7-2 オルドリクスの魔神器
ミイドリイクの遺跡の外れ、通りからは外れて人の目などない場所で二人の人影があった。
一人は大柄でたくましく、その場に胡坐をかいて座り、
もうひとりは中肉中背でとんがり帽子をかぶり、その男の背後に立っていた。
傍から見れば何をしているのか想像もつかない。
「暁の三賢者、サーレルンに聞けと?」
「ああ、今回の黒幕はあのばあさんダ」
ドーラは座ってローファの結界を調律していた。
そこはミイドリイクの遺跡のはずれ、人目があるような場所ではない。
その大男が誰であるか知っているものからすれば、不遜ともいえる態度だが、彼はそれを微塵も気にしない。
「無理じゃな。奴はすでに鬼籍にはいっておるよ」
「だろうネ。生きていたのならば、今回はもっと円滑な手段を取ってるだろうしネ。
とにかくアデルフィの奴に聞けばわかるサ。
あのばあさんと一番付き合いのあったのアデルフィだけだったしサ」
「…証拠はあるのか?」
ドーラは石を獣王に投げて渡す。
「その石を見てごらんヨ」
「…かなり古い型の魔法式じゃな」
石にはびっしりと文字が刻まれていた。
「遺跡の入り口で拾ったんだヨ。
人が近づくと、特定の周波の魔力を放出するように作られているヨ。
ものすごく弱いけれど、この大陸全体にいきわたるぐらいのサ」
ドーラもそれに近い魔法を使っている。主に人探しのためにだが。
「ほう」
ローファはその石に書かれているルーン文字を見る。
「その独特の魔法式を使って、そんな仕掛けをこしらえることができるのはあのばあさんぐらいダ。
おそらく事切れる前にアデルフィにこの遺跡のことを託したんじゃないのカ」
「…さすがじゃな。ドーラ」
感心したようにローファ。
「それにしても…今回、お主やフィアどのだけではなく、『爵位持ち』のカリアにまで
頭を下げさせ、我らを動かした。一人の人間を助けるために。
四百年という時間を経て人の本質が変わってきたということじゃろうか?」
「さ-てどうだろうネ。少なくとも僕にはそれほど変わったようには見えないけれどサ。
…調律終了。それにしても、よくこんな結界を使い続けていたもんだネ。
ところどころ文字が消えかけているヨ。いつ崩壊してもおかしくはなかったネ。
まさか他の二人もこんな結界使ってるわけじゃないよネ」
「どうじゃろうなぁ。基本そういったところはお互い不干渉じゃからのう」
「…調整かけたほうがいいんじゃないカ?宮廷で崩壊したら宮廷が吹き飛ぶヨ」
「…むう」
ローファは言葉を詰まらせた。
「それでこの件は万事解決。それじゃ、僕は元の生活に戻るネ」
ドーラはローファの肩を叩いて去ろうとする。
「実はもう一つお主に頼みたいことがあるのじゃ」
「厄介ごと…ダネ。もう聞きたくないネ」
あからさまにいやそうな顔でドーラ。
「モルトーアの一件じゃ」
「モールの?」
ドーラは怪訝そうに眉をひそめた。
「モールが…『爵位持ち』三人を殺して逃亡した?」
事情を聞いたドーラはいかにも腑に落ちないといった表情でローファに聞き返す。
『爵位持ち』は異邦屈指の実力者の集まりで、人間界でいうところの魔王に匹敵する力を有している。
そんなものを一人で三人退かせることも信じられなかったが、
モールという者を知っているドーラには彼が反逆すること自体が信じられなかった。
「カリアが若くして伯爵になったのはそれもある。『爵位持ち』に欠員が出たためじゃ」
「…一体異邦では何が起きてるのサ。よりにもよってあのモールが…」
「奴の研究していた内容が問題となっての。
魔法長候補として名を上げられるも、その研究により、その資格ははく奪されたのじゃよ」
「研究内容?」
ドーラの問いにローファは間をおいて答える。
「オルドリクスの魔神器」
