プロローグ(3)
翌日。
目が覚めた俺の目の前には、数人の男女が直立不動していた。
彼らは皆お揃いの装いに身を包んでおり、それはどうやら制服のようであった。
黒のサングラスに、白のワイシャツ、黒のネクタイに、黒のスーツ。胸にはEMIの文字が、五芒星の中に刺繍されている。
まるで、映画に出てくるようなMIBの様だな。
そんなどうでもいい感想を抱いていると、その内から一人の男性が、こちらに歩み寄り、二枚の紙をこちらへと突きつけた。
その上の上辺には、大きな文字で逮捕礼状と記されている。
「こちらは、西欧魔術特区捜査局である。
S・ヒューズ。
お前を違法魔術道具所持の疑いおよび、王女暗殺未遂の容疑で拘束させてもらう」
「え、ちょちょっと待ってくれ!
王女暗殺未遂!?
そんなの身に覚えがないぞ!?
第一、違法魔術道具所持の疑いって何だよ!?」
「とぼけるな、S・ヒューズ。
お前が十年前のレジスタンス運動で、兵士の戦術顧問をしていたことは調べがついている」
さあ、立て。
男は感情のない声で俺にそう促した。
ここで立ってしまえば、俺が罪を認めたことになってしまう。
それだけは勘弁してもらいたい。
なら、どうするか。
「戦術顧問の話はデタラメだ!
俺はその時、日本に留学していたからな!
調べればわかる!」
必死の抵抗を見せるが、しかし如何せん。まだこの手足には慣れていない頃合いだ。
上手く制御できない手足は、俺にとって枷のように働いた。
結局俺は、身に覚えのない罪で、拘束されることになってしまった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
あれから、数日が過ぎた。
俺は鎖に繋がれて、呆然とコンクリート質な床を眺めていた。
ここ数日の間、ヒューズは拷問を受けていた。
最初は抵抗を見せていたが、後にその気力もなくなり、たった数日でこのザマである。
拷問の最中に気がついたことがいくつかあった。
EMIの人が言うには、俺が殺すことを躊躇って助けてしまった事になっている、あの女の子はどうやら特区のあるこの国の王女殿下だったらしい。
俺が轢かれた車には、どうやら細工がなされていたらしく、本来ならば自動でブレーキが発動し、慣性制御が働くはずの部品が盗まれていたそうなのだ。
全く心当たりのないことに、俺は抵抗し続けたが、続く暴力のせいか、俺はだんだんと言い返す気力もなくなり、黙りを決め込むことにしたのだった。
気づいたことはまだある。
どうやらこの体、自然治癒力が異常に高くなっているのである。
詳しいことはよくわからないが、グリードが試験運用中の生命維持装置を心臓に組み込んだとか言っていた気がするので、多分それのことなのだろう。
(……あぁ。
あの人たちが言っていた違法の魔術道具って、もしかしてそれの事だったのか?)
俺はため息をつくと、何だかおかしくなってきて、不意に笑い声が漏れた。
「フフッ」
「何がおかしい?」
気づけば、いつもの拷問官が、新しい玩具を持ってヒューズの目の前に立っていた。
「……いや何。
今の自分の置かれている状況が、少しばかり可笑しく思えただけだよ」
窶れた頬を歪めて、ヒューズは皮肉を吐く。
「ほう?
なら、少しは吐いてくれる気になったんだな、不死身のヒューズ」
「不死身のヒューズ……?
いつの間にそんなこっ恥ずかしい二つ名がついたんだい、拷問官殿?」
「事実だろうが」
のっぺり顔の拷問官が、鞭を手にしならせながら、苛ついた表情でこちらを睨みつけてくる。
どうやら、俺にはまだ余裕が残っているらしい。
それもこれも、この数日で、俺が多少の傷程度ならすぐに塞がると理解したからだろう。
ただ一つ不便な点を上げるなら、傷が治っても痛みはそうやすやすとは消えてくれないということくらいだろうか。
「……吐け。
レジスタンスの拠点はどこだ?
次は何を企んでいる?」
「相手が女の子だったら良かったのにな?」
パシィィン!
男の持つ鞭が、俺の腹をひっぱたき、数条の傷を作る。
だが、その傷はみるみると塞がっていき、二秒もしないうちに完全に癒えてしまった。
「……もう一度言う。
吐け。
レジスタンスの拠点はどこだ?
次は何を企んでいる?」
それからしばらく、同じやり取りが続いた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
その日の拷問も終わり、俺は眠りについた。
体がものすごく重い。
ヒリヒリするし、すごく朦朧として眠い。
おそらくこれも、心臓に組み込まれた装置によるものなのだろうが……。
こうして俺は、長い眠りにつくのであった。