6-5 脱出
ヴァロたちは地下深くを走っていた。
背後からはパオベイアの機兵が迫りくる。
「やっべえな」
指はしびれ、息は絶え絶え。
ここで脚を止めたら二度と動けなくなる気がした。
加えて聖剣の存在が少しずつ希薄になってきているのを感じる。
使用限界が迫ってきているのだ。
もともと折れていたとはいえ、よくもってくれたと思う。
これがなければフィアたちを逃すこともできなかった。
クラントが剣を投げて渡す。
ヴァロは落ちないようにあわててそれを受け取る。
「いきなり何すんだよ」
「魔剣ソリュード。友人の形見だ。大事に扱えよな」
ヴァロはクラントの言葉の意味がよくわからなかった。
「おい、そんな大事なもの…本当にいいのか」
「四の五いってる暇ねえだろ。とっとと契約しろ。俺は何に変えてもこの地下から脱出しなくちゃならない。
こっちも魔剣三本同時使用は疲れるんだよ。
…それにその聖剣ももう長くないんだろう?」
さすが魔剣使いである。いつの間にか見抜かれていたらしい。
聖剣が消滅すれば、ヴァロの武器は師からもらった『退魔の宝剣』のみになる。
相手が魔獣や魔女ならいざ知らず、相手は無限に湧き出るパオベイアの機兵だ。
一体切り捨てる間に四方から攻撃を受けて一瞬でお終いだろう。
「それに聖剣の力が弱まっている今なら他の魔剣とも契約を結べるんじゃないのか?」
「…すまない」
ヴァロは走りながら、魔剣に語りかける。
鈍い光がヴァロを包む。
鈍い光の中で、一瞬一人の少年のような姿をした人を見かけた気がした。
おそらくそれが管理者なのだろう。
光が収まると魔剣が手に吸いついてくるような感じを得る。
そう契約が終了したのだ。
「試しに一振りしてみろ」
ヴァロが一振りすると、衝撃波がパオベイアの機兵めがけて襲い掛かる。
数体のパオベイアの機兵が衝撃波で弾き飛ばされる。
「はじめてにしては上出来だ。戦力にはなりそうだ」
パオベイアの機兵と距離ができ、少し余裕ができたところで
ヴァロは気になっていた話題を切り出してみる。
「ところでさっきの話なんだが…」
「ああ?」
「添い遂げるとか…本人とは合意の上なんだよな」
「合意なんてとってねえよ」
当然のごとくクラント。
「おい」
ヴァロは言葉を詰まらせる。
「あいつはこの俺が幸せにしてみせる。そう初めて会った時に誓った。
…たとえ俺を選ばないにしてもな」
「…大したもんだよ」
ヴァロは心からこの男を賞賛した。
「それじゃ、とっとと片づけて地上にもどるぞ」
「おう」
距離も詰まってきたところで、ヴァロたちは足を止めて再びパオベイアの機兵と向き合う。
その瞬間、ヴァロたちの視界を今まで見たことのない光が辺りを包んだ。
ヴァロたちは思わず目を閉じる。
ヴァロが目を開けると、機兵諸共、文字通りその場所が消え去っていた。
地面にはどこまで続くかわからないような穴が続いている。
上をみれば星空が見える。もう出口はすぐそこなのだ。
「…いきなりなんだ」
そう消滅という言葉は正しいとヴァロは感じた。この場合蒸発ではない。
熱も焦げたにおいも感じられない。
文字通り遺跡自体が消滅したのだ。
こんなバカげたことができる人間はヴァロは一人しか知らない。
「…ドーラか」
ヴァロは現状を認識し、口元を緩める。
「クラント、飛び込むぞ」
「おい、ヴァロ、何言ってんだ」
下層には未だ機兵がうようよいるはずだ。そんな中に飛び込んでいくなど正気の沙汰ではない。
クラントはヴァロの言葉に抗議した。
穴ができたのなら五つ数えてそこへ飛び込め。
ヴァロはドーラの言葉を思い出す。
「俺を信じろ」
ヴァロは強引にクラントの手を引っ張り、穴の中に身を投じた。
「なにしやがる」
クラントが悲鳴を上げる。
遥か上空に見える空がゆっくりと遠ざかっていく。
ヴァロたちを追って数体のパオベイアの機兵も降ってくる。
そのパオベイアの機兵を風で押しのけて空から何かが近付いてくる。
間違いない。ヴァロたちをササニーム地方まで運んでくれた木の鳥だ。
