6-4 魔法長動く
遺跡から出てきたドーラはいつになく険しい表情をしていた。
いつもおちゃらけた感じが全く感じられない。
「ラフェミナ、ローファはどこダイ?」
遺跡の周囲を警護していたエレナの弟子の魔女の一人に問う。
その異様な雰囲気に怯んだのか、エレナの弟子は近くの天幕を指し示した。
「エレナ様?」
遺跡から出てきたエレナのもとに、数名の弟子たちが歩み寄る。
彼女たちなりに心配していたのだろう。
「これからこの遺跡に誰も近寄らせるな。これよりこの遺跡を第一種封印指定物として取り扱う」
エレナは遺跡の周りにいる部下たちに指示を飛ばす。
エレナの緊張が周囲に伝わったのか、部下たちは緩んだ表情を引き締める。
ドーラたちはそんなエレナの弟子たちの脇をすり抜けて、真っ直ぐに天幕に向かう。
ラフェミナは書類を整理し、ローファは巨体で寝そべっていた。
ドーラが天幕に入ってくると、ラフェミナは筆を止め、ローファはその巨体を起こした。
「ラフェミナ、ローファ。事態は最悪ダ。地下でパオベイアの機兵と遭遇したヨ」
少し遅れて天幕にはいってきたエレナは黙って首肯する。
本来ならば報告は彼女の仕事なのだが、
一瞬で空気が張り詰める。
「詳しい話は後ダ。もうすぐ地下から奴らが溢れ出す。
そうすればミイドリイクは死都になるヨ。
アデルフィの奴も振り上げた拳を喜んで振り下ろすだろうサ」
それは異邦…ゾプターフ連邦が四百年という長い沈黙を破るということであり、
同時に異邦と人間界とで開戦を意味していた。
そうなればお互いにただでは済まなくなる。
「僕はこれから奴らごとこの遺跡を消し飛ばすヨ。力を貸してくれローファ」
「そのためにここにいるんじゃからな」
ローファはその巨体を起こした。
「ドーラさん」
消し飛ばすという言葉にフィアが抗議の声を上げる。
「もちろん、二人を救出してからだヨ」
ローファはいぶかしげに二人を見る。
「…それは二人が地下に生きて残っているということか?」
「ああ、地下でヴァロとクラントが殿で残った。今も地下でパオベイアの機兵と交戦してるヨ」
「なんと」
ローファは驚きの声を上げる。
「伝承通り奴等は結界を食らうようだネ。その力を奪って自身の力に上乗せしていくようだヨ。
…魔法だと使用後、漏れた魔力を吸収され、暴走させてしまったけれど、
例外的に魔剣聖剣ならばそれがほとんど見られなかったのサ」
「ほう」
興味深そうな面持ちでローファ。
「お願いローファさん、ヴァロを助けてください」
フィアはローファに深く頭を下げる。
「ローファ様、私からもお願いです。
奴には借りがある。ここで奴を死なせるわけにはいきません」
カリアとフィアにローファは何やら考えるようなしぐさをする。
「…ドーラ、二人の救出に人間の姿の力で足りるのか?」
「だめだネ。その魔力量では彼らは救えないヨ。それどころか遺跡を消し飛ばすことすら難しいだろうサ。
…まずは人化を解かないとネ」
ローファは困った表情を見せる。
「…わしの人化の結界を解凍するのには時間がかかるぞ。
異邦で名うての魔法使いに頼んでも一刻、自然解凍ともなれば半日かかる。
もし結界を手順なしの力づくで破るのであれば、このミイドリイクが消し飛ぶぞ?」
幻獣王の力は魔王よりも格上、さらに異邦でもっとも高い能力だという。
事実結界から漏れ出る、力によりミイドリイクの結界は機能を停止している。
どれほどの力がそこには込められているというのか。
「さがって、僕がやるヨ」
「待て、いかにお主じゃろうと…」
ドーラはローファの言葉を遮る。
ローファの背に手をかざすと、その瞬間ドーラの目の前に巨大な金色の獅子が出現した。
突如出現した金色の獣により天幕が吹き飛ぶ。
いきなりのことにその場に居合わせた者は皆目を丸くした。
その全身は金色に輝き、魔力とも知れない金色のオーラを纏っている。
獅子のような形をしているがその脚は六本あり、背中には六つの羽をつけている。
その金色のオーラは魔力とは明らかに違う、明らかに高次の存在。
その場にいるだれもが、その雄々しき姿に目を奪われた。
結界を解いた衝撃波なかった。ドーラは結界の解除に成功したのだ。
「ローファ、僕を誰だと思っているんダイ」
それを引き起こした張本人は、不敵にぬけぬけとそう言い放つ。
