2-1 前日の夜
魔族呼ばれる者は大陸に存在する。
彼らは人間に近い外見をもち、魔力を有し、その力を自在に操るといわれている。
その存在は人間界においてきわめて希少である。
第二次魔王戦争以後、徐々に人間界から排斥され続けたためだ。
名だたる魔王が魔族出身だったことが排斥の原因となったのだ。
現在大陸にいるほとんどの魔族が異邦こと、ゾプダーフ連邦に属しているといわれている。
ここは宿の近くの酒場である。
魔族の方々は重たいフードも取って、酒盛りに興じている。
この場にいるのはヴァロ、クラント、ドーラ、そしてカリアをはじめとする魔族の面々である。
ラフェミナやローファは少し話があるとかで会議の後、残った。
フィアはエレナらに、結界の綻びを見つけたという魔法を説明しているためにこの場にはいない。
フィアがいうには少し遅くなると言っていた。
ヴァロたちは話し合いの後、魔族の人たちと一緒に飲むことになった。
発端はドーラの一言である。
「会議の後は親交を温めるために飲むもんじゃないのかい?」
から始まった。
ヌーヴァをはじめ魔族の面々は人の姿でないためはじめは拒否していたが、
ドーラが人化の魔法を使って強引に納得させた。
魔族の人たちはまるで人間そのものの姿になる。
「ありがとうございます。人化の魔法を施して頂き感謝します」
ヌーヴァはドーラに頭を下げる。
「別にいいヨ。使ったのは彼らの魔力だしネ。
しかし意外だヨ。人化の魔法も満足に使えないとは恐れ入ったネ。
人間界と異邦と国交がないとは言っても、
僕がいたころよりも確実に異邦の魔法の水準、落ちてないカ?」
「…」
ヌーヴァは黙した。
「グロじーさんも言ってたけど、モールは結局僕の後に魔法長にならなかったんだネ。
彼なら立派にこなせたと思うけどナ。
魔法長は僕以降任命されていないみたいだし、何があったのサ」
つまみを口に入れながらドーラはしゃべる。
「グロじーさん?グローデアク公のことですか?
あの方は私よりも百年早く、爵位を返上し、あらゆるつながりを断って隠遁生活をしていると伺っておりましたが?」
「ちょっと昔貸してた疑似魂魄を返してもらうのにサ。こっちにも秘密の回線があるのサ。
まさかこういう形で使うことになるとは思わなかったけれどネ」
驚いたというよりは呆れたような表情でヌーヴァ。
「本当に昔から何でもありですね。あなたは」
「で、どうなのサ」
さも当然のごとくドーラはヌーヴァに語りかける。
「魔法庁は解体されました」
ドーラは目を見開く。
まるでそれが信じられないような面持ちだ。
「…魔法庁解体?なんでまた?僕のいない間に何があったのサ」
ヌーヴァは驚き聞き返す。
「それが…」
「ドーラ、堅い話してないで一緒に飲もうぜ?」
ヌーヴァの話を遮るかのように、ヴァロは横からドーラに木のジョッキを手渡す。
「しかし、やはりお前は俺が見込んだ男だ。魔法長も呼び捨てとは恐れ入ったぞ」
酔ったカリアがヴァロの肩をがっしりつかむ。
「…ただの友人なんだが?」
当然のごとくヴァロ。
ヌーヴァはその言葉に少しだけ固まる。
「おい、カリアぁ、まだ勝負はすんでねーぞ」
葡萄酒を両手にクラントがカリアに迫る。
既にクラントも異邦の伯爵様を呼び捨てである。
「言ったな人間風情が。よかろう今宵はとくと、魔族の飲みっぷりを貴様に見せてやろう。
今日は私のおごりだ。皆の者心置きなく飲むがいい」
カリアの羽振りのいい一言に歓声が酒場中に湧いた。
カリアはクラントとともに酒場の中央に座り、ジョッキに手を付け、すごい勢いで飲み始める。
さながら決闘をしているかのようだ。
妙に気が合ったようで、二人は酒場で意気投合している。
魔族とか人前で言うなといいたいところだが、この場にいる者はそんなことは気にすまい。
周囲から二人をはやし立てる声が聞こえてくる。
魔族の他の三人も言葉は通じないものの、うまく溶け込めているようだ。
「すごいことになってるネ」
ドーラは苦笑いを浮かべて、その状況をそう話した。