その一言にドーラは表情を一変させる。
「ことが露見した後、わしらのうちで奴の処遇は相当もめた。
極刑を求める声もあったが、魔法長候補だったものを極刑にするわけにもいかん。
そう言う理由で奴は資格をはく奪され、辺境に飛ばされたのじゃよ。
その後魔法長の席は空位になり、現在にいたっておる」
「…なんでそんなことを」
ドーラの顔は蒼白になっている。
「…実績が欲しかったのじゃろうな。前任者のお主のそれと見合うだけの。
辺境に飛ばされたあともそれの研究を続けていたらしい。
それがアデルフィの逆鱗に触れたのじゃ」
「馬鹿げてるヨ。アレは大半はカーナが作った実績だヨ。
立場上カーナの名を出せなかったから、僕の名で出したんダ。
そんなものと張り合ってどうするのサ」
ドーラは頭をかきむしる様をする。
「そう…モールは見なかったのじゃろうな…。
アデルフィの放った刺客、爵位持ち三人を殺した後、奴はオルドリクスの破片を持って、
我々の包囲を破り、我らの国から姿をくらませた」
ドーラは眉間にしわを寄せ、それを黙って聞いていた。
「…オルドリクスは他の三忌とは意味合いが違うヨ。
ローファもわかっているだろう、アレは本当に世界を滅ぼしてしまいかねないものだヨ」
「…アデンドーマの三忌を定めたのはわしらじゃ。
あれがどれだけ危険なものかは、誰よりもわかっておるつもりじゃよ」
ドーラは苦虫をかみ殺したかのような表情をしたあと、一つの決断をする。
「…モールは僕の友人ダ。その件は僕が預かるヨ」
ドーラのその声には、そしてどこか決意のようなモノを感じさせた。
「人が結界から出てきてみれば、どうしてこう問題ばかりかネ…」
ドーラは天を仰ぐ。
「それとアデルフィに、もう面倒事は人間界に持ち込むなって釘指しておいてヨ。
また同じようなことをされると、僕らもそれなりに対応をしなくちゃならナイ」
「わしから言っても聞かぬよ。あれは人間を害虫ぐらいにしか思っておらぬ」
「ならこういえばいいサ。
もし再び人間界にちょっかいだしてくるのなら、僕の主も僕も黙っちゃいないってサ」
「…やはりそれは」
「『約定』の件とこれでおあいこダ。じゃーネ」
そう言って手を振りながらドーラはその場を後にした。
「友のためか…今回の件といい、相変わらず甘い奴じゃ。
その甘さ…次は奴にとって良い方向に作用してくれることを祈るばかりじゃ」
一人残された獣王はその友人の去っていく後ろ姿を見守る。
四百年前はあまりにもそれは突然行われ、皆状況に流された選択をとるしかできなかった。
もしそれを名づけるのであれば、時代の奔流とでもいうのであろうか。
そして誰しもがその中で多くのモノを失った。
あの男はその典型だった。
救いになるかどうかはわからないが、言えることはあの時は誰も間違えてなどいなかった。
あの男は今度こそ自身の望む結末を得られるのであろうか。
首を横に振り、感傷に浸るのを獣王はやめる。
「さてと、わしも帰るとしようかの」
そう言ってローファはおもむろに立ち上がる。
「おう、軽い軽い、これならゾフターフまですぐに行けそうじゃな」
ローファは飛び上がるしぐさをしてみせる。
次の瞬間その巨体は消えていた。
あとに残されたのは風の音だけだった
オルドリクスの魔神器は次の次の部に出てきます。
ドーラがモールと呼ぶ魔族ともその時に再会することになります。
文字通り大陸の存亡を賭けた決戦になるのだけれど、それはもう少し先の話。
アデンドーマの三忌と呼ばれてるものですね。
アデンドーマの三忌はパオベイアの機兵、黒狂獣ミャルディッケ、そしてオルドリクスの魔神器になります。
ネタバレになるので詳しくは書きません。よければ今後の物語の中で確認してください。




