえば汗で服が気持ち悪いなぁ、なんてことを思い出して、せっかくだから水浴びしてから帰ろうと考えた。
衣服を脱いで、比較的岸辺に近い位置に、無造作に放置する。
漆黒の帳が落ちる中。
星あかりと月光のみの光源を頼りに、俺は足を滑らせないように気をつけながら、そっと水面に足をつけた。
魔導義足になってしまった自分の足でも、ちゃんと水の流れが伝わってくる。
腕がいいのか、接合部分に痛みは感じなかった。
どういう仕組みかはわからないが、そのことに関してはありがとうと心の中で呟いておく。
「はぁ……生き返る……」
まだ少し義手義足の扱いに慣れていないので、比較的浅い位置に腰を下ろして、俺はその水で顔を洗う。
きれいな水だ。
こんなに暗いというのに、よく透き通っているのが目に見える。
しばらく目をつむって、揺れる水面に体を預けながらぼうっと涼しんでいると、背後の茂みの方から、かさかさと木擦れの音がした。
野生動物か何かだろうか。
だが、この時間帯となると、行動している野生動物の種類も限られてくる。
夜行性で、湿地に生息する動物……。
少なくとも、危険ではない動物ではないことは、早々が容易であろう。
ヒューズはとっさにそう判断して、背後を振り向いた。
「キキ……?」
すると、そこには、灰を混ぜた抹茶色のような体毛を全身に生やした、大きな黄色い目をした猿のような生き物が、俺の衣類を摘み上げるようにして持っていた。
「お、おい、何してる……?」
「(ニヤリ)」
ソイツは、そんな俺の様子を見てニヤリと笑うと、俺の服を懐に抱え込んで、その場から走り去るように背中を向けた。
「おい、待てっ!」
くそっ!
毒舌を吐きながら、、俺は、茂みの中へと飛び込んでいった、緑色の猿の後を追った。
⚪⚫○●⚪⚫○●
慣れない義足を動かして、枝葉を掻き分けながら突き進むと、池になっている場所に出た。
「はぁ……はぁ……」
膝に手をつき、呼吸を整えながら、遠くでキキと鳴いている猿を睨みつけるヒューズ。
猿って……意外と足が速いんだな……。
それから、暫く猿との睨み合いが続いた。
すると、池の方から、何かが歩いてくるような水音が聞こえてきた。
(増援!?)
そう思って、そちらにばっと振り向くと、そこには一糸纏わぬ、絹のようにきめ細かな雪肌と、銀色の髪を靡かせる美少女の姿があった。
「ヒューズ!?」
「ミャオ!?」
一瞬、その綺麗な肢体に目が釘付けになる。
だがしかし、こちらを見つめ返すミャオの顔が、次第に紅潮していくのを察して、俺はさっと視線を猿の方へと戻した。
するとあの緑色をした猿はいつの間にかいなくなっていた。
……どうやら、先程のミャオの大声で、驚いて逃げてしまった様である。
(クソ……これから俺の服どうしろって言うんだよ……)
落胆にも似た、しかし少し違う感情に俺はうなだれつつ、溜息を吐いた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
暫くすると、おずおずとした英語が、彼の鼓膜を打った。
「どうして、ここにいるんですか……?」
機能の昼間よりも、格段に滑らかに聞こえてきたそれに、少し驚きながら、ヒューズは頭の後ろをガリガリと掻いた。
「寝付けなくてさ……。
ついでだし、水浴びでもして戻ろうって思ってたんだけど」
「そうしたら、あのゴブリンに服を盗まれちゃったんですか?」
「あ、ああ……。あ?」
言われて、そういえば自分も服を着ていなかったことを思い出す。
(もしかして、ミャオが紅潮していた理由って……!?)
慌てて股間を隠すが、もう遅い。
隣から照れたような雰囲気を感じて、俺はどうしたものかと頭を抱える。
「……すまん、見たくないものを見せてしまった」
「そ、そんなことないです!
むしろもっと見たいです!是非!」
「……」
一瞬、世界が止まったかと思った。