「言い出したのはお前だぜ。お前も来いよ」
ヴァロはドーラに手を差し出す。
「ああ、そうだネ」
ドーラは少し笑ってその場に飛び込んだ。
「ヌーヴァ、その話はまた後でネ」
ヌーヴァはカウンターで一人どこか寂しげに笑った。
ローファがその酒場にやってきてさらに混沌とするのは、もうちょっと先の話だ。
「私は反対です」
エレナは思わず声を上げる。
そこは先ほど会議が行われていた場所。
そこにいるのはフィア、エレナ、そしてラフェミナの三名だ。
ラフェミナとローファとの話し合い、フィアとエレナたちの魔法式の受け渡しが終わった後だ。
「私はドーラを信用してもいいと思うの」
「ラフェミナ様は奴を、いえ奴らを信用し過ぎです。ヒルデ様がいたら決して首肯しないでしょう」
ヒルデはドーラを人類の脅威として捉えていた。
結界がいずれ解かれることも考えていたし、その時の為の対策もエレナはいくつか聞いていた。
「エレナ、あなた自身の意見はどうなの?」
「認めるわけがないでしょう。
もしこのことが教会に知られれば、あなたご自身はおろか組織の存続すら怪しくなります。
あのものは教会側から正式に魔王と認められたものなのですよ」
ドーラルイは第四魔王と言われ、ゴラン平原を死霊の軍で埋め尽くしたという。
それを打ち滅ぼすために三人の大魔女が彼に挑み、三日二晩の激闘の末に封印した。
伝承において最強クラスの魔王である。
エレナの言っていることも間違いではない。
「教会が魔王と認める彼の肉体は既にこの世界にはないし、教会も非公式だけれどそれを認めているわ」
「魂だけだとしても魔王には違いありません」
エレナは一歩も引く気配がない。
「フィア殿はどうお考えですか?」
エレナはフィアに意見を求めてきた。
今回の事件以後、エレナはフィアを聖堂回境師として認めたらしい。
接し方に変化してきているのを感じる。
「私はドーラさんは信用してもいいと思ってる。
事実結界の綻びも彼の言葉がなければ解くことができなかった」
これはフィアの本心だ。
ドーラの一言がなければ、少なくとも一日以上は発見が遅れていただろう。
フィアの言葉にエレナは言葉を詰まらせる。
「これで二対一ね」
ラフェミナが差し出す手にフィアはぎこちなくタッチした。
エレナはラフェミナのことがは昔から苦手である。
微笑みながら自身の思うとおりに運んでいく。
それでいて敵意も悪意も微塵も感じられない。
自分も誘導されていることに気づけない。
「フィア殿まで。得体が知れないとは感じないのですか?
魔力こそないもの、奴の扱う魔法に底が全く見えない。
もし奴がその気になれば、もう一度魔王として君臨することも容易いでしょう」
ドーラの能力には底が見えない。
魔力が使えないとはいえ、エレナの動きを背後から止めて見せた。
魔法に対しての理解の次元が違っているのだ。
フィアもその点に関しては同感だった。
「正直に話します。私はドーラさんのことを一人の魔法使いとして尊敬しています。
それに彼は私たちに危害を加えるようなことを考えるようには見えない。
ドーラさんはこうも言っていました。ヒトとして生きてみたいと。
私はそれを信じたい」
「魔王の言葉を信じるというのか?」
「ええ。それに…」
フィアは言いかけてやめる。
「それに…なんだ?」
「ドーラさんは私たちを見守っているかのように感じました」
ラフェミナはフィアの脇で頷いている。
「見守る?世界を滅ぼしかけた張本人が?」
そこでラフェミナはゆっくりと口を開く。
「エレナ、今回の件だけでも彼の同行を認めてくれないかしら?
彼ほど異邦の知識に秀でてかつ、その対処を知る者はいないでしょう。
あなたが嫌悪するのはわかる。けれど今回だけは納得してもらえないかしら」
女王の言葉にエレナは頷くほかない。
「そ、そこまでおっしゃられるのでしたら…」
そうしてこの場はエレナが引くことで収まった。
ただし、この問題は少しばかり今回の探査に影を落とすことになる。