2-3 守護機兵
入口の階段を下りてかなり進んでいた。
エレナの弟子であるサングの放つ魔法の光を頼りに
一行はゆっくりと地下へと続くその遺跡を進んでいた。
四方は石で囲まれており、地の底に続くような階段と時折部屋のような空間がある。
ただ完全に密封されていたようで空気が淀んでいる。地下水すら感じることがない。
「意外と何にもないのな。もっと蝙蝠とか虫とかが多くいるかと思っていた…」
気を紛らわすためにクラントが声を上げる。
「かなりの技術で造られた遺跡のようだ。数千年の間、完全に封鎖されていたようだな」
エレナは振り返ることなくクラントの問いに応える。
「『失われし遺産』。そんなものを探索することになるとはな」
カリアは感慨深げに遺跡の壁を見ていた。
「異邦にもあるのか?」
ヴァロは気になって聞いてみる。
「かつてあったらしいが、戦国時代にすべて失われたと聞いている」
そういえば『パオベイアの機兵』も戦国時代に生み出されたものだと会議で聞いた。
魔族同士が争う戦国時代はさぞ熾烈だったのだろう。
ドーラがさぞかし詳しいだろうと思い、姿を探すと最後尾にかろうじてくっついてきているようなありさまだ。
この遺跡をくまなく探っている様子だ。こちらの声も届いていないように見える。
ヴァロはドーラに話しかけるのをあきらめた。
「それにしても大丈夫なのか?あの御嬢さん、どう見てもどこぞの令嬢じゃないか」
それがラフェミナのことを言っているのだと気付くのに、周囲の人間はしばらく時間を要した。
これはクラント。折れた聖剣を復元してみせたことがなければ、
ヴァロも同じことを思っていたかもしれない。
「知らんのか?ラフェミナ様はすべての結界を作った本人だぞ?
大陸すべての結界を自在に使えると聞いている」
今ある結界は第二次魔王戦争後、作られたモノ、もしくは作り直されたモノと言われている。
人間界の要所の都市の結界は三人の大魔女が発案し、構築し、調律させた。
その三人の大魔女の一人があのラフェミナだ。現在でもあの方たちに並ぶ魔法使いはいないといわれている。
事実ヴァロが聖剣と契約していた一目で看破していたし、
折れた聖剣を一瞬で元のカタチに戻して見せた。
とんでもない人だとはなんとなくわかる。
「なんだ伝説の聖女かよ。どこかの貴族の令嬢かと思っていた」
事情を知らないものから見れば、そう見えるだろう。
ちなみに教会ではラフェミナのことを聖女と呼ばれている。
ヴァロも昨日はじめて見たときは誰かと思った。
「ちょっとまて、その話が本当なら、あの人は四百歳を超えているはずだよな。どう見ても二十代前半なんだが?」
クラントの指摘にはっとさせられる。
たしかにそうだ。あのヴィヴィでさえ時は止められないと言っていた。
「…私たちも詳しくは知らんな。あの方は私の幼いころからあのお姿だ」
「まさか永遠に歳をとらないってことはないよな」
「肉体の時間を完全に止める魔法は未だ確立されていないはずだ。
ヒルデ様もそうだが、何らかの秘術があるのだろうな」
そう言えばヒルデもどう見ても二十代後半といった年齢だった。
ヴァロはふと気になり、カリアに視線を向ける。
「ところでカリアはいくつだ?」
「そろそろ百だ」
予想通り、魔族の歳も大概だ。
「…まじかよ。俺の約四倍か…」
クラントは驚きの声を上げる。
「驚くことではないだろう。ヌーヴァは四百をゆうに超えている」
誰もが驚きの表情でヌーヴァを見る。
ドーラの話では、たしかに第三魔王の下で第二皇女の護衛を務めていたという。
「そうなんですか?ヌーヴァさん」
フィアはヌーヴァに尋ねる。
「はい」
「魔族は魔力が高いものほど、その老化にかかる時間が遅いと言われている。
