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ミャオの旅路  作者: 記角麒麟
遭遇
5/9

値遇(2)

 天井から水が滴り落ちてくる地下牢を抜けて、地上に出ると、そこは森になっていた。

 どうやら最初の予想通り、あれから既に何世紀か経ってしまっていたらしい。


 グリードが組み込んだという、あの生命維持装置の魔術道具は、どうやらかなりの性能を有しているようだ。

 何せ、不老どころか、テロメアさえまでも修復してしまうのだから。


(半分、ゾンビになったものかな……)


 そんな感慨を覚えながら、先行する民族衣装姿の少女ミャオに付いて行くと、少し開けた場所に出た。


『オリビス。ただいま』


 ミャオは何かを言いながら、いわゆる部屋ルームの状態になっている場所の中央に鎮座坐している、山羊と牛を足して二で割ったような、白い大型の動物の下へと駆け寄っていく。


 その動物の大きさは、身長六フィートもあるヒューズの、優に三倍ほどの体躯を持っていた。

 大型動物と言うより、これはもう怪物と言っても差し支えないのではないだろうか。


 そんなことを思っていると、ミャオはこちらに手を差し出しながら、その白い怪物(?)に何かを話し始めた。


『オリビス。

 彼が、夢の中に出てきた男の人だよ。

 名前はヒューズ』


 途中で、自分の名前を呼んでいたのが聞こえたので、おそらく紹介でもしているのだろう。

 俺は軽く会釈をすると、「はじめまして、ヒューズです」と自己紹介をした。


 怪物に自己紹介するというのも、なんだか変な気もするが、そういえばジェシーが以前こっそりと学校に連れてきていた犬のマーチンには、おはようと声をかけていたし。


 別に気にするようなことでもないかな。


 俺はそう思い直して、ソレに笑顔を向けた。


「ふむ……貴様が、我が主の仰っておられた“夢の人”か」


 すると、どこからともなく……いや、頭では誰が話したのか理解は出来ていたのだが、年老いた、それでいて聡明そうな中国の聖人を思わせるような、深い男声が、鼓膜を打った。


「……」


 その言葉を脳が言語として理解してからしばらく、彼の体は硬直し続ける。


「貴様、ヒューズと言ったな。

 “話す獣”を見るのは、初めてかな?」


 コクリ、と、反射的に首肯するヒューズ。


「そうか」


 彼(?)は一言そう呟くと、ゆっくりと目を閉じる。


 すると、すぐ近くで、紙をパラパラとめくる音が聞こえてきた。

 どうやらミャオがこちらに話しかけようとしているらしい。


 大凡おおよその内容は、予想できるが。


 彼女はページを捲る手を止めると、目で何やらそのページに視線を流しながら、話を始める。


「この子の名前は、オリビスです。

 彼は、とても、頭がいい。

 だから、人と、話ができるんです」


 先程は少しぎこちなかった英語が、いつの間にか流暢になってきているのに少し驚きながらも、彼女の言った話を、俺は脳の中で分解する。


 おそらく、彼女はこの怪物が……とか言ったら怒られるな。

 山羊牛……やぎうし……ヤギュウ……。

 うん。ヤギュウと呼ぶことにしよう。こっちのほうが格好いい。


 それで、話の続きだが、おそらく彼女は、このヤギュウは、ただ単に頭がいいから、人の言葉を話せるのだと思っているようだが、俺の考えは少し違う気がする。


 なぜか。

 それは、ヤギュウの口の動きが、英語のそれとは全く別であったからだ。


 日本のラノベとかで言う、多分都合よく言葉が理解できるスキルでも、コイツにはあるのだ。


 仮にこのスキルを「話訳わやく」と呼ぶことにしよう。


「少し、落ち着いたか?」


 ゆったりとした声音で、ヤギュウが尋ねてくる。


「はい、なんとか」


「なら良かった。

 ワシの名はオリビスだ。

 これからよろしく頼むぞ、ヒューズ」


 彼はそう言うと、フーンと鼻を鳴らして、首をぐるりと回した。



⚪⚫○●⚪⚫○●



 顔合わせを終えた二人と一頭は、ヒューズの実家があると予測される場所へと向けて、歩み始めた。


 ミャオと俺は、五メートル近いオリビスの背中に跨って、トコトコと森を抜ける。


 一応地面に世界地図を書いて、大体どこの辺りかというものを見せたのだが、どうやら理解されなかったらしく、とりあえず大体の方角を決めて、そちらへと進むことにしたのだった。


 しばらく進んでいると、森が開ける場所に出た。

 広大な湿原が見えるその場所からは、轟々と滝の音が聞こえてくる。


 マイナスイオンバンザイ。


 ここに来る途中、ミャオといろいろな話をした。

 なぜ、あんなところに来たのか。

 もともとどこに居たのか。

 この世界に暦はあるのか。

 文明レベルはどのあたりなのか。

 ……エトセトラ。


 ミャオはその質問に対して、丁寧に答えてくれた。


 彼女はもともと高山に住む遊牧民族で、イマリ族というらしかった。

 彼女が住んでいた土地を離れたのは、ある日夢の中に度々、鎖に繋がれたヒューズの姿を見て、気になったからだという。

 ただそれだけ。


「見つけたあとは、どうするつもりだったんだ?」


「お婿さんに迎えるつもりでした」


 衝撃の回答を耳にして、俺は耳を疑った。


「お婿さん……って、俺を……?」


「はい!」


 こちらに笑顔を向けて、元気に肯定するミャオ。


「それはまた……。

 どうして?」


「何度も何度も、夢に出てくるんですから。

 もうこれは、運命と言っても過言では無いと、私は思いました」


 豪胆な人だ。

 ミャオはふふふと、可愛らしい笑みを浮かべて、こちらに背中を預けてくる。


 ちなみに、ヤギュウのオリビスに鞍はつけていないので、その反動で少し滑り落ちそうになったのは秘密だ。


 ヒューズは、この世界の暦のことも聞いた。

 それによると、今はみどり暦の十五年らしい。

 緑暦の前には、さかな暦というものが数百年あったらしいが、それ以前のことは、資料が見つかっていないらしい。


 安直なネーミングセンスだな、と思ったのも秘密である。


 文明レベルは、絹織物や鏡が盛んな時代らしい。

 彼女らは遊牧民族なので、農耕はしていなかったようだが、中には定住して暮らしている部族もおり、そこには人工の川まであるという。

 これはおそらく、水路のことだろう。


 閑話休題。


 開けた場所についた俺たち二人と一頭は、そこで休憩を取ることにした。

 ……といっても、そこは湿原。

 下はジメジメしていて、座るには少し勇気のいる場所だった。

 なので、比較的乾いている木の上に腰掛けてから、道中でもいで来た果物を食べて昼食とすることにした。


 その日の夜、急にお腹が痛くなったのは、言うまでもないことだろう。

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