「…ふふふふ、ふっはっはっはっはっは」
ローファは何がおかしいのか、笑いが止まらない様子だ。
光り輝く獅子から笑いとともに、金色のオーラのようなものが周囲を駆け抜けている。
それはまるで嵐そのものだ。
「ラフェミナは上空で魔力を練って。
カリア、エレナは遺跡からパオベイアの機兵が逃げないように魔族の人たちと周りを見張りをたのム。
そのほかの者は巻き添えを食らわないように下がってネ。
ヴァロとクラントが救出され次第、僕がこの遺跡を消し飛ばすヨ」
ドーラはそれぞれに指示を飛ばす。
何か言いかけたエレナをラフェミナが右手で制する。
「ドーラ、この場はあなたが仕切るつもりかしら?」
「言ったはずだヨ。君には極大級の魔法は使わせないとサ」
しばらく無言でラフェミナとドーラは見つめあう。
「…頼みました」
ラフェミナがそれを承諾すると、周囲にいた魔女たちもそれに従う。
ドーラはポケットに手を入れると鳥のカタチをした置物を取り出す。
それはドーラが放り投げると、ミイドリイクまで乗ってきた木の鳥が現れる。
「フィア、これから僕たちがヴァロ君たちへの道を作るヨ。
君がその鳥に乗って彼らを迎えに行くんダ」
ドーラはフィアに向かってそう語る。
「座標が微妙に動いているのはわかるだろう?おそらくヴァロたちは今でも地下で機兵と交戦しているはずダ。
僕は遺跡を消し飛ばすことにためらいはナイ。
若しその鳥に機兵が取りつきでもしたら、帰ってはこれないヨ。それでも君はやるカイ?」
「やるわ」
フィアの瞳に迷いはない。
ドーラは金色の獅子の上に乗る。
「チャンスは一度ダ。君は僕らが道を作ってから三つ数えてから飛び込メ」
ドーラがそう言ったあと、金色の獅子は天を駆け、獅子の頭上にドーラは立つ。
そのさまはさながら神話のような光景だ。
幻想的なまでの光景にエレナや魔族たちは魅入る。
その手にあらわるのは金色の鎚。
「わしの力をまとめたか。魔法長の再来といったところじゃな。
しかし、よいのか?魔法では機兵が暴走するのではないか?」
事実一度カリアの魔力で地下の機兵は暴走している。
「僕がまたそんなことを許すと思うカイ?」
ドーラの周りに無数の光の玉が生まれていく。
「僕もこの四百年何もしてなかったわけじゃないヨ」
「これはこれは…」
天空でドーラはヴァロのいる座標を慎重に見極めていた。
「僕もフィアちゃんも、僕の主もみんな、彼には死んで欲しくないんだヨ」
「主?」
「君も言ったじゃないか。僕の主は一人だけだってサ」
金色の獅子の声が驚愕に染まる。
「まさか…すでにあの方が現界されておるのか…」
ローファが想像したのは一人の男。
かつての王であり、異邦の三王すらも従えた伝説の王。
「…今は問うまい。しかし、よいのか?少しでもずらせば小僧どもまで消し飛ぶぞ?」
この状況でドーラのしようとしていることをローファは最も理解していた。
「手をこまねいて見殺しにするよりはずっといいサ」
ドーラは振りかぶって、その鎚を獅子の頭上から遺跡に向かって思い切り投げつけた。
遺跡の周囲にいくつか金色の魔法式が現れる
それはものすごい光量で遺跡全体を照らし出す。
ドーラの投げた光の槍が遺跡の手前で魔法式を描き、
幾何学的な模様が現れたかと思うと四散する。
そのほとばしる光が、ミイドリイク全体を包まれた錯覚すら覚える。
「…『三次』」
フィアは木の鳥に乗って、目を閉じる前にぽつりとその言葉を口にした。
それは彼女の師が研究していた魔法であり、文字通り世界の理すら作り変えるモノ。
それを使いこなせる魔法使いは現在ではいない。
一重にそれが難解すぎるためであり、継承がうまくなされなかったためである。
そこにいるだれもが、かつて失われた技術が使われる奇跡を目の当たりにすることになった。
もっともそれがどんなものであるのかを知る者など一握りしかいないのだが。
光が収束したのを感じると、フィアはゆっくりと目を開いた。
そこには遺跡の底へと続く、大きな穴が出現していた。
フィアはドーラの姿を視線で確認する。
ドーラは何も言わずにフィアの視線に首を縦に振った。
「お願い、力を貸して」
フィアがそう言って背をなでると、その木の鳥はそれに応じるかのように鳴き声を発した。
そしてフィアを乗せ、大穴に向かって、滑空していったのである。