事実ローファ様は千年以上も生きていると聞いているぞ」
カリアは当然のようにそれを語る。
「マジかよ。そりゃすげーな」
さらにローファの話では会議の場で邪王アデルフィは『パオベイアの機兵』を知ってる話だった。
その話が本当なら、数千年前から生きているということになる。
「おしゃべりは終わりだ。問題はここから先だ」
エレナは突然足を止める。
ヴァロたちもそれに合わせる。
「問題?」
「見てもらった方が早い」
そこには広間があった。
広間を埋めるかのように、それはそこに立っていた。
「そこに立つ機兵を我々は守護機兵と呼んでいる。
エレナの指し示す場所には巨大な鉄でできた兵士がいる。
ヴァロの身長の倍ぐらいありそうだ。
「これが例の守護機兵カ。確かにパオベイアの機兵ではないネ」
ドーラはしげしげとその機兵を観察している。
「見ていろ。今回は私がやろう」
エレナはそう言って手袋をはめなおし、前に進み出る。
守護機兵は近づいてきたエレナに反応して動き始める。
エレナが手をかざすとエレナの背後に砲台のようなものが現れ、敵に砲台が向けられる。
次の瞬間、エレナの魔法が炸裂する。
魔力の礫が守護機兵の体に絶え間なく降り注ぐ。
エレナの二つ名は『魔弾』。
エレナの攻撃は相手に反撃の暇を与えない。
何千発、いや何万発の魔弾が撃ち込まれたのかわからない。
守護機兵は徐々にカタチを変えていき、守護機兵はドスンという音とともに倒れこんだ。
守護機兵はすでに原型すら失われている。
「こんなものが…」
エレナが言い終わる前に、クラントはげしげしとその倒れた敵を剣で叩いていた。
「かっってえな。何でできてやがる、ただの剣じゃこの装甲に傷を与えられないぞ?」
「魔法にも耐性がありそうだネ。エレナの魔弾とやらも貫通していないし、
並の魔法じゃはじかれるのがおちカナ」
ドーラもクラントと一緒になって仰向けになっている守護機兵を観察していた。
「お前たち何をやっている」
「敵を調べていた。今後同じタイプの敵が出てくかもしれねーだろ。
備えがあったほうがいいに決まっている」
クラントはそう言って機兵から離れる。
一方でドーラは離れようとしない
「おい、ドーラ、いい加減行くぞ」
「もうちょっと待ってヨ。この守護機兵は数百年もの間ここを守ってきたんだヨ。
中がどうなっているのか気になるのは当然のことじゃないカ」
そう言いつつドーラは、守護機兵を手際よく解体していく。
その様はまるで猟師が獲物を解体するかのようだ。
この変人はこの場から動くつもりはないらしい。
「…おい」
エレナが苛立ちの声を上げる。
「せっかくですし、ここで休憩をとりませんか?」
フィアは横から笑顔でエレナに語りかける。
「フィア殿の意見に賛成だ。一旦ここで休憩をとるのも悪くない」
そういうカリアはどちらかといえばドーラよりである。
元魔法長というのはカリアにとって尊敬の対象であるようだ。
「そうだな先も長いんだ。ここらへんで骨休みするのもいいんじゃないのか?」
ヴァロの声にエレナはため息をつく。
周囲からの説得に押し切られるような形で、エレナはしぶしぶ納得したようだ。
守護機兵をいじくっているドーラを皆は無視して一行はここで休憩を取ることにした
「しかし、よく場所を見つけらたものだ遺跡の隅に誰もこんな場所が眠っているとは思わんだろう」
「…二カ月前の出来事だ。きっかけは遺跡の発掘調査の最中だったらしい。
かなり昔からある祭壇のような跡地を発掘してた発掘チームが
不自然に倒壊している遺跡のようなものがみつけた」
「最近ではなくかなり前に倒壊した痕跡があったらしい。