背中に見覚えのある姿がある。
鳥の背中から降りてフィアをヴァロは空中で受ける。
みぞおちにフィアの頭部がぶつかりヴァロはしばらく悶絶する。
「やっと捕まえた」
フィアはヴァロの胸に顔をうずめたまま動かない。
ちなみにヴァロの衣服は地下を走りまくって汗だくである。
年頃の女の子に抱き着かれていい状態ではない。
「おい、あまり…」
「無茶しすぎ」
ヴァロが言いかけると、フィアは小さくそうつぶやいた。
「…すまない」
ヴァロにはそれしか言葉は無く、されるがままになった。
木の鳥は三人より下に落ちた後、反転し、空中で三人を脚で捕らえ、地上に向かう。
ヴァロたちを地上に出させまいとするかのように、パオベイアの機兵が次々に降ってくる。
「クラント」
「わかってるって、風よ」
ヴァロたちめがけて上から振ってくるパオベイアの機兵は、
クラントの魔剣ラルブリーアの風の障壁により蹴散らされる。
空中ではいかにパオベイアの機兵であろうとも、物理法則に抵抗はできない。
物理法則に従うだけだ。つまりは空中はクラントの魔剣の独壇場なのだ。
パオベイアの機兵を蹴散らしながらヴァロたちは地上へと向かう。
もう少しで地上に出るというところで、ヴァロたちはそれを見た。
地底からはおそろしい速度でパオベイアの機兵たちは大穴の側面を這い上がっている。
「こりゃまずいな」
クラントが魔剣で衝撃波を飛ばすも、少し動かなくなるだけで吹き飛ばすまでは至らない。
このままではパオベイアの機兵も地上に出てきてしまう。
そんな中、ヴァロの手にした聖剣カフルギリアがまばゆい光を放った。
ヴァロたちを追って地上に出ようとするパオベイアの機兵共を、光の茨のようなものが押さえつけている。
パオベイアの機兵は光の茨に絡め取られて動けない。
そしてそれは、いかにパオベイアの機兵であろうとも食いちぎることはできないようだった。
ヴァロはあふれる光の中、確かに見た。
聖剣の管理者であるブラーニが振り返って笑ったのだ。
次の瞬間、ヴァロの手から聖剣が光となって消え失せた。
「ありがとうございました」
ヴァロは遠ざかる光の茨に頭を下げる。
後で聞いた話だ。聖剣は聖樹の力を模して作られたと聞いている。
『棘』の聖剣カフルギリアの最後にして本来の力。
それは茨であり、あらゆる魔物を光の茨で縛り付ける。
マーデリットという山ほど大きさの巨獣ですら、その茨では動けなくなったという。
ヴァロたちの脱出が成功したことをドーラは目で確認すると、上空に展開した魔法式を発動し始めた。
それはあまりにも巨大でミイドリイクの遺跡全体を覆うほどの魔法式。
「さて、終わらせるとしようか」
ドーラがそう言うと空にある魔法式が輝きを放ち始める。
ヴァロは後で知る、それは文字通り禁忌の方法の一つだったのだと。
「これだけの魔法式…人の身ではもたん…光の玉を中継機にしているのか?」
エレナは唖然とその光景を眺めていた。
そして魔法式から闇が溢れ出す。
溢れ出した闇は音もなく、遺跡に向かっていく。
遺跡を呑み込むように遺跡を包み込んでいく。
その目撃者は口々に語る。
それはまるで黒い竜が遺跡に向かって下りていくようだったと。
闇が消えた後、遺跡は文字通りきれいさっぱり消え失せていた。
あるのは奈落まで続くかのような大穴。
木の鳥は旋回しながらその周りを回る。
闇に包まれた場所は機兵ものとも消滅したとみて間違いないだろう。
ヒルデの使った魔法とは明らかに異なっている。
その断面が熱で溶けていないし、煙も上がっていない。
その規模だけならばヒルデの行った魔法の数百倍に匹敵する。
その傲慢な力は神を連想させた。
それを行った当の本人のドーラは、金色の獅子の姿のローファと共に地上に戻ってくる。
皆の注目がドーラに集まる。
「ふう、長い一日だったネ」
ドーラは気の抜けたため息とともに肩を落とした。
そこにいるのはヴァロたちの知っているいつものドーラだった。




