6-2 覚悟
エレナの魔弾に天井の壁が破られ、大量の土砂が天井から降り注ぐ。
これで天井を壊したのは三度目になる。
「さて、行くよ」
そう言ってドーラはヴァロたちに走ることを促す。
「いいのか、こんなに破壊して?」
走りながらヴァロはドーラに問いかける。
洞窟における破壊は下手をすれば、生き埋めになる可能性すらある。
そんなリスクを背負ってまでそれを行うのはそこまで追い込まれているからともいえる。
ただ足止めにはこの方法しかない。
相手は魔力すら食らう異形の化け物だ。
出入りを阻害する結界を張ったとしても容易に破られてしまうだろう。
「場所は選んであるヨ。ここの構造もしっかりしてるし…まあ…大丈夫だろうネ」
ドーラは歯切れが悪く言った。
ドーラもドーラなりにやばいとは感じているのだろう。
もしパオベイアの機兵に追いつかれれば、一気に窮地に追い込まれる。
ヴァロたちは一心不乱に地上に向けて駆け上がる。
フィアは険しい顔で立ち止まる。
「今二回目の爆破の付近に設置した簡易結界が破られたわ」
大きな広間に出ると同時にフィアがその絶望的ともいえる言葉を口にする。
フィアの声に誰もが表情を険しくする。
想像以上の『パオベイアの機兵』の進行の速さに誰もが絶望的な表情を浮かべている。
連中は魔力を糧にする習性があるらしい。
フィアはその習性を利用して、これまでに破られればわかるという簡易結界を幾つか展開していた。
今破られたのは二回目の爆破の直後にフィアが張った結界らしい。
二回目の爆破場所は、今いる場所とそれほど距離的に離れていない。
連中は土砂をはねのけて進んできているのは明らかだ。
『パオベイアの機兵』には大量の土砂は足止めにすらならないらしい。
機兵はもうじきここまでやって来る。
それはもはや予感ではなく、確定した事実。
生き残るためには目をそむけてはならない。
ヴァロは深呼吸すると覚悟を決めた。
「カリア、一つ頼みがある」
「なんだ?」
カリアはヴァロに向かい合う。
「フィアを連れて地上に行っててくれないか?」
「ヴァロ?何言ってるの?」
ヴァロの提案に返事をしたのはカリアではなくフィアだった。
「機兵はここで俺が引き止める」
ヴァロは聖剣を鞘から抜き放つ。
力がその部屋に満ちていくのがわかる。
聖剣がどれほどもつかわからないが、この部屋で足止めを行う。
それが生存者を地上に還すための最善の一手。
「ヴァロ駄目よ」
フィアは血相を変えて、ヴァロに詰め寄る。
フィアの首筋に打撃を与え、脳に衝撃を与える。
彼女は糸が切れた人形のようにヴァロの胸に崩れ落ちた。
少し強引だがフィアなら絶対に最後までとどまると言い出す。
彼女は最後まで残らなくてはならない人間だ。
これで何度目だろう。我ながらひどい男だと思う。
ヴァロはぐったりとしたフィアを抱いてカリアに引き渡す。
「まかせた」
口に出かけた言葉を飲み込んで、ヌーヴァは残った片腕でフィアを背負う。
「…」
この場所は先ほどパオベイアの機兵をひきつけた状況ではない。
気が遠くなるような地底深く。
そこで地底深くから湧き出るパオベイアの機兵を永遠と相手にしなくてはならない。
ここに残る者に待ち受けるのは確実な死だ。
生きて地上に戻れる可能性は微塵も残されていない。
そして、カリアは最後まで残って異邦にこのことを伝えなくてはならないのだ。
それが任せられたものの責任。
たとえそれがどんな犠牲を払うことになろうとも。
それにヴァロは気付いていた。
カリアはさっきのでもう魔力を放出し尽くしているのはわかっていた。
カリアは魔力を放出してから、魔力の使用を意識的に抑えようとしているためだ。
「ヴァロ殿」
「ヌーヴァ」
ヌーヴァの言葉をカリアが遮る。
「オトコが決めたことだ」
ヌーヴァは頭を下げてカリアの後ろに下がる。
カリアはヴァロを見据え、腕を差し出す。
「…その代わりに誓え。必ず地上に戻り私と再戦すると」
「ああ」
ヴァロとカリアは腕をぶつけあう。
ヌーヴァはフィアを命がけで守ってくれた。
魔族と人間は違うというが、それはどれほど違うのだろう?