まるで見つけるなと言わんばかりにな。
そこを調べてみると残骸の隙間から門のようなものが見えると報告を受けた」
「それがこの遺跡か」
「ああ」
「邪王がどうしてそこまで警戒するのかわからんし、
本当にパオベイアの機兵とやらが存在しないとも限らん。
今回の共同作業はある意味でよかったのかも知れないな」
エレナは少しだけ表情を緩める。
「ところでヌーヴァ殿。後ろで何かやってる男が言っていた、アデンドーマの三忌とは一体なんだ?」
エレナから存外な扱いを受けるドーラ。本人はつゆほど気にしてないだろうが。
「ヌーヴァ、私も聞きたい。アデンドーマの三忌とは?」
ヴァロはカリアが知らないことに少し驚いた。
カリアは異邦の『爵位持ち』である。若いとはいえ、それなりの教養もあるだろうし、
普通の魔族よりもその辺は知っていてもおかしくはないはずだ。
「…そうですな。話しておいてもよいでしょう。
とはいっても私も伝え聞いただけですが…」
「かまわない。知ってる限りのことを話してもらえるか?」
ヌーヴァはおもむろに語り始める。
「人間が聖歴を作るずっと以前の話です。今よりも数千年前のことでしょうか。
統一される前の我々の地では小国が乱立する戦国時代がありました。
戦国の世はそれは凄まじいものだったと聞き及んでおります。
いくつもの小国が生まれては消え、国土も常に変化し、
血が流れない日はなかったという話です」
数千年前、それは聞いたこともないほど、気が遠くなるような昔の話だ。
「そこで各国は他国に負けるまいと兵器開発を積極的に行ったのです。
ただ、そのときに生み出された兵器があまりに行き過ぎたために
我々自身すら滅ぼしかねないモノがいくつか作られてしまったのです」
「滅ぼしかねないもの?」
フィアが問う。
「我々の存在ひいては大陸の存亡に関わりかねないものと聞いています」
それはあながち誇張でもないだろう。
邪王がこのササニーム地方を消滅させ、人間界と戦争する決断すらさせる代物だ。
「我々の祖先はそれらをアデンドーマの三忌として戒め、その使用の一切を禁じたのです」
「その一つが奴の言う『パオベイアの機兵』か」
「ええ。私も詳しくは知りません。おそらくそれの恐ろしさを知るのは異邦の中でも一部の者と
三王の中でも最も古い王とされるアデルフィ様のみかと」
邪王アデルフィ。
人から異邦と呼ばれるゾプダーフ連邦の王である。
この世界に存在するという絶対者、幻獣王の一角。
そして、今回の事件の黒幕でもある。
話によればその力は魔王すら超え、さらに魔王級の部下も何体も従えるという。
そんな化け物が恐れる兵器とは一体。
「最もそんなものがこの地下に本当に眠って入ればの話ですが」
「だよな」
「あったとしても数千年以上は経っているのだろう?正常に動くとは思えんな」
「たしかに…」
背後で爆発音。全員の注目が機兵の近くにいたドーラに注がれる。
誰もがその状況に固まっている。
「ハハハ…動力源を調べていたら、爆発しちゃったヨ」
ドーラは全く悪びれることなく笑顔でそう言い切った。
ドーラ、皆が真剣に話し込んでる最中に何やってるんだあんたは。
「けれど、面白いものがみれたナ」
ドーラは満足そうな笑みでそう言った。
エレナはドーラに静かに歩み寄る。
その直後、エレナの堪忍袋が切れる音を聞いたような気がした。
エレナはドーラの頭を押さえつけ首筋にナイフを当てる。
「ここでの指揮官は私だ。
身勝手な行動をするというのなら次はその首をはねるぞ」
「…この躰に傷をつけられるのは困るナ」
ドーラはおびえるというよりは、困った表情を見せる。
かくてドーラは守護機兵に近付くのをエレナに禁止されたのだった。