この先敵になることがあろうとも、この二人とは同じ騎士として対等に胸を張っていたいと思う。
殿で残るのは騎士として当然のことだ。
「ヴァロといったな。貴様の名は覚えておく」
エレナもわかっているのだ。
ここに残り戦うことの意味を。
「ヴァロ、これを」
ドーラは何か呪文のようなものが刻まれた石を手渡してきた。
「何だこれは?」
「死んでも手放すなヨ」
いつの間にこんなものをと思いつつ、ヴァロはそれを握る。
「わかった」
「…目の前に穴が作られたら、五つ数えてそこへ飛び込めヨ。それが君が生き残る最後のチャンスダ」
ドーラは小声でそう言った。
言っている意味が解らないが、ヴァロはとりあえず頷いた。
「ああ」
もし何らかの手段を講じることができるのはドーラだけだろう。
この男こそがこの状況を打開できるかもしれない唯一の希望。
ならその言葉を信じてみるのもいいかと思った。
そして、ヴァロは仲間を見送る。
地底からのかすかな音が次第に大きくなってくる。
多くの人形がこの部屋に向かって来ているのだ。
死神の足音にしては騒々しいなと思い、ヴァロは少しだけ微笑む。
気が付けば剣を持つ手が震えていた。
ヴァロはその震えを左手で押さえつける。
心の底からくる震えを感じつつ、ヴァロはそれがここに来るのを待つ。
自身の責務を放棄して、逃げ出すことができたのならばどれだけ楽だろう。
湧き出てくるそんな考えをヴァロは振り払う。
もう退路は残されていない、ここで逃げたとしてももう手遅れだ。
不意に中一人の少女の顔が浮かぶ。
彼が助けた少女の姿が。
立派になったと思う。
あの薄汚い少女が今では聖堂回境師という役職を授けられ、
フゲンガルデンの結界を担っている。
彼女が愛おしかった。
お菓子を作って、たまに尋ねるヴァロを歓迎してくれるのがうれしかった。
分厚い魔導書を読み解いているさまを、剣を手入れしながら横で見つめるのが好きだった。
たまの休日に彼女と買い物に出かけて、荷物持ちをさせられるのが楽しかった。
彼女はいずれ大きな存在になっていくだろう、
想像もできないほどの大きな舞台で活躍できるほどに。
自分のいる場所を越えて羽ばたいていく。
それはヒトとして自分が唯一救い、残し得たものなのだ。
彼女を逃すためにも、どうしてもここで奴らを引き止めなければならない。
ヴァロは目を閉じて決意を固める。
「男と心中とか勘弁したいんだがな」
ヴァロはぎょっとして隣にいる声の主の方へ振り向く。
そこには魔剣を携えた男、クラントの姿があった。
ヴァロは驚いたというより何故ここにいるのかという疑問の方があふれてきた。
この男は魔剣の元となった女性を人間に戻す目的があったはずだ。
その目的を捨ててまでここに残る理由がない。
「おい、クラント、お前もすることがあるんじゃないのか?」
ヴァロの声は自然大きなものになった。
「ここであんた一人を残して逃げるのは性にあわねえんだよ」
この男は魔剣を肩に抱えてそう言い放つ。
「それに俺はこんなところで死ぬつもりはないぞ」
クラントがそう言い放った後に、白い姿をした死神が入口からあふれ出てきた。
扉の出入り口が開け放たれる。出入り口から白い機兵があふれ出る。
四つんばいの機兵が出入り口からあふれるさまは蟲が出てくる様を連想させる。
それは身の毛のよだつほどおぞましい光景であった。
二人は振り向くと同時に、魔剣、聖剣の力を解放する。
力の解放により、第一波のパオベイアの機兵は跡形もなく消滅する。
しかしその出入り口からまたうじゃうじゃと溢れ出してくる。
ヴァロとクラントはその悪夢のような光景を目の前にして大きく息を吸う。
「必ず生きて地上に戻る、いいな」
「おう」
絶望的な状況の中で、地の底での決戦が幕を開けた。
以前の魔王との戦いはいきなりそれになだれ込んだために
こういう描写はできませんでしたが、今回はできたようです。
あー、楽しい